今回ご紹介するのは、「希望の園」(三重・松阪市)の安井 海人(やすい・かいと)さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……安井 海人

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

安井海人《問い》

安井海人の《問い》を見た時はすこし予想外だった。作品は以前から公募展の審査で何度も見ていたが、《問い》には安井の特徴的モチーフである「耳」も「しずかちゃん」も登場しない。だがなにか感覚を揺らすものがある。不思議な衝撃を受けた。

サイ・トゥオンブリを彷彿とさせるドローイング。画面下部に集中する鉛筆の線、緑と赤の重なり。画面上部には鉛筆の淡く細い線の文字やセンテンスの連なりが散りばめられ、それらをつなぎ合わせていく矢印の曲線が波のように踊っている。広い海を漂う浮遊感、宇宙的な広がり、センシティブな感覚に満ちている。
意識の流れを抑制することなく小説として成立させたジェイムス・ジョイスやフランスのヌーボーロマンの小説のような不思議なドローイングだ。そして、このように記述的でエモーショナルな表現が生まれる根拠、ビジョンが安井の中には在るのではないかと感じた。

安井は2008年生まれの16歳。知的障害を伴う自閉スペクトラム症だ。聴覚過敏の特性があり、幼い頃に「怖い音」が「耳」から入ってくることに気づいた彼は、図鑑の「耳」のページに強い関心を示し、小学3年生のころには耳の絵ばかり描くようになったという。2019年から「希望の園」理事長が主宰するオープンアトリエ「ヒューマンエレメント」に通う。支持体にはまったくこだわらず、手近にある画用紙、模造紙に描く。マジック、鉛筆、ボールペン、ガムテープや綿棒、紙粘土などの画面コラージュ。素材はなんでもいい、あるものを使う。「構図」「色彩」「写実性」「イメージ」など美術が成立するために挙げられるさまざまな要素からまったく離れたところに存在する表現。安井のあの奇妙なドローイングはまさに美術が取りこぼしてきた超自然の想像力から生まれている。

「無限の宇宙」を思い、「自分は無限の状態では存在がどうなるのか」「0と1の間には何があるのか」と悩み、「宇宙はどうやってできたのか」と問う安井。「神さまはどれも青色の光、母親の実家には大きいのが、父親の実家と前の借家にはアメ玉くらいのがいる。今の家には何もいない」と語る。伊勢神宮にお参りした際は、「そこにいる人全部に神さまがついて歩いている」、「神宮の敷地内に小人があふれている」と言ったそうだ。彼にはなにが見えているのだろうか。

*安井海人の作品を見ることができます。(今回の《問い》とは別の作品です)
「BiG-i×Bunkamura アートプロジェクト 第1回受賞・入選作品展」

開催期間:2024年8月30日(金)~9月9日(月)
開館時間:11:00~20:00
会場:Bunkamura Gallery 8/ (渋谷ヒカリエ8F)  東京都渋谷区渋谷2-21-1
詳しくは「BiG-i×Bunkamura アートプロジェクト 第1回受賞・入選作品展」特設ページをご覧ください。(NHK HEARTSのサイトを離れます)


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


これまでのHEARTS & ARTSは、こちらのページでご覧いただけます。

関連リンク

  • Twitterでシェア
  • LINEでシェア
ページトップへ