アンゲルス《ズィミウギア永劫暦945年 対峙する光の写身と黒きアマダスの闇》 HEARTS & ARTS VOL.116
公開日:2025年4月10日

今回ご紹介するのは、「アール・ド・ヴィーヴル」(神奈川・小田原市)のアンゲルスさんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。
作者紹介……アンゲルス
キュレーターより 《中津川 浩章さん》
アンゲルス《ズィミウギア永劫暦945年 対峙する光の写身と黒きアマダスの闇》
神奈川県小田原市にある福祉作業所アール・ド・ヴィーヴルに通うアンゲルス。初めて絵を見たのはいつだったろうか。今よりもイラストレーション的でコミックの影響が強く、類型的なキャラクターにはそれほどオリジナリティは感じなかった。しかしそれが徐々に変化していく。キャンバスを使うようになったことや描画のテクニックが上達したという表層的なことだけではない。背景にある物語、それを支える世界観といったものを強く感じさせるようになった。その代表的な作品が今回紹介する《ズィミウギア永劫暦945年 対峙する光の写身と黒きアマダスの闇》だ。
キャンバスにアクリル絵の具、水彩絵の具、カラーマーカー、ボールペン、色鉛筆で描かれ、2か月をかけた力作だ。巨大な怪物と対峙する人物の後ろ姿。真正面から怪物が覆いかぶさってくるような迫力ある構図。これは作者アンゲルスによる壮大な物語のワンシーンで、二つの重要な象徴性を表すキャラクターの戦いの場面。彼によれば一方は「すべての存在を否定する存在の影、すべてを無に帰する神」、そして対するのが「人のかたちをとって人に宿る、光の神」だという。ギリシア神話やエジプト神話、伝説、伝承にインスパイアされた架空の異世界を生きる分身たち。個を投影した物語の中からより普遍的な物語が浮き上がってくる。
アンゲルスは現在33歳、高機能自閉症で適応障害がある。昭和の時代のキャラクターを愛し、小学生のころはよく自由帳にウルトラマンや仮面ライダーの怪獣・怪物を描いていた。人となじめず不登校になり、家の近くを一人で歩きまわりながら頭の中のファンタジーの世界に没入していたという。プレイステーションなどゲームをやるようになると、プレイするだけでは飽き足らず自分で物語やキャラクターを考えるようになる。そこから描くことにつながっていった。
“あなたにとって描くこととは?”と質問すると、「生きるため」と即答した。生きていくのがあまりに苦しいので、想像の世界に身を置いている時間だけが本来の自分自身を生きている時間なのだと。描くことはみずからを救済する行為、描くことで生きのびられる、そう信じている。一生描き続けていく、ペンを握って死にたい、そう話す。閉じた世界を作り上げること、それを外へと投げかけることで閉じた世界が開いていく。あのヘンリー・ダーガーが『非現実の王国で』で作り上げた圧倒的な“もうひとつの世界”のことを思い出す。
プロフィール
中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)
記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。
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