今回ご紹介するのは、木村全彦さん(京都府)の作品です。

キュレーターは、福祉実験ユニット・ヘラルボニーの松田文登さんです。

作者……木村 全彦(きむら・まさひこ)さん

 

キュレーターより《松田 文登さん》

150の色彩と楔文字(くさびもじ)“キュニキュニ”によって世界を細分化する。

木村全彦が映し出す、ミクロとマクロが共存する摩訶不思議な世界


「キリン2」


「アゲハチョウ」


「ハス」


「伏見稲荷赤門」

丁寧に塗り込まれた色鉛筆の鮮やかさが、強烈な異彩を放つ。

作品に近づいてみると、心地よい輪郭の歪みの中に、想像を遥かに超える色彩が、象形文字のような特殊な筆致で埋め込まれている。

そのあまりの威力に思わず離れてみると、意図的に計算されたかのような奥行きが現れ、その臨場感に今度は圧倒されてしまう。

高い彩度であやゆる色彩を繰り出し、明度のコントロールと、彼が独自に生み出した「キュニキュニ」と呼ばれる楔模様(くさびもよう)の筆致によって、一見平面的に見えつつも確かな空間表現を実現している。「キュニキュニ」という独自の名称は、ラテン語で「楔形文字」を意味する「cuneiform(キュニフォーム)」が由来となっている。

1984年に生まれ、京都府の『アトリエやっほぅ!!』に所属する木村全彦さんは、2009年に「産経はばたけアート大賞」を獲得してからこれまで数々の受賞を経験。スウェーデンで開催された「アール・ブリュット 日本とスウェーデン」展では日本代表アーティスト8名のうちの一人に選出されている。まさに、世界に通じる才能と実力を持った作家である。

そんな木村さんだが、彼の代名詞でもある楔形の色鉛筆技法に辿り着くまでには、多くの紆余曲折と施設職員による創意工夫があった。

はじめに手にした水彩絵具は、スピード感を持って描く木村さんの気質とそりが合わず、画用紙がふやけ、破けてしまった。クレヨンやポスカも試したが、木村さんの目に映る世界を表現するには色数が少なかった。色々試していく中で、速乾性があり、繊細な色彩の表現ができる色鉛筆が、木村全彦という作家を最もよく引き立たせる画材であるという結論に至った。

当初は50色で構成されていた絵画も、次第に色数が増えていき、今では150色もの色を巧みに使い分けるという。木村さんの絵には色鉛筆で描いているはずなのに、まるで油画で描いたかのような重厚な質感がある。本人は優しく描いているそうなのだが、職員の方によれば、普通の画用紙に描くとしょっちゅう破れてしまうほど力強い筆圧で描くという。そんな木村さんのパワフルな筆致に耐え得る厚手の「イラストボード」に変えたことで、現在のスタイルが確立した。

「アーティストの木村全彦さん」
「作品の展示風景(岩手県盛岡市「HERALBONY GALLERY」にて)」

 

木村さんは、施設以外の場所では絶対に絵を描かない。

なぜなら、木村さんにとって、絵を描くことは「仕事」だからだ。

以前親戚が集まった場で、職業を聞かれた木村さんは『画家』と答えたという。そう、胸を張って答えられるような自負を作家本人がしっかりと持っている。障害のあるアーティストの才能は、作家個人の力だけで存分に発揮することは難しい。作家の制作活動の精神的支柱となる、身近な家族の理解や職員による全面的な協力体制が必要不可欠だ。そして何より、作家自身が描くことに喜びや生きがいを見出していなければ成立しない。木村全彦というひとりの作家の異彩を、アートというフィルターを通して目撃できるということ自体が奇跡的なことなのだと、改めて痛感する。


プロフィール

松田 文登(まつだ・ふみと)

株式会社ヘラルボニー代表取締役副社長。チーフ・オペレーティング・オフィサー。大手ゼネコンで被災地の再建に従事、その後、双子の松田崇弥と共に、へラルボニー設立。自社事業の実行計画及び営業を統括するヘラルボニーのマネージメント担当。岩手在住。双子の兄。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。日本オープンイノベーション大賞「環境大臣賞」受賞。

 


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