今回ご紹介するのは、「studioBREMEN」(北海道・北見市)の遠藤 雛(えんどう・ひな)さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……遠藤 雛(えんどう・ひな)

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

遠藤 雛《 no title 》
2025大阪・関西万博で6月に、BiG-i Art Projectの展覧会『Spread Our Common Sense 共通感覚を拡げて』が開催された。キュレーターとしてこの展覧会の準備中に北海道北見市にあるスタジオBremenを訪れ、当初目的だった二人の作家さんの作品を見せていただき、さて帰ろうかという時、「こんな作品もあるのですが…」とスタッフの伊藤さんが持ってきたのが、遠藤雛の粘土細工・クレイアート作品だった。カプセルトイの「ガチャガチャ」に入るくらいの小さな食品サンプルみたいな食べものや飲み物のミニチュア。細かいパーツを一つ一つ丹念に作り込んである。チャーハンのご飯の粒ひとつひとつ、野菜や果物のタネも実も皮も手を抜かない。グラタン皿のソースの下には見えないけれどちゃんと具材が入っている。みずみずしいフルーツの艶感、コップのソーダ水は気泡まで見えそうだ。

驚いたのはその制作の工程だ。たとえば大福。まず初めにあずきの豆を一粒一粒つくり、小さな鍋に入れてミニチュアの冷蔵庫で一晩寝かせたのち、それをすり潰して餡(あん)を練り上げるというのだ。まるで食材を調理するような手順で手間暇をかける。料理のプロセスそのものを再現・体験することが遠藤にとってはとても大切なことなのだ。

遠藤雛は29歳、自閉症という特性がある。自宅の自分の部屋がアトリエで、作業所から帰ると夕食までの2時間が制作の時間。七月なら「夏・氷の菓子」というように毎月テーマを決めて制作にいそしむ。そもそも造形の始まりは、欲しかった人形を手に入れることができず自分で手作りしたことからだという。子どもの頃、お姉さんと一緒に食事作りをするのが楽しかった記憶があるらしいが、いま遠藤はひとりで火を使うのは危ないということで、実際に調理をするのは制限されている状況だ。

制作の技術的なことはすべて独学で、インターネットで調べては試行錯誤している。タミヤ模型の軽量粘土、透明感のある素材の表現には樹脂粘土、液体用のレジン、タミヤのアクリル塗料ミニ、エナメル塗料、ラッカー塗料など。最近ではシリコンで型取りするなど、たえず日々ネット検索し技法や材料、塗料の配合などをアップデートしている。

本来料理は食べて無くなるのがデフォルト。だが料理を模した二次的行為による産物は食べられず“モノ“として残る。”二次的“行為であったものが、表現・作品となる面白さ。あらゆる表現行為は結果ではなく、そのプロセスに本質的なものが含まれると感じているが、まさに遠藤の表現にはそれがある。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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