今回ご紹介するのは、工房集(埼玉・川口市)の高橋 創(たかはし・はじめ)さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……高橋 創さん

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

高橋 創「無題」

高橋創の作品に出会ったのは20年くらい前だろうか。みぬま福祉会の太陽の里という入所施設のアトリエ、入口に近いテーブルで一心不乱に画用紙に向かう姿が目に焼き付いている。その絵は鈍い色彩を放ち、幾重にも重なったクレヨンの軌跡の物質感がぐっと迫ってくる。とても印象的だった。

ぐるぐるぐるぐる、高橋はうずまきだけを20年以上くる日もくる日も描き続けていた。すり減って小さくなったクレヨンもかまわず強く押し付けてぐるぐる色を重ねていく。段ボールや画用紙のうえで色は混じり合ってどんどん暗く重くなる。「ぐるぐる」によって生まれた大小の渦が、くっついたり離れたりしながら求心していく有機的な絵画空間を生成している。

子どものらくがきのようなスクリブル(=Scribble「なぐり描き」)による作品は、知的障害がある人によく見られる表現形式だ。高橋の場合は長い長い年月を経て相当に円熟した「ぐるぐる」であるのはまちがいない。執拗に重ねられたクレヨンの物質感と色彩は聖性を帯びて立ち現れる。それは言葉によるコミュニケーションがほとんどない高橋が発する「もうひとつの言語」だ。彼の体調が悪いときや周りの環境に心が乱れがちなときは出来てくる絵もどこか重く暗い。逆に調子が良さそうなときの絵は快活で明るい印象がある。同じ形式の絵だからこそ毎日の変化や差異がわかる。

感情を表に出さず言葉もほとんど発しない高橋。今は入院していて施設に通えないため制作も中断している。以前ギャラリーでたくさんの絵を展示した時、高橋が浮かべたほんのかすかな笑み。それは20年間のかかわりの中で初めて見た彼の笑顔だった。「創が笑っている」とお母さんもびっくりしていた。絵を描くこと、描いた絵が展示され他者に見てもらうことで人はどんなに多くのものを受け取るのだろう。たとえ言葉のアウトプットが不自由であっても、いや不自由だからこそ言語化できない多くの伝えたいなにかがあり、単純なコミュニケーションを越えて人間の豊かな感覚の広がりを共有できるのだ。

彼の絵は確実に何かを伝えようとしている。その「もうひとつの言語」に託されたものをじっくりと感じてほしい。そして一見類型的にみえる表現形式の奥底に潜む人間の切なる叫びに耳を傾けてほしい。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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