今回ご紹介するのは、「工房集」(埼玉・川口)の齋藤 裕一さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……齋藤 裕一(さいとう・ゆういち)

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

齋藤裕一《ドラえもん》
齋藤裕一は、気に入った言葉をなんども繰り返し描くというスタイルで、奇妙で魅力的なオリジナリティあふれる絵画空間を創り出す。型にとらわれず自由に思うままに刻んでいく文字のつらなり、インプロビゼーションな動きとリズム。「絵画」と「書」の間を横断し越えていく力を持った作品は、言葉そして文字の持つ根源的な力を再認識させる。コミュニケーションのためだけの単なる道具ではない文字。漢文学者・白川静氏の言う様な“文字の始原にある呪術性”がそこに浮かび上がってくる。

筆圧強く、しかも繊細な線が放つ緊張感、画面の余白と凝集。空間の美しさは他に比類がない。ドラえもんの「も」の字が、もももももももももももももももも、と無数に並び重なっていくさまに引き込まれる。文字をたて続けに連打する瞬間の即興的感覚と、文字というメディアが人類とともに歩んできた連綿たる時の流れの感覚が同時に存在する不思議さ。「描くこと」それ自体にフォーカスした齋藤の絵は、より深く文字の呪術性を意識させる。

一見するとその作風はアメリカの画家サイ・トゥオンブリ(1928~2011)を連想させる。だが彼はトゥオンブリどころか誰の影響を受けたこともない。みずからの創造性の欲求に従って独自のスタイルを創り上げただけ。つまり美術のさまざまな形式は人間の感覚のなかにすでに在ったものなのだということ。歴史や時代の要請に応じてそれは姿をあらわし命名され、形式として認知されていったということか。齋藤は美術史の時間軸に沿った表現形式にはまったく左右されない。障害があるがゆえにその時間軸をいっきに飛び越え、人間の内部に広がる感覚を直に捉え表現している。

現在、齋藤の作品はポンピドゥーセンター(フランス・パリ)に収蔵され、ヨーロッパやアメリカでも展覧会が開催され高い評価を受けている。彼は障害者の表現活動に早くから取り組んできたみぬま福祉会・工房集の代表的アーティストとして知られている。そもそもは彼が「仕事」である作業をすることができなかったことから始まった。スタッフが試しに促して「集」という字を描いたのがきっかけで、文字を描くことが自分の仕事になった。今は工房集から同じ法人内の「はれ」という施設に移動し、スタッフも変わった。でも変わらずにずっと制作は続けている。描く文字が前より大きくなって画面からはみ出すような作品が多くなった。その変化もまた興味深い。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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