溝上 強「殻」HEARTS & ARTS VOL.36
公開日:2022年1月21日
- 今回ご紹介するのは、溝上 強さん(長崎・佐世保市)の作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。
作者紹介……溝上 強(みぞがみ・つよし)さん
幼い頃より、絵を描くことが大好きでした。言葉でコミュニケーションをとるのが苦手でしたので、学校や社会では、自分の思いが伝わらないため、つらい事も多かったようでした。描く事で、楽しい想像の世界に入ったり、嫌な気持ちを浄化したりなど、絵は心の支えとなり、現在では、生活の一部となっています。
試行錯誤して、独自の画法が生まれました。
テレビや新聞でニュースを見ては、世知辛い世の中に不条理を感じたり、地球の環境問題に不安を感じたり、言葉で表せない思いを表現してきました。
また、動物の中にたくさんのキャラクターを描き込むポップな絵もよく描いています。これは、描きながら物語を作り、キャラクターたちを出演させることで動きのある面白い絵となっているようです。
他にも、妖怪を描いた墨絵や、マジック画、裸婦画等その時の気分で描いています。
作品展を見に来てくださった方々は、「ポップな絵や色彩が豊富なので、元気になります。」、「妖怪の絵もかわいいですね。」と言ってくださいます。(母・溝上 春む)
キュレーターより 《中津川 浩章さん》
溝上強「殻」
溝上強は3歳のころから絵を描いていたという。広げた段ボールに囲まれるようにして描いている時の彼はとても静かで、その様子を見ていた母親には絵を描くことが本当に好きなのがよくわかったという。恐竜トリケラトプスや“変身もの”のヒーローたちの世界に想像力を広げながら、絵を描くことに没頭していったそうだ。
軽度の知的障害がある彼が食品工場に就労していた時に描いた作品が「殻」である。
ダイナミックで迫力ある構図、茶と黒を主体とした地味な色彩だが印象は鮮烈で激しい。左に見える蛹のような殻の裂け目に小さな目が覗いている。青い眼球。赤い涙。そして右には妖しげな目玉。周りにはうねうねとニューロンのようなものがうごめき、有機的なフォルムがまとわりつくように重く暗く画面を包み込んでいる。
「殻」は決して明るい作品ではない。殻から出たくても出ることができずに心身の調子を崩してしまう、辛く苦しい体験の中で自分を支えるために描いた作品だ。本人の意思とは裏腹に工場を辞めざるを得なくなった溝上は、絵を描くことを選択して今がある。その記念碑的な作品でもある。
多くのアイディアスケッチを描くこと、それらをもとに全体の構成を形作っていくことが溝上の特徴だ。鉛筆や色鉛筆のスケッチはラフな中にも、動物や妖怪や魔物などのモチーフや構想の原型が垣間見えて興味深い。
線の内側を描いて埋めていくうちに自然発生的に細部が出来上がっていくというようなスタイルが、障害がある作家にはよくある。だが溝上の場合は違っている。表現したいメッセージがまず明確にあり、それがイメージとなって構成され一つの作品になっていく。画面上の空間は偶然ではなく意図的に配置され、複雑な構造を支えているのだ。
また絵の具の筆のタッチの跡が残らないように、焼き物に着彩する特別な技法を独自に習得している。水を含ませるので普通の紙では波打ってベコベコになってしまうため支持体にはイラストボード、キャンバス、パネルなどを使用するのだという。
画面構成する仕方、技法の習得、画材の選択、こうしたことはほとんどプロの画家と変わらない。溝上は現在、画家として会社と社員契約し制作の日々を送っている。休日はデッサン教室に通ってモデルを描くこともある。
「あなたにとって絵を描くこととは?」との問いかけに即座に「描くことは生活である」と答えが返ってきた。
プロフィール
中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)
記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。
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