井口 直人「無題」HEARTS & ARTS VOL.62
公開日:2023年2月9日
今回ご紹介するのは、さふらん生活園(愛知・名古屋市)の井口 直人(いぐち・なおと)さんの作品です。
キュレーターは、福祉実験ユニット・ヘラルボニーの松田 文登さんです。
キュレーターより 《松田 文登さん》
「無題」井口 直人
愛知県の「さふらん生活園」に在籍する井口 直人(いぐち・なおと)さんは、コンビニと施設のコピー機を使って、自分の顔とその時々の気に入ったものを写し取ることを毎日の日課としている。ガラス面に顔を押し付け自分でボタン操作し、センサー光の動きと共に身体を動かすことで、画面に独特の歪みを作り出す。作品中に多用されるシールは、施設でのアルミ缶作業中に剥がした景品応募シールで、これまで何度も当選している。近所のコンビニには20年あまり毎日通っており、終わると店員が手際よくガラス面についた顔の脂を拭いてくれる。
そんな井口さんの“創作活動”とも“日常的行動習慣”とも称せるその行為は、私たちヘラルボニーが金沢21世紀美術館のデザインギャラリーで開催する実験的なサウンドプロジェクト「lab.5 ROUTINE RECORDS」(ルーティンレコーズ)で、日々の繰り返しのルーティンから生み出される「音」のクリエイションとして、新たな着眼点から展示を試みている。(※会期:2022年10月1日から2023年3月21日)
架空のレコードショップをイメージした空間に、井口さんのルーティン音がレコードとなって陳列されている。そのレコードジャケットに記されたQRコードを鑑賞者がスマートフォンで読み取ると、コピー機で自身の顔をスキャンする時に生じる独特の機械音や井口さんの声が鑑賞者の耳に流れ込んでくるという仕組みだ。鑑賞者は美術館で音楽を聴くという文化的なアクションから思いがけない出会いを経験し、音の傾聴を通じて、井口直人という一人の存在に思いを馳せ、知覚する。これまで普段の生活のなかでふれあうことの少なかった、あるいは出会ったことのない人と自分自身の日常の垣根をフラットに飛び越える体験をするのである。
「lab.5 ROUTINE RECORDS」
2022年10月1日-2023年3月21日
金沢21世紀美術館デザインギャラリー展示風景
撮影:木奥 惠三
井口直人さんが長年織りなす日々のささやかなルーティンは、作品としても、ルーティンとしても、そして音としても興味深く、唯一無二の異彩を放っている。ぜひ美術館でその魅力をリアルに体感してほしい。
プロフィール
松田 文登(まつだ・ふみと)
株式会社ヘラルボニー代表取締役副社長。チーフ・オペレーティング・オフィサー。大手ゼネコンで被災地の再建に従事、その後、双子の松田崇弥と共に、へラルボニー設立。自社事業の実行計画及び営業を統括するヘラルボニーのマネージメント担当。岩手在住。双子の兄。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。日本オープンイノベーション大賞「環境大臣賞」受賞。
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