今回ご紹介するのは、アール・ド・ヴィーヴル(神奈川・小田原市)の萩原幹大さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……萩原幹大(はぎわら・かんた)さん

幼い頃から文字を描かない日は1日もありませんでした。食べる寝る以外は、ずーっとボールペンとノートと、テレビ番組の「おかあさんといっしょ」の本をそばに置き、ひたすら文字を描くことに夢中でした。

現在は、アール・ド・ヴィーヴルのアーティストとして創作活動に取り組みながら、「つながるカード」というアール・ド・ヴィーヴルのアーティストの作品でデザインした名刺に、注文してくださった方の名前を手描きする仕事を担当しています。

洋服が好きで、自らコーディネートしたファッションで毎朝、アトリエへ向かっています。
創作の傍ら、誰かを一発芸で笑わせる事を日課としており、アトリエに来たお客さんがその標的になることもあります。
スポーツも好きで、週末は水泳やフロアホッケーを楽しんでいます。また2019年ラグビーワールドカップのときには、オーストラリア代表チームと交流。ともにアートワークショップを体験したことでラグビーにも興味を持ち始めています。(アール・ド・ヴィーヴル代表 萩原美由紀)

 

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

「終わりのないノート」

萩原幹大のノートは、ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベットそして暗号のような数字で埋め尽くされている。お気に入りの歌のタイトルや人の名前やことばがびっしりと。力を入れてゆっくりと描くその繊細な線は、ときに震え細かく波うち独特な表情を見せる。それが幾重にも重なり合って奥行き感のある空間が生まれる。

毎日毎日描き続けて18年。まるで写経のように、呪文のように繰り返す。そのノートの総数は100冊以上になるという。彼はそのノートをいつも持ち歩いている。持てるだけ何冊でも。ノートや筆記用具だけでなく書き写すための本も一緒に入れるので、それらがすべて入ったザックはかなりの重量になる。その重たいザックのせいで足を捻挫してしまったこともあるという。だがそれでも肌身離さずいつも一緒に移動する。ノートと萩原はまるで一心同体だ。

ダウン症という特性がある萩原は、文字を文字として認識しているというよりも視覚的なイメージとしてとらえているようにみえる。自分の好きな歌やモノやいろいろなフレーズが、それを表す文字や数字の並んだビジュアルと結びついている。 何を表現しているかということについて本人はとても自覚的で、その対象の選び方には強いこだわりと自負を持っている。その個性的なセレクトとそれらの配置から世界に対する彼のメッセージを読み取りたいという思いに駆られる。ことばや謎の数字は萩原の内面世界を読み解く暗号のようで、謎を問いかけられているような気持ちになるのだ。

萩原のノートは一冊として完成することがない。前に描いたノートを再びめくっては新たにその上からことばや数字を描き加えていく。日々更新される終わりのない物語。彼の生きるすべてがこのノートに閉じ込められる。過去と現在そしてもしかしたらたぶん未来も、そこには綴られているのかもしれない。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)
記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。

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