今回ご紹介するのは、多機能型事業所わっくす(埼玉県春日部市)の齋藤 進さんの作品「天使がやってくる村」です。今回のキュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者のことば……齋藤 進(さいとう・すすむ)さん

絵を描くことは、単なる暇つぶし。僕はただ描いてるだけ。
僕の絵を見た人が、どう思うかっていうことは大事。これがいいとか、あれが好きって言うのをみんなが言うでしょう。そうじゃなかったら、描くのやめちゃう。もうほとんどのものは描いちゃったんだけどね。
今は「この世の終わり」を描いてる。スリルがあって映画の世界みたいで、かっこいいから。丸テーブルの周りで夜明かしのダンスを踊っている貴族の絵も考えてる…。

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

「天使が舞い降りる不穏なパラダイス」

そこここに舞い降りてくる無数の天使たちの姿、一見パラダイスのような情景に潜むただならぬ気配。色鉛筆とマーカーの軽快な筆致には迷いがない。まるで見えている世界を描いているようなリアリティがある。一度見たら忘れられない不思議な絵だ。

なんの予備知識もなくこの絵を見たなら、描いたのが男性なのか、女性なのか、何歳くらいなのか、まったく見えてこない。

何度も画面に現れてくる大きな樹木。大きく枝を伸ばした世界樹は神話的世界の拡がりを感じさせる。その樹の上でタバコを吸う人。少しエロチックなかわいい天使たちに囲まれる男性。輪になっておしゃべりしたり、水浴びしている天使たち。最後の晩餐の巨大なテーブル。イメージはファンタジックで若々しい。大勢の祝福の天使に歓喜の歌が聞こえてきそうな作品もあれば、大洪水などどことなくキリスト教的な終末観が漂うモチーフも描かれる。絵の中には齋藤自身の姿もあるらしい。どこかで見たことがあるような、でもどこにもない、架空の世界。夢の中の世界。絵画のスタイルは異なるが壮大な物語を孤独の中で描き続けたアールブリュットの巨匠ヘンリー・ダーガーを彷彿させる。

「それぞれの休日」「草花と天使」「一夜の晩餐会」

「無題」

齋藤は過去の苦しかった経験の中で奪われ失われてしまった現実を、ファンタジーという手法によって再び自分の手に奪い返し取り戻しているのだ。表現することは再び生きることだとあらためて思う。

普段は無口な齋藤だが、自身の絵画については饒舌に語る。「世のなか、ディズニーランド」「明日はなにがあるかわからない」「この世のおわり、なんでもありだ」「いまここに天使がいてもふしぎじゃない」。

人が内面にどんな世界を持っているのかなんて本当はわからない。ジェンダーを超え、年齢を超え、さまざまな衣装を脱ぎ捨て、自由に表現すること。その率直なパワーがまっすぐに心に響いてくる。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき) 記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートWSや講演活動を全国で行っている。

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