山田恵子《北極ペンギン》 HEARTS & ARTS VOL.113
公開日:2025年2月20日
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今回ご紹介するのは、「工房まる」(福岡市)の山田 恵子(やまだ・けいこ)さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。
作者紹介……山田 恵子(やまだ・けいこ)
山田恵子さんより
細かいところや、カラフルできれいな色で、「うわーすごいねー」って見てくれる人を元気付けたり、幸福を、感じさせる気持ちで、絵を、描いています。
キュレーターより 《中津川 浩章さん》
山田恵子《北極ペンギン》
一般社団法人Get in touchの「まぜこぜアート」プロジェクトにたずさわって福岡市にある「工房まる」を訪れた時に、初めて山田恵子の絵を見た。「まぜこぜアート」は障害のあるアーティストの作品と企業や社会をつなぐソーシャル・アクション・プロジェクト。この時はスターバックスコーヒージャパンとの協働で、福岡赤坂門店の店内に展示する作品を探していた。
山田の絵画は「線」が始まりにある。線によって表現される動物や植物たち。いちばん心惹かれたのはモノクロームの作品だった。繊細な線と塗りつぶしの面が生む美しい空間。描き込みの密度と余白のバランスの音楽のように心地よいリズム。それだけではない。乾いたグラフィック感覚の中にどこか、ねっとりとした、得体のしれない“なにか”がノイズのように潜んでいる。
《北極ペンギン》は、白と黒のバランス構成が絶妙だ。ペンギンたちの様子は、ワイワイガヤガヤとコミカルで楽しげにも見えるし、反対に右往左往して混乱する不穏な状況にも見える。ペンギンの重なりの整合性が有るようで無い、無いようで有るような、マジカルでユニークな表現。非常に動きのある画面にもかかわらず、妙に落ち着いて見えるところも不思議な感じがする。
カラフルな色彩あふれる作品も魅力的だ。空間を埋めるモザイクのような細部に焦点を合わせていくと、いつのまにか迷路の中に迷い込む。ずっと見ているうちに絵の全体から離れ、細部に意識が集中し、山田の感覚に共振してしまう。ディテールと全体を行ったり来たり、なんどもワープしながら見入ってしまう。
山田は工房まるに通って15年になる。1986年生まれの39歳。知的障害がある。週に5日、一日3時間を制作にあて、ひと月以上かけて一枚を仕上げる。モチーフは動物、魚、花などの写真で、何枚かを組み合わせることもある。最初の頃はシンプルで軽いイラスト的な作品だったが、同じアトリエで制作するメンバーの作品から影響を受けるなどして、どんどん緻密になっていった。色鉛筆や筆を使っていたこともあるが、山田の持つ「線」の魅力を生かすのが難しかった。スタッフが準備したコピックマーカーで描くようになってからは、線と色がぴたりとフィット。画材やモチーフの提案にも前向きに挑戦する。誰かの想いに応えることが、彼女の原動力にもなっている。ホスピタリティがあって世話好きな工房まるのムードメーカー、山田恵子の次なる作品が楽しみだ。
プロフィール
中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)
記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。
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