今回ご紹介するのは、社会福祉法人ふたかみ福祉会が運営する福祉事業所HAPIBAR(ハピバール/大阪・羽曳野)の髙坂 洸奈(こうさか・ひろな)さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……髙坂 洸奈さん

ハピバールで絵を描くときは、「アトリエをする。」とは言わず、「居間で過ごします!」と独特な表現を用いることが多く、不思議に感じます。髙坂さんの中では、「居間=落ち着く」という感じなのでしょうか。髙坂さんは、平和を愛し戦争が嫌いです。この作品を描いた日の朝は、悲しいニュースを耳にしたのか、怒ったり泣いたりしながら描いていたことが頭に浮かびます。
「どうすれば世界が平和になるのか」を考えながら絵を描かれています。しかし、それを口に出して説明するのが苦手です。髙坂さんにとってアトリエは、「自分の思い」を訴えるツールなのです。(ハピバール・阪本)

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

髙坂洸奈
《国家の裁判台》

大阪・羽曳野市にある福祉施設「ハピバール」を訪れた時に、はじめて髙坂洸奈の絵を見た。全体的な印象はラフだが、独特の密度がある。きっちりと揃った文字の並び具合や定規で引いた線の造形的な美しさ。クレヨンによる描画と鉛筆による線が複雑に重なり合う画面の多層構造。分かるようで分からない謎めいた文字の連なり、フレーズの不可解さ。なんとも言いがたい不思議なエネルギーに満ちていた。

《国家の裁判台》は、アルファベットや漢字かなまじりの鉛筆文字、その上にクレヨンで図形を塗り込み、その上にまた鉛筆の線を乗せている。クレヨンのタッチは荒く筆圧も強い。なにか切迫感さえ感じる。個々のモチーフに混じる黒色が画面の重量感を増す。文字はところどころ消されて、ラフな塗り重ねと塗り残しの感じから生々しいライブ感が伝わってくる。円に六芒星の図は、水木しげるの漫画『悪魔くん』の「魔法陣」にインスパイアされたものだそう。悪魔を召喚する呪術的なモチーフだ。これは他の作品にも繰り返し登場する。
幾何学的なモチーフとそれらをつなぐ線の配置は抽象絵画のような構造をもち、物語を感じさせる。「文字」と「絵」それぞれからくるイメージが越境して混じり合い、そこにないものが幻視のように立ち上がってくる。見れば見るほど感覚が動き出す。

髙坂は自閉症スペクトラム、知的障害がある。読書好きでいつも本ばかり読んでいるという。勉強をしたくてもできなかったことを今でも残念に思い、日々「勉強すること」にこだわる。一週間かけて描いた作品も、しばらくすると取り出して加筆する。「完成」することはない。納得のいかない文字はすべて消し、作品は常にアップデートしていく。

動物の殺処分のニュースを見た髙坂は、動物保護活動を支援したいが自分の給料では毎月会費を払うことができないと涙したという。戦争のニュースを憂いて涙を流し、傷ついた人を助けたいのに助けられない、森や木も救いたいのに何もできない、自分の無力さの痛みを言葉にして描く。人間の感情、感覚、思考の全体性が、言葉と図像の両方で具現化されている作品。描くことは髙坂にとって祈りそのものなのだとあらためて思う。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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