今回ご紹介するのは、「アール・ド・ヴィーヴル」(神奈川・小田原市)の伊藤 愛梨さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……伊藤 愛梨(いとう あいり)

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

伊藤 愛梨《あきいろ》
7年前、小田原市にある福祉施設アール・ド・ヴィーヴルで、重度障害がある人たち向けのワークショップを企画開催した。車いすで生活している方々、脳性まひや交通事故による後天的障害などさまざまな障害特性がある方に「表現すること」を体験してもらおうという試みだった。そこに参加したのが今回紹介する伊藤愛梨さん。学校などでは絵を描くときに支援員や教師が手を添えてサポートしてくれるのが常で、そうなると彼女の意思というよりサポートする側の意思が反映した作品になってしまう。
ワークショップでは、彼女が「自力で描く」ことができるように、そのためのサポートをすると決めた。車いすのまま無理なく描けるように、長くて軽い丈夫な紙製の棒を用意した。先端に刷毛やローラーを装着する。持ちやすいように手元にはタオルを巻いた。

その手製の棒を持って描き始めた瞬間、伊藤は「ウオォォ~~~~~」と雄叫びをあげていた。自分の力で線を描き絵の具を塗るはじめての体験。体が思い通りに動かなくてもかまわず描く。刷毛の線がうねり、ローラーの絵の具が広がり重なって独特の表情が生まれる。描いている!塗っている!言葉にならない興奮した喜びが全身にあふれ出ていた。

色を選ぶという経験もはじめてだった。最初は色を渡されるまま使っていたが、そのうち自分で選ぶことができると気づいた伊藤は、絵の具の箱を見せると使いたい色を目の動きや声で伝えてくれるようになった。何回かワークを経るうちにはかなり厳密に色を指定するようになった。ある時は、絵の具の箱をみせても不満そうな表情で、「私が使いたい色はこの中にはない」といわんばかり。そのうちに彼女が支援者のはいているズボンをじっと見ていることに気付く。「使いたい色はこの色なの、わかってよ!」という表情。ズボンの色はエメラルドグリーンだ。急いで調色して渡すと満面の笑みで描きだした。

脳性まひの方には不随意運動という障害特性がある。思うように体が動かないだけではなく、思ってもいない方向に腕や足が勝手に動いてしまうのだ。そのため伊藤も最初は床置きの大きな画面でないと描けなかった。今は机に置いたキャンバスにも描くことができる。ふつうは小さなサイズから大きなサイズに移行するものだが、伊藤の場合は逆だ。ノウハウを習得したことで小さなサイズの絵が描けるようになったのだ。

週2回アール・ド・ヴィーヴルに通い、文字盤を使ってコミュケーションし、好きなドラマやドラマ音楽をテーマに描く。絵の具を自分で選び、自分でチューブから絞り出し、キャンバスの側面まで必ず塗る。表現された世界は日によって色彩や構図がずいぶんと異なっている。言語化できない日々のさまざまな感情が絵の中に込められているのを感じる。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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