今回ご紹介するのは、障がい者支援施設「スマイル」(愛媛・松山市)の土山 啓一(つちやま・けいいち)さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……土山 啓一さん

1961年生まれ。2006年から障がい者支援施設スマイルに入所し、日中活動の一環で絵を描き始めました。
「毎日楽しい!」とキラッキラの笑顔を見せてくれる土山さん。朝から「今日は何が起こるかな」とワクワクしているそうです。ペタンク、オセロ、ゲーム、カラオケなどの日中活動も大好き。
施設での生活は大きな変化はありませんが、土山さんは周りをよく観察していて小さな変化に気付きます。飾っている花や絵が変わったこと、テーブルの位置が変わったこと、誰かが髪の毛を切ったこと、夜勤明けのスタッフが疲れていそうだから自分のベッドで休んでいけばいい、など。小さな事かもしれませんが、変化の一つひとつを“新たな発見”とポジティブに捉え、日々の生活を豊かにしているように見えます。
そして、絵を描き、思い出話を聞いてもらうことも楽しみの一つになっています。たくさんの人に思い出話を聞いてもらいたいのですが、伝える手段は単語表やジェスチャーなので相当な時間がかかってしまいます。そこで、絵の裏に思い出やプロセスを代筆してもらうようになりました。それを見てもらっている時の土山さんの表情は真剣そのもの。見終わったあとの屈託のない笑顔は周りの人も笑顔にさせてくれます。(スマイル・田村 恵理)

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

土山啓一
《お母さんがつくる桃ジュース》

松山市にある障がい者支援施設「スマイル」を訪れると、廊下の先の開けたスペースにテーブルが置かれていて、そこで絵を描いている初老の男性がいた。八つ切りサイズくらいの画用紙にアクリル絵の具で、一つ一つのタッチをリズミカルに置いていく。色彩がビビッドで迫力がある。いい絵だなぁと思った。それが土山啓一さんだった。支援員の方が彼のほかの作品も見せてくれた。その中で目に留まった一枚の絵。それが今回の《お母さんがつくる桃ジュース》だ。

イエローオーカーに白が混色された細かいタッチ。はじめは軽快そうに見えたが、よく見ると、塗り重ねられた画面がやけに厚く重い感じがする。イエローオーカーの隙間のところどころに赤がのぞいている。この作品は赤い下塗りの上からイエローオーカーで上描きされたようだ。「はて、これは?」と訊ねると支援員さんが解説してくれた。この絵は母親が彼の好きな桃ジュースを作る“過程”を描いたのだという。絵の裏には支援員さんが土山に聞き取りをした内容が写真を添えて記されていた。
「①桃をグツグツ煮る。赤、青は火 ピンクは桃 ②火でグツグツ煮る(ピンクの桃も見えなくなる)③完成 桃ジュースができる」
なによりも驚いたのは、プロセスを一枚の絵に表現していること。それが絵を描いていくうちに試行錯誤したプロセスというのではなく、桃のジュースの製造過程①②③を順に画面に積み重ねて描いてあるというのだからびっくりだ。とはいっても一番はじまりの絵①は上描きによって覆われ見ることはできなくなる。「消えてしまうけどこれでいいの?」と問われた土山は、「いい、間違いない、完璧。」とジェスチャーで答えたという。

土山は脳性まひ、知的障害がある。言葉のアウトプットは難しいが、単語表を使って指差したりジャスチャーで会話をすることができる。作品は抽象的に見えるが、どれも具体的なイメージと結びついている。三津のお祭りのお神輿、兄弟との思い出。子どもの頃に親しんだ三津浜の吉川製菓の配送車。母が運ぶ灯油、父のタンクローリーが運ぶ船舶用の燃料、その強烈な臭い。タッチはけっして機械的に動かしているのではなく、自身の記憶と結びついたイメージをたどるように探すように動いている。彼の記憶が感覚を通じて色彩やタッチとなって現れている。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。

ただいま、中津川さんがプログラムディレクターを務める「第25回静岡県障害者芸術祭」が開催中です。
障害当事者が創作した文化芸術作品の展示や、交流イベントなどが行われます。開催期日や会場など詳しいことは、「第25回静岡県障害者芸術祭」のホームページ(NHK HEARTSのページを離れます)でご確認ください。

これまでのHEARTS & ARTSは、こちらのページでご覧いただけます。

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