今回ご紹介するのは、「たんぽぽの家」(奈良市)の中村 真由美さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……中村 真由美(なかむら・まゆみ)さん

中村さんがたんぽぽの家で創作活動をはじめたのが2004年。この18年の中で中村さんは数多くの作品を作り上げています。中村さんのたんぽぽの家での過ごし方は曜日ごとに分けられていて「火曜日:デッサン/水曜日:ショップ/木曜日:張り子(立体造形)/金曜日:油絵もしくはイラスト」といった活動を行っています。色鉛筆やボールペンをつかったデッサンや油絵では緻密な描写を行うのですが、イラストや張り子ではポップでカラフルな作品を作ります。その作風の振れ幅は同一人物が生み出したものとは思えないほどのもので、そんなところが彼女の創作の魅力です。しかもその理由もいたってシンプルで、何かを見て描くと「描写」になり、想像で描くと「イラスト」になるといった様子。描写の方は数か月から数年かけて描くものもあれば、イラストは1日50点以上描くこともあります。

そんな中村さんの創作活動のルーツは毎日休むことなく描いている絵日記にあります。小学生の頃からはじめた絵日記は今なお続いており、その膨大な記録はご家族によって大切に保管されています。絵を描くことが小さい頃から好きで、その創作意欲は衰えることなくより豊かになり、創作活動を支援する我々スタッフは、そんな中村さんの世界にありがたくもどっぷりつかりながら併走させてもらっているようなかたちです。
ときより制作をしながら「ん〜〜ん〜ん〜〜♪」とニコニコしながら鼻歌をまじらせる姿は、本当に作品をつくるのが好きなんだな、と思います。(たんぽぽの家アートセンターHANA アートディレクター・吉永朋希)

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

中村真由美「マゼランペンギン」

2016年の「エイブルアートアワード」選考会で中村真由美の作品に出会った。その濃厚な世界に驚いた。ニュアンスに富んだ豊かな色彩、ゲシュタルトが崩壊したような形態、緻密で独特なリズム感の点描に目を奪われたのを覚えている。

今回紹介するのは「マゼランペンギン」。油彩で描かれたスクエアサイズの作品だ。ペンギンがどこにいるのか、わかるだろうか。なにが描いてあるのか判然とはしなくても、そのエネルギーはズドンと直接感覚に入ってくる。少しだけ濁った色のハーモニー。筆のタッチが生きていて、不安定で、どこに行くのかわからない、スリリングな創造性。危ういバランスの中に「生」のきらめきが立ち上がってくる。光と影、清濁が混然となって表れる、絵画としてとても力がある作品だ。

中村は自閉症という特性がある。所属しているのは奈良の「たんぽぽの家」。たくさんのアーティストを輩出し、日本のエイブルアートムーブメントを牽引してきた福祉施設だ。中村はここに通所する前からずっと、毎日絵日記を描いてきた。たんぽぽの家では「絵画」だけでなく「張り子」と「イラストレーション」という3つの違ったスタイルを回遊しながら、やはり毎日制作に取り組んでいる。
あれほど濃密な油彩画の作者が、ポップでかわいいイラストの作者と同じ人だと知ったときは意外だった。彼女にとって張り子やイラストはいわばルーティンワークで、あらかじめ決まっている工程を迷うことなくサクサクと進めていく。自分の中にある引き出しから色やかたちのストックをパッと取り出してくる。表現というより仕事という感じで、作業すること自体が落ち着くのだという。

作業が早い張り子やイラストと違って、油彩画はサイズも大きく、完成までに数か月かかっていたこともある。モチーフはスタッフが準備した写真の中から自分でセレクトする。制作中はしばしば思い悩み、不安定になることもある。それでもスタッフの存在や声掛けに助けられ、だんだんと安定して制作ができるようになったという。ほかのメンバーとのコミュニケーションも大切で、たがいに影響し合うことで表現がいっそう深まっていく。
奇跡のような力強い油彩画は、併走する周りのサポートや他者の関わりがあってこそ成立しているのだとあらためて思う。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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