NHK HEARTSには、地域に根ざした福祉活動をしているグループに支援金やリサイクルパソコンを贈呈、その活動を応援する「わかば基金」という支援事業があります。その支援団体を紹介するのが「わかばなかま」です。
今回は、2018年7月に発生した「西日本豪雨」によって甚大な浸水被害のあった岡山県倉敷市真備町で、被災者の写真洗浄を行っているボランティアグループ「あらいぐま岡山」の活動をご紹介します。

※わかば基金とは・・・
「わかば基金」は、地域に根ざした福祉活動を進めているグループを支援し、その活動を支えています。ただいま第34回(2022年度)の申請を受け付けています。(3月30日・水曜日締め切り)
詳しくはこちらをご覧ください。

あきらめかけた思い出を形で残す写真洗浄

温暖な気候と年間の降水量が少ないことから、「晴れの国」とも言われる岡山県が、2018年7月に発生した「西日本豪雨」によって、大きな浸水被害に見舞われました。とりわけ被害が大きかったのが倉敷市真備地区です。まちを流れる小田川の堤防が数か所で決壊し、川の水がまちに流れ込みました。真備地区約4400ヘクタールのうち1200ヘクタールの土地が浸水。家屋の4600棟以上が全壊、900棟近くが半壊という被害になってしまったのです。

被災後、真備地区には全国各地からボランティアが集まり、泥水で汚れた家屋や家財などの掃除が始まりました。その中で、被災者の心を支える活動「写真洗浄活動」も立ち上がりました。

活動の中心となったのは、写真家の森田靖さんとグラフィックデザイナーの福井圭一さんです。二人は2011年に発生した東日本大震災の被災地でも、写真洗浄活動に携わっていました。津波で流され汚れてしまった写真が持ち主のもとに戻ると、犠牲となった家族や友人などとの楽しかった思い出がよみがえり、喪失のただ中にいる人々の生きる力となっていったそうです。そんな姿を目の当たりにしてきた森田さんたちは、真備にこそ必要な取り組みだと強く思い、活動を始めたのです。

活動を始めると依頼が殺到。依頼者からは「こんなに汚れているのに、お願いしてもいいのですか」と申し訳なさとともに、半ばあきらめのような感情が読み取れるそうです。しかし、きれいになった写真を手に取ると、「孫が生まれたときの写真はこれ1枚だけだったので、本当にうれしい。」、「おじいちゃんの遺影が戻ってくるなんて・・・。」と信じられない様子。泣きながら喜ばれることが多いそうです。写真は汚れてしまっても持ち主にとっては大切な思い出が詰まったものです。メンバーの皆さんは活動をするごとに『思い出を残したい』、『少しでもきれいな状態にして返したい』という思いを強くしました。

評判は口コミで広がり、被災から3年半ほどで、請け負った件数は640件ほど。手がけた写真の枚数は30〜40万枚にものぼるということです。

写真洗浄には大量の消耗品が必要

写真洗浄は濡れた写真を乾かすことから始まります。川の水などで濡れると水中にいる細菌によってカビが発生したり、腐食が進んでしまったりするそうです。そのため、まずは写真を乾かし、カビや腐食を止めることから始めるのです。乾いたら、きれいな水で泥などを洗い流し、また写真を乾かします。さらに、無水エタノールで残っている汚れを拭き取ります。エタノールで拭くことで写真をきれいに仕上げ、その写真をポケットアルバムに納めて依頼主に返却し、作業は完了となります。

写真洗浄には無水エタノールやポケットアルバムだけでなく、多くの消耗品が必要となります。依頼主の写真を間違えないために仕分ける小型コンテナやふせん、劣化の激しい写真を保護するラミネートフィルムなどを大量に必要とするのです。メンバーの金銭的負担は軽くはありませんでした。そこで「わかば基金」に消耗品購入の資金を申請し、支援が決定しました。

元通りにはならなくても

多くの被災者の心を救ってきた活動ですが、写真洗浄によって、写真は100%元に戻せるものではありません。写真は一度水に浸かると色落ちしやすく、洗浄の過程で消えてしまう部分も出てきます。そのことがつらい経験を呼び起こすこともあるそうです。自らも被災者であるメンバーの女性のひとりが、そんな胸の内を明かしてくれました。
「写真って思い出の象徴ですよね。写っているものすべてが思い出なんですよね。でも洗浄すると写真の中心以外は消えてしまう。完全に元通りという訳にはいかないんです。きれいになるのはうれしいけれど、元通りにならならないのは正直つらいです。」

元通りにはならない写真が被災のつらい経験を思い起こさせる。しかし、そんな気持ちを変えていったのも写真だったそうです。
「この活動に参加する前、私の家族の写真の洗浄を依頼したんです。そして、洗浄された写真が手もとに戻ってきたとき、最初は完全には戻っていないその写真をしっかり見ることができなかったんです。でも、せっかくだからと家族が見ていたときに、『あの時はこんなだったね』、『このときすごく楽しかったね』なんて話題がいろいろ出てきて、みんな楽しそうで会話が弾んだんです。そのときに写真って大事だなってあらためて感じたんですよね。そこから向き合い方が変わった、意味はあるんだなって。」

埋もれている写真を救いたい

真備地区では、被災前は9000ほどの世帯があり、2万人ほどの住民が暮らしていましたが、被災によって住民の半数以上が町外で避難生活を送らざるを得ませんでした。被災から3年半が経過し、住民の8割以上がまちに戻ってきた今、「あらいぐま岡山」のメンバーの皆さんはあらためて写真洗浄が必要になってくると感じています。
「写真の洗浄ができたのは、被災前の世帯の1割にも達していません。被災直後は泥だらけになったものを捨てる作業が第一になり、写真を捨ててしまったご家庭もあると思います。でも、1軒1軒訪ねて聞いて回ると、まだまだ埋もれている写真がたくさんありました。捨てることができず、でもどうしたらよいか悩まれています。写真洗浄のことを知らない人もいました。まだまだ救える写真は多いはずです」。

最後に、「あらいぐま岡山」のメンバーの皆さんから、ぜひ伝えたいというメッセージがあります。
「被災した人でも、被災経験がない人にも知ってほしいです。もし写真が泥だらけになっても絶対に捨てないでください。日がたっていても、写真を少しでもきれいな状態にすることができる可能性があります。もし浸水被害などで家に眠っている写真があるなら、ぜひ持ってきてください。私たちに、思い出を形あるものに戻すお手伝いをさせてほしいです」。


真備だけでなく、浸水被害などで汚れてしまった写真をきれいにしたいけど、どうしたらよいか悩まれている方など、ぜひ「あらいぐま岡山」のSNSをご覧ください。(※NHK厚生文化事業団のサイトを離れます)。「あらいぐま岡山」で対応できない場合でも、長野県や佐賀県、熊本県など浸水被害のあった地域では、「あらいぐま岡山」で技術を学んだ皆さんが現地で写真洗浄のボランティア活動を展開しています。思い出を形あるものとして残せる可能性はまだまだあります。


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