無料塾ひこざ「心安らぐ“学習塾”であり続けたい」
公開日:2016年10月6日
さいたま市にある「無料塾『ひこざ』」は、経済的な理由などによって塾に通えない子どもの学習を支援している団体。夕方になると地域の小中学生が集まって、大学生のボランティアと一緒に勉強に励んでいます。第28回「わかば基金」でリサイクルパソコンの寄贈を受けました。「パソコンがあれば、小中学生はインターネットで調べ学習ができるし、大学生は分かりやすい教材づくりができます」と喜ばれています。
授業から取り残される子どもを救いたい
さいたま市の南西部にある埼玉大学。その正門近くに「無料塾ひこざ」はあります。普段はカフェとして営業していますが、毎週火曜日と金曜日の午後は「ひこざ」が無料で借り受け、4時から8時まで塾を開いています。
ひこざは運営委員と呼ばれる地域住民5人と埼玉大学の学生ボランティア20数人で運営されています。通ってくる子どもは小学4年生から中学3年生までの26人。全員、一般的な学習塾には通っていません。
ひこざが立ち上がるきっかけとなったのは、6年前、運営委員で塾長の角田 眞喜子(かくた まきこ)さんが「子どもの貧困」をテーマにしたシンポジウムに参加したことでした。生活保護家庭の子どもやシングルマザーが語る生活の実態を聞いて、衝撃を受けたといいます。
「今は中学生になると塾に通うのが当たり前で、塾に通えない子どもたちは学校の学習から取り残されてしまうんです。しかも学習に追いついていない子どもたちは学校の先生に相手にされないこともあるというんです。ショックでしたよね」。
そのときから、角田さんは経済的に厳しい家庭の子どもたちを、学習の面だけでもサポートできる無料の塾を作りたいと協力者を募っていったそうです。そして角田さんの呼びかけに賛同して集まった地域住民5人と、埼玉大学の学生がボランティアとして加わり、昨年2月、「ひこざ」が開塾しました。
勉強、分かると楽しい
ひこざの学習支援は、大学生が子どもにマンツーマンで付いて勉強を見守る形式です。「ちょっと分かんない」と子どもから質問があると、大学生がヒントを与えながら子どもと一緒に解き方を考えていきます。問題が解けると、子どもたちは満面の笑み。
以前は勉強が嫌いだったという中学1年生の女の子は、「勉強楽しい。ひこざに通うようになって、勉強が分かるようになったからかな」と楽しそうに話してくれました。
事務局長の雛元 聖子(ひなもと きよこ)さんは、「問題が解けるようになると、子どもたちはとっても喜ぶんですよ。それがさらに次もやってみようかなという気持ちにつながってくるんですよね」とにこやかです。
「勉強やらない」から「できない」へ
ひこざでは勉強に取りかかる子どもがいる一方、雑談に花を咲かせたり、囲碁やオセロなどを楽しんでいる子どももいます。雛元さんは、「ひこざでは時間的な制約もあって進学校を目指すようなサポートはできないです。私たちが大切にしているのは子どもたちが安心して勉強できる居場所であること。だからこそ、それぞれのペースを守ってあげたいんです」と話します。
開塾した当初、子どもたちの中には話したりゲームをするだけで、まったく勉強をしようとしなかった子どもたちが数人いたそうです。子どものペースを守りたいといっても、勉強をしたい子どもにも影響しかねません。そのため「勉強もしてみようか」と促してみたところ、子どもたちからは「勉強やらない!」と強く拒否されたそうです。そんな子どもたちには言葉にできない本心があって、引き出したのは大学生の存在が大きいといいます。
運営委員の石川 厳(いしかわ いわお)さんは、「勉強をするために来てるのに、『勉強やらない』って言われたら、正直頭にきちゃいますよ。でも、学生の皆さんが子どもたちの気持ちを受け止めながら、ずっと付き合ってくれていた。そうしたら“やらない”っていうのは、実は勉強をしたくてもどうしていいか分からず“できない”という気持ちの表れだった。排除されない・受け入れられている安心感と年齢の近い大学生の親しみやすさが、子どもたちの本心を引き出していったんですよね」としみじみと話してくれました。
子どもたちそれぞれのペースと気持ちを大切にする「ひこざ」だからこそできた学習支援。勉強をやらないといっていた子どもたちは、今では熱心に取り組んでいました。
パソコンで学習の幅が広がります
ひこざではパソコンを1台所有していましたが、子どもたちの記録を保存しているため、インターネットにはつながず、運営委員のみが使うことにしていました。教材づくりや調べ学習などに活用するため、せめてもう1台パソコンをそろえたいと考えていましたが、教材費や光熱費などは運営委員の持ち出しや寄付でまかなっていて、パソコンを買う余裕はまったくありません。そんなときに「わかば基金」を知り、申請。リサイクルパソコンの支援が決まりました。
雛元さんは、「ネットでそれぞれの子どものレベルに応じた教材を入手しやすいし、学生さんたちの教材作りにも役立ちます。インターネットを入り口に調べ学習にも使って、子どもたちに知る楽しさや新たな興味をもってもらう機会にしたい」と期待に胸を膨らませていました。
それぞれの地域にあった学習支援が広がってほしい
ひこざが開塾したとき、運営委員の皆さんが想像していた以上に反響が大きく、いまでも入塾希望者は絶えないそうです。しかし、雛元さんは規模を拡大することは考えていないといいます。
「規模を広げると、今いる子どもたちに細やかには対応できなくなってしまいます。それ以上に、経済的に厳しい家庭の多さに怖さを感じています。この地域だけの問題ではないですよね。私たちができるのは規模を広げるのではなく、『ひこざ』を学習支援の1つの例として、多くの人々に知ってもらうことです。そして、それぞれの地域に合った方法で広がっていってほしいです」。
今年の3月、中学3年生だった6人が「ひこざ」を巣立って行きました。全員、希望の公立高校に入学したそうです。卒業生の中には今もときどき顔をみせては、雑談したり、後輩たちの勉強を見たりしている子もいるそうです。「学びを支えるのはもちろんのこと、ふと立ち寄れる居場所であり続けたい」。今日もひこざの皆さんは子どもたちを温かく迎え入れています。
(2016 年10月6日記)
「無料塾『ひこざ』」は、第28回(平成28年度)リサイクルパソコン部門の支援グループです。 連絡先や活動内容については、無料塾ひこざのホームページをご覧ください。なお、現在は、特定非営利活動法人 無料塾ひこざ(2016年8月26日設立)になっています。