今回ご紹介するのは、大分県にお住まいの姫野 暁(ひめの・さとる)さんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……姫野 暁さん

幼い頃から、ハサミを上手に使い、折り紙も教えると鶴や風船などを丁寧に折った。手先の器用さに、絵も描けるのではと考えた母親が絵を描かせてみた。野菜をスケッチさせてみたところ、思いがけず上手く描けた。物を見て描くことができることを確認し、また、その時の真剣な眼差しや楽しそうな様子から、絵を描くこと自体が好きなのかもしれないと、絵画の指導を受けさせてみることにした。13歳のころである。幸い近所に水彩画教室があり、毎週土曜日に通わせることになった。
先生が用意した花・果物・野菜や魚などのモチーフを、時間をかけて丁寧に下描きをしてから色を塗る。先生のおおらかな雰囲気が本人にとって心地良いようで、毎週休むことなく通い、創作活動を続けている。
19歳のころ、教室で余った時間にGペンで魚を描かせてみると、水彩画とはまた違うシャープでユーモラスな作品が生まれた。先生から「家でペン画を描かせてみては?」というアドバイスを受けて、自宅で母親が用意したモチーフを一日一枚だけ描くようになった。
現在は、水彩画教室で一人ペン画を描いている。モチーフは動物図鑑の中の動物たち。一枚の作品を2時間から4時間ほどで仕上げる。無駄のない筆致と絶妙な余白が、モチーフの生命力や存在感をより強くしている。(暁さんのご家族より)

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

姫野 暁 《ドリル》

姫野 暁に会ったのは4年前、スターバックスコーヒージャパン(株)と一般社団法人Get in touchのコラボ企画「MAZEKOZE ART プロジェクト」でのこと。作品候補のリサーチで訪れた大分県別府市で彼の絵を初めて見た。モノクロームの強い線がとても印象的で、すぐに別府公園のカフェ店内用展示作品として採用が決まった。

モチーフはおもに動物・鳥・魚などの生き物。竹ペンで描いた線に独特の表情がある。描き込む密度の濃さと緩さが画面構成にぴったりと収まって、一本一本の線に意思が感じられる。アンバランスにデフォルメされた形態、それがなぜかとても魅力的で生き生きしている。動物たちはキュートでユーモラス。しかし目や表情などはやけにリアルで鋭い。
彼がなぜ生き物をモチーフに選んでいるのかは謎だ。大体いつも図鑑や写真を見て描いている。実際にアフリカンサファリに出かけた時の様子では、生きている動物にさほど興味があるようには見えなかったという。

姫野は今年32歳。自閉症という特性があり観察力が鋭い。几帳面な性格できれい好きで整理整頓をしっかりする。今回紹介する《ドリル》には、そんな彼の特性も現れている。きっちりしているがどこか風通しがいいドローイング。身体性を感じさせる強い線と緩急がある描き込みがいい。モノクロの彫り込んだような線の確信的な強さ。フォルムの美しさ、動き、そして生命ある存在感が見事に表現されている。

13歳の時、画家の田中 巌久さんが主宰する水彩画教室に通うようになる。教室ではほかの生徒と同じように水彩画を描いていたのだが、ある時余った時間でポストカードサイズの小さなペン画を描いた。19歳の姫野が初めて描いたペン画を見た田中先生は、その表現に可能性を感じて、続けるようにと勧めた。それ以来ずっとペンで描き続けている。

教室では一回の制作時間が1時間半。竹ペンと漫画インクで一心不乱に描く。一枚仕上げるのにトータルでおおよそ3時間。これまでに描いた作品は200枚以上になる。自宅では、「えかきノート」と名付けたスケッチブックに、図形がモチーフの抽象画をクレヨンで描いている。「えかきノート」は通っているB型作業所「Bro’s工房」にも持参し、段ボール組み立て作業の短い合間にも手を動かす。

2022年「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」での展覧会をはじめ、ほかにもさまざまな出展依頼があるという姫野。かつて姫野の才能に気づき自由に描くことをすすめてくれた養護学校の先生。そして画家の田中 巌久さんとの出会い。才能が花開き魅力的な作品が生まれるためには、良い出会いというものがほんとうに大切だとあらためて思う。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


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