今回ご紹介するのは、福祉作業所ゆうゆう(埼玉・戸田市)のhidekiさんの作品です。
キュレーターは中津川 浩章さん(画家、美術家、アートディレクター)です。

作者紹介……hideki(ひでき)さん

キュレーターより 《中津川 浩章さん》

「北仙台駅」 水村英喜(みずむら・ひでき)

北仙台駅は東北に実在する駅だが、水村英喜がそこに行ったことは一度もない。埼玉の自宅で、9年もの時間を費やして、人知れずに黙々とその「街」を作り上げた。「北仙台駅」と命名されたこの立体作品は、とても不思議な造形物だ。

それは一見すると静まり返った無音の廃墟のよう。どことなく不穏な空気が漂う不気味な世界。目線が細部へ移ってピントが合うと、こんどは止まっていた時間が動き出すかのように個々のイメージが飛び込んでくる。

信号機や道路標識、街灯、電柱、おびただしい数がひしめき合っている。道路いっぱいに並ぶ自動車、鉄道、そびえ立つビルディング。行き交う車の色彩は意外とカラフルで、街の喧騒がザワザワと聞こえてきそうだ。赤青黄の信号もちゃんと点滅している。信号機は水村の“こだわり”のひとつで特別な愛着があるのだという。なにかで信号機が汚れているのを見た彼は、きれいにするべく信号機によじ登ろうとしたこともあるらしい。

よく見るとなにやらクモの糸のようなものが張りめぐらされている。垂らした接着剤が糸を引いて電線のようだったり、ぐるぐると絡みついたり増殖して被膜や塊になっていたり。街を覆う透明な粘液は強い喚起力を放つ。この「街」の細胞は普通とはまったく異なる密度で詰まっている。全体が一個の有機的生命体だ。

立体模型ジオラマが趣味だった父親に連れられて、幼いころ一緒にパーツを買いに行ったこともあるという。水村の街づくりの材料はレディメイドの模型パーツばかりではない。自分の家にあるものや拾ってきたもの、アイスの棒など、ひらめいたらなんでも使う。電柱はプラモデルキットのパーツとパーツの間にある端材だ。

水村は作品を人に見せることに関心がなかった。家族のほかには彼が通う施設のスタッフくらいしか「街」を見たことがなく、彼の創作行為はほとんどだれにも知られていなかった。紆余曲折を経て展覧会に出展することになり、人々の目に触れることになった「北仙台駅」の街。だがこの作品はすでに水村によって解体されてしまっている。いまは自宅ログハウスの室内にしっかりと固定された状態で、再構築されつつある。


プロフィール

中津川 浩章(なかつがわ・ひろあき)

記憶・痕跡・欠損をテーマに自ら多くの作品を制作し国内外で個展やライブペインティングを行う一方、アートディレクターとして障害者のためのアートスタジオディレクションや展覧会の企画・プロデュース、キュレ―ション、ワークショップを手がける。福祉、教育、医療と多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組む。障害者、支援者、子どもから大人まであらゆる人を対象にアートワークショップや講演活動を全国で行っている。


これまでのHEARTS & ARTSは、こちらのページでご覧いただけます。

関連リンク

  • Twitterでシェア
  • LINEでシェア
ページトップへ