2014年1月30日
交流教室--手足がまひし話すことができない障害のある天畠 大輔さんが小学校で「授業」をしました
1月22日、1月30日の2日間、東京都杉並区の桃井第三小学校で「交流教室--障害がある人と小学生が出会う場所--」を開催しました。
これは、NHK厚生文化事業団が主催する「NHK障害福祉賞」の入選者に“特別講師”となって小学生に自身の体験や思いを伝えてもらおうというものです。
この日授業をする天畠 大輔さんは「第43回NHK障害福祉賞」において、「『あ・か・さ・た・な』で大学に行く」で優秀賞をとられた大学院生です。
14歳のときに障害をおった天畠さんは、自分で話したり、手足を自由に動かしたりすることができません。自分の言いたいことを伝えるときには「あかさたな話法」という独特のコミュニケーション手段を使います。
今回のテーマは「人に伝えるということ」。それでは授業のはじまりです。
「おはようございます!」
今回授業を受けるのは、5年生の子どもたち約90人。
子どもたちの前に、天畠さんは、ヘルパーの井上さん、村田さんと一緒に教室に登場しました。
先生からの紹介のあと、子どもたちを見まわして何やら「あかさたな話法」で話しだした天畠さん。
通訳のヘルパーさんが読み上げた言葉は、「たんはん…短パン?」
きょとんとする子どもたち。しばらくして、半ズボンをはいている子どもたちに注目が集まり、笑いが起こりました。
「あかさたな話法」ってどんなもの?
天畠さんがヘルパーさんを介して話した「たんは(ぱ)ん」という言葉、話し言葉ならほんの2、3秒のことですが、天畠さんが話すには時間が必要です。子どもたちは、天畠さんとヘルパーさんの手の動きをじっとみつめています。
天畠さんの用いる「あかさたな話法」(聴覚走査法)とはどんなものでしょうか。
ヘルパーさんが「あ・か・さ・た・な・・・」と読み上げ、天畠さんは「た」のところで腕をひきます。次に、ヘルパーさんが、「た・ち・つ・て・と」と、た行を読みあげ、天畠さんは再び「と」のところで腕をひきます。すると、言いたい音が「と」であることが分かります。
こうして天畠さんは1字1字言いたいことを伝えて、ヘルパーはそれを1字1字読みとって単語を引き出します。慣れたヘルパーさんだと天畠さんの動きが小さく済み、やりとりが素早いため、周りから見ただけでは分かりづらいのですが、スクリーンに50音表を映し出して、天畠さんが手をゆっくり動かしながら説明したところ、「なるほど」「わかった!」と子どもたちから声があがりました。
障害をおってからのこと、今のこと
天畠さんが障害をおったのは中学2年生のとき。それまでは元気で、ゲームやパソコンが大好きな少年だったそうです。
中学2年生のときに突然体調が悪くなって病院に運ばれたものの、20分近く心肺停止状態が続いてしまいました。命はたすかりましたが、歩くことや(文字を)見ること、話すことができないという、重い障害が残りました。
半年間の入院中、自分で起きることも、誰かと話すこともできない--みなさんは想像できますか?
天畠さんはそのときの気持ちを、「さびしい」と短い言葉と、悲しそうな表情で子どもたちに伝えました。
その後、特別支援学校に転校した天畠さんは、信頼できる先生と出会い励まされて、「大学へ行きたい!」と思うようになり、高等部を卒業してから4年間一生懸命勉強して大学に進学しました。
天畠さんがふだんどのように生活しているのか、朝起きてからの身支度や食事、スーパーでの買い物の様子などをVTRで紹介しました。VTRに沿って、天畠さんには24時間ずっとヘルパーさんの支えが必要だけれど、外出先や買うものを決めるのは天畠さん自身であることなどを説明しました。VTRが進むにつれて、子どもたちは、天畠さんが選んだ食材を先読みして「とうふだ!」と声をあげたり、なじみのある駅名に笑いがおきたり。
そしてVTRの後、進行役のヘルパーさんが最近はまっている食べ物を天畠さんに聞いたところ、
「ま」「つ」「く」
「マック!?」
「て」・・・
「てりやきバーガー!!」
たった4文字で、子どもたちは天畠さんのはまっている食べ物を探り当てました。この速さにはさすがのヘルパーさんも「みんなも通訳者になれるよ!」とビックリしていました。
「現在は何をしていると思いますか?」という問いかけに、答えが思い浮かばない様子の子どもたち。
「け」「ん」「き」「ゆ」・・・
何人かの子が「研究者!?」と気付きました。
天畠さんは現在、大学院でコミュニケーションに関する研究をしています。本やパソコンで調べるだけでなく、勉強会に出かけたり、ときには海外に行くこともあるそうです。
「あかさたな話法」は“伝えたい気持ち”と“わかりたい気持ち”から生まれた
はまっている食べ物の話のあと、「へつた(お腹すいた)」と話した天畠さん。
実は、天畠さんが障害をおった後にはじめて話したのが、この「へつた」という言葉でした。
入院したとき医者は、ずっと寝たきりで、話すこともできないし、知能も小さな子どもくらいになって何も分からない、と診断しました。
しかし、本当は違いました。サインを送っているつもりなのに目すら思うように動かず、サインに気付いてもらえなかったり誤解されたりして、辛くてたまらなかったそうです。
あるとき、病院の看護師さんが点滴を入れ忘れてしまい、お腹がすいて仕方がなかったときがありました。気持ちが伝わらなくて泣き続ける天畠さんをみて、お母さんがとっさに思いついたのが「あかさたな話法」でした。
天畠さんはわずかに動く舌を使ってサインをおくり、お母さんが言いたいことを1字1字探りあてながら、1時間以上かけてようやく伝えたのが「へつた」の3文字だったのです。それが「おなかが減った」という意味だとはすぐには通じませんでしたが、しばらくして点滴の袋が空になっていることにお母さんは気づきました。
--当時の天畠さんの気持ちを想像しながら、真剣な表情で聞き入っていた子どもたち。
「中学2年で障害をおったけど、あかさたな話法で話せるようになって、今は障害のこととかを人に伝えられるようになってすごいと思った」
「あかさたな話法を見つけたお母さんがすごいと思った」
と感想を話してくれました。
自分の気持ちが伝わったとき、生きる希望を見いだすことができた、と天畠さんは当時を振り返り、「伝えることを大切に」と子どもたちに話しました。
1回目の授業の終わりに天畠さんは、話し言葉以外の「伝える」方法を考えてきて…と子どもたちに“宿題”を出しました。「たとえば?」というヘルパーさんの問いに、天畠さんが答えたのは「のろし」。のろしが何かを知らずにきょとんとしている子どももいましたが、次回の授業を楽しみにして1回目を締めくくりました。
宿題は「話し言葉」以外に伝える方法は?
授業の冒頭、宿題となっていた「話し言葉以外の“伝える”方法」について、子どもたちから答えがありました。まず挙がったのは「手話」と「点字」。これらは思いつきやすかったようです。
そのほかには、「文字を書く(筆談、空書)」「メール」「音や光(=信号)で伝える」などがあがりました。
子どもの考えが出尽くしたあと、天畠さんは「表情」「身ぶり」といった方法もあると教えてくれました。
「難しかった!」「なかなか伝わらなくてしゃべっちゃった」、子どもたちからはそんな感想が挙がりました。
前回に比べ、いくぶんリラックスした雰囲気のなかで授業がはじまりました。
天畠さんへの質問
1回目の授業のあと、先生が天畠さんに聞きたいことがあるかと子どもたちにたずねたところ、多くの質問があがったそうです。
その質問にまとめて答えました。
「それはちょっと……」「メールは見られたくないよねぇ」、話を聞きながら子どもたちがつぶやきます。周囲の支えがあるからこそ生活できる一方で、常に誰かがいる息苦しさを感じるという“大変さ”は、多感な時期にさしかかる5年生も共感できたようです。
伝えることをあきらめない
天畠さんは、現在、大学院で「障害者とコミュニケーション」について研究しています。
言葉を話せないなかで、言葉だけがコミュニケーションではないことを日々感じてきたこと、それが今の研究につながっていると言います。
天畠さんがふだんどのように勉強しているのか、VTRで紹介しました。
自分で本を読むことは難しいので、リハビリ中や移動中など、時間があるときはヘルパーが読み上げていること、そうして月に20冊近くもの本を読むという説明に、子どもたちから「えーっ」とどよめきが起こりました。
大学院の授業は自宅でテレビ電話で受けています。授業を受けるときには、授業の内容をパソコンでメモするヘルパーと、天畠さんの意見を通訳するヘルパーの2人が必要です。自分から情報を収集したり、発信しないと世の中から取り残されてしまうと考えて、天畠さんは、研究に必要な情報があつまる大学院で勉強しています。自分の思いを伝えるのは大変なことだけど、伝えることを諦めない。VTRはその決意で締めくくられていました。
伝えあう、分かりあうために大切なこと
天畠さんは言葉を話すことができないので、伝えるためにはどうしたらいいかを日々考えています。
伝え方にはいろいろな方法があります。
天畠さんが1回目の終わりに出した宿題は、そのことを子どもたちに考えてもらうためのものでした。
目の前にいる人が「元気です」と言っても、その人の視線や表情や声の大きさから、本当は元気ではないかもしれません。
言葉だけでは伝わらないことが、表情や声の大きさ、しぐさや姿勢など、言葉以外の方法で伝えられることがあります。直接会ったり見たり聞いたりすることで、いろいろな情報が得られます。
しかし、それで相手をすべて理解できるわけでもありません。
障害のあるなしにかかわらず、自分のすべてを伝えたり、完全に分かってもらうことは難しいことです。
だから、どうやったら言いたいことが伝わるだろうかと考えることが大切なのです。
「家族や親友でも、完全に分かってもらうことは難しいよね。だけどすぐに諦めないで、違う方法で伝えたり工夫してみてください」と天畠さんは話しました。
天畠さんは、1つの絵を子どもたちに見せました。いわゆる“だまし絵”です。
人の顔がいくつ見えるか……7人、8人、10人以上の顔が見えたという子もいました。
続いて天畠さんは、教室のなかできれいだなと思う色をたずねました。
カーテンの白、黒板の緑……さまざまな意見が出ました。
この2つの問いかけは、人の感じ方や考え方には違いがあることに気づいてもらうためのものでした。
相手と自分の間にある「違い」は、ときには、伝えあうこと、分かりあうことを難しくしてしまうかもしれません。
しかし、違うことは当たり前のことであり、違うことを恐れずに大事にしてほしい。そして、違いがあっても伝えることは諦めないでほしい。
自身の体験から、天畠さんは子どもたちにこのように話して2回の授業を締めくくりました。
授業の最後に、子どもたちから歌のお礼があり、拍手のうちに天畠さんの授業は終わりました。天畠さんは「またどこかで授業をやってみたい」と思っているそうです。
天畠 大輔さんの「NHK障害福祉賞」入選作品はこちらでお読みいただけます。