講演をダイジェスト記事にまとめました【学習障害(LD)の子どもと英語の学び方】(NHKフォーラム「発達障害の子どもの理解と支援」より)
公開日:2022年12月9日
2022年11月3日に開催したNHKハートフォーラム「発達障害の子どもへの理解と支援 ~小学校英語の学び方~」には、会場・インスタライブを合わせて400人を超える方々にご参加いただきました。会場には保護者の方をはじめ、教育関係者や、福祉・医療分野の支援者の方などがお越しくださり、多くの好評の声をいただきました。そこで、今回の講演内容をさらに多くのみなさまと共有したいと思い、トピックスを凝縮したダイジェスト版記事にまとめました。ぜひご活用ください。
今回は、3人の講師による講演がリレー方式で行われ「学習障害(LD)の子どもの理解」から「実践的な英語学習方法」へとお話が深まっていきました。
- 講演1)竹田契一さん「LDの子どもを理解する前提について」
- 講演2)品川裕香さん「LDの子どもからみた英語ならではの難しさとは?」
- 講演3)村上加代子さん「実践してみよう!具体的な英語学習方法」
- お三方からのメッセージ・まとめ
LDの子どもを理解する前提について…竹田契一さん
お一人目は大阪医科薬科大学LDセンター顧問・竹田契一(たけだ・けいいち)さんによる、LDの子どもを理解するための前提についてです。読み書きの苦手さの背景には「聞く力(音韻認識力)」と「見る力(視空間認識力)」に問題があることが多いといいます。
大阪医科薬科大学LDセンター顧問・竹田契一さん
●「例えば『かっぱ』という音を聞かせて、文字に書いてもらうと『かぱ』となる子がいる。聴覚的LDは促音の『っ』を抜かしやすく違いがわからない。『文字と音が結びつかないのがLDの子の基本』これが一番のキーポイントです。」
●「見る力は、パッと見た時にさっと意味が理解できるか。例えば『えんぴつ』という文字を読む時、定型発達の場合は四文字の真ん中あたりに一度視点を置くだけで単語全体が認識できる。ところが、見る力に問題がある場合、『え』…『ん』…『ぴ』…『つ』…と一つずつ視点を移さないと文字が認識できない。『え・ん・ぴ・つ…』『えんぴつ…』『ああ、鉛筆か』のように意味を理解するまでに時間がかかるのです。」
どこに苦手さがあるかは一人一人違うため、まずはその子の特性を知ることが大事だといいます。
●「本人に合った学習のためには、どのようなつまずきがあるのか、聴覚・視覚・記憶などをしっかり調べる必要があります。学校は検査をせず、すぐに指導に入る傾向があり、今後の課題だと思っています。読み書きの問題は、お父さんお母さんの育て方が悪いからではなく、中枢神経系の問題が背景にあることが多い。検査しないと特性に合った指導は難しいのです。意味が分かっていない漢字を何十回と書かせているのなら、それは本人に精神的苦痛を与える訓練となりかねず、また学習効果もほとんどありません。その子にどういうつまずきがあるのか、今何ができるのか、それらをしっかり合わせるのが本当の教育だと思います。子どもは一人一人『自分の学びのスタイル』を持っています。それをスモールステップで築いてほしいと思います。」
※相談機関は、各地域の「教育委員会特別支援教育課」「教育センター」「教育研究所」「子ども家庭センター(児童相談所)」「発達障害者支援センター」などがあります。
竹田さんは、LDの子どもの解説とともに、「具体的なアドバイス」や「避けたい指導法」にも触れながらお話ししてくださいました。
●「『教科書を立てて背筋をのばしましょう』という指導は、【見る力に問題のあるLDの子】には合わない。教科書は机に置いて、スリットのあるシート(リーディングトラッカー)などの読書補助具を使い、一行一行読まないと言葉や行を飛ばしてしまいます。」
●「【聞く力に問題のある子】は、いろいろな音を拾ってしまう傾向があるので、担任の先生にお願いするのは一番前の席にしてください、ということ。後ろの席にいかせないことが大事で、後ろにいくほど話の明瞭度が落ち、学ぶ意欲の低下につながります。」
●「平成23年度の大学入試センター試験で、奈良県の読字が苦手な高校生に対し、試験問題を読んでもらう形での別室受験が認められました。なぜ認められたかというと、中学・高校で同じような合理的配慮が行われてきた実績があったからです。直前に配慮を求めていたら難しかったかもしれないが、特性に応じた対応を積み重ねていれば、その子が進路選択で助かることもあるということを中学・高校の先生にぜひ知ってほしいです。」
●「私も昔使いましたけど、積み木に『あ』という文字が書いてあって、裏に『アリの絵』が描いてあるような遊具があります。意外にも、これが読み書き障害の子に使えます。絵と文字を対応させて、読みを習得させるのは小学校入学前からやっていくといいと思います。」
●「特性によってはICT技術も活用できます。ノートをとるのが苦手な子はタブレットを使えばいい。小学校5・6年生になると黒板に小さい字でいっぱい書く先生がいますが、そもそも読めないし、ポイントを絞って書き写すのはとても難しい。それよりも、タブレットのカメラで撮って、印刷してノートに貼れば、同時に行う作業が減って、学習内容に集中できる利点もあります。文科省も必要な子どもへの合理的配慮として認めています。」
最後に竹田さんは、「いろいろなタイプの特性の子どもが、世の中にいることをぜひ知ってほしい」と締めくくりました。
LDの子どもからみた英語ならではの難しさとは?…品川裕香さん
ここからは教育ジャーナリストで、長年LDの子どもたちの英語指導を続けている品川裕香(しながわ・ゆか)さんの講演です。品川さんは「LDの子どもが英語のどこにつまずきやすいか?」という視点で、大きく3つに分けてお話しくださいました。
教育ジャーナリスト・品川裕香さん
●(1)<実は日本語より難しい!?英語の複雑な”読み”>
「日本語はひらがな・カタカナ・漢字などがあり覚えることが多くありますが、『音』に関していえば、ひらがなは一文字に対して基本一音になっています。ところが英語の『音』の場合、同じ『c』の文字でも『cake』と『ceiling』では、読みは[k]と[s]と分かれます。また[f]の発音も、『fan』『phone』『laugh』のように、表記にバリエーションがあります。さらには同じ表記で読みが変わることも。『ave』が入る『cave』『save』は[eiv]と発音しますが『have』は違います。このように英語は、文字と音の変換が最も複雑な言語のひとつで、英語を母語にする人にとっても、読み書きの習得は難しいことなのです。」
●(2)<聞く・見る・記憶することが苦手なLDの子どもから見た英語>
「『認知機能』は学力を支える土台で、そこに課題があるのがLDです。代表的なのが『聞く・見る・記憶する』力。聞く力に課題がある場合、『音の最小単位の粒』は大きいほうがとらえやすいのですが、日本語より英語のほうが音の粒が小さいのです。しかも英語には日本語にない音も多数あります。そのため、聞き分けるのは容易ではありません。また、見る力に課題がある場合、英語のアルファベットは『m』『n』など形が似たものが多くあるため、これも覚えるのが難しくなります。そして、英語は『音と文字の対応に不規則なものも多く、暗記すべきことが多い』ため、記憶(ワーキングメモリーなど)の力に課題があると、該当する単語を想起することがとても難しくなります。日本語だと読み書きの苦手さが目立たなかった子どもが、英語学習になると苦手さが現れるということには、そういった背景があると考えられます。努力しているけど英語だけ成績が上がらないね、という場合、認知機能から見ていく必要がある、と考えています。」
●(3)<教育環境の課題「英語のカタカナ読みはNO!」>
「教育環境の課題としては、まず日本語話者の子どもが英語を学ぶ時に、障害があるかを調べるアセスメント(評価)ツールや、効果的な指導法が確立されていないことが挙げられます。そして一番の課題は、小学校では、英語教育を専門としない先生が教えることが多く、カタカナ読みで英語の発音を教えてしまいがちなことです。例えば[f]の発音を『エフ』、[r]の発音を『アール』とカタカナ読みで教えると、本来の英語の音の粒にはない情報が入り、子どもの耳はすごく影響を受けてしまいます。聞く力に課題がある子どもに限らず『アールウなんだ』って覚えてしまうことがあるのです。私は、小学校に呼ばれて行く時は先生方に『正しい音の粒で教えてください。先生ができなくてもYouTubeやアプリで良い教材がたくさんあるし、例えば[f]は唇をかんで[f]と発音するだけで正しい音になります』とお伝えしています。同義のことで、カタカナで読みを示している辞書に頼りすぎず、できるだけ耳で音を捉えて意味を知る練習をするようおすすめしています。」
LDの子どもたちに20年以上英語を教えてきた品川さんは、最後にこう締めくくりました。
●「認知機能の特性から接近し、一人一人の学習スタイルに合った指導を行うことで子どもは変わります。聴覚優位な子には聴覚情報を中心に、視覚優位な子には視覚情報を提供してください。インターネットで探せばカードやゲームなどの英語教材がたくさんあります。英語を学ぶということは、英語圏の人たちにどういう考え方や文化があるのかがわかるという、将来大人になっていく時に必要なスキルにつながります。だからLDだから英語できなくていいということではなく、ぜひ認知機能から近づいてその子に合った指導をしてあげてほしいなと思います。」
実践してみよう!具体的な英語学習方法…村上加代子さん
講演のアンカー・武庫川女子大学教育学部准教授の村上加代子(むらかみ・かよこ)さんは、具体的な学習方法を考える前に、押さえておきたいポイントからお話を始めました。
武庫川女子大学教育学部准教授・村上加代子さん
●「英語に何年生でつまずくか。最近の調査では中学1年生の2学期が一番多いと言われています。最も苦しんでいるのが『英単語が覚えられないこと』。英語は積み重ねの教科なので、その後も苦手さが続いてしまいがちです。小学校では中学校へつなげるため、つまずきを回避できる学習を主にやっていく必要があります。そこで私が小学校から実践を始めてほしいと思うのが『聴覚的な語彙やフレーズを慣れ親しませ、身につけさせること』『アルファベットを丁寧に教えること』『文字と音の対応の学習を始めること』の3点です。」
村上さんが考える実践的な学習方法を、3つ詳しくご紹介します。
●実践編1<聴覚的な語彙・フレーズに慣れ親しみ、身につけましょう>
「スタートは『耳で聞いてわかる言葉を増やしていくこと』。例えば、dogという音を聞くと<dogは犬>のように音と意味が接続することが大切です。この蓄積が、文字で読んだ時に意味がわかるという読み書きの力につながっていきます。保護者の方から相談された時には、家庭では単語を増やしてください。語彙があれば、ゆくゆく『ああ、これはこう書くんだ』という読み書きの学びにつながります、とお伝えしています。その時に気を付けてほしいのは、正確に認識できるように<はっきり、ゆっくり、正しい発音で聞かせる>こと。大人は『これくらいで良いだろう』と思っていても、聞いている子どもにはふにゃふにゃと、不明瞭に聞こえていることがあります。音のイメージをしっかりとつかませることが何よりも大切です。のちに出てくる<文字と音の対応>にもつながっていくポイントです。」
●実践編2<アルファベットを丁寧に教えましょう>
「先生たちの中には『アルファベットは教えなくてもできるはず』という誤解がある人がいます。でも、英語のアルファベットは『h・n』(棒の長さ)、『f・t』でっぱりの位置)、『b・d・p・q』(ひっくりかえる)など形が似ているものがあることに難しさを感じる子どもがいることに注意を払うべきです。特に大文字よりも小文字でつまずく傾向があります。そして、アルファベットは<文字の名前>と<文字の音>の両方を覚えないといけません。Aの場合『エィ』 (/ei/)と『ア』(/a/)です。さらに書き順は、『d』や『r』などは同じ線上を折り返してなぞる、日本語の書き順にはない文字があります。
これらを指導していく際は、誤りやすいポイントを取り出すことが大事です。似た発音や似た形のものは決まっていますから。また、さまざまな感覚を使う<多感覚学習法>(視覚・聴覚・触覚など複数の感覚を使う学び方)などを試してみると、子どもに合った学び方が見つかりやすいでしょう。実際の教材の例を紹介しましょう。1つのページに、『a』という文字と、ピクニックの最中にアリ(ant)が子どもの腕を上ってくる絵が描いてある。アリが腕を上ってきたら『アーアー』(/a/…/a/..)と払いのけるしぐさをしながら、発音を教えます。そうすると子どもは体感的に学べるんですね。アルファベットをABC…と羅列して覚えさせるのではなく、1文字ずつ注目し、エピソードなどを交えて教えることは試す価値があります。」
※(参考)例に上がった教材は、ジョリーラーニング社「はじめてのジョリーフォニックス」
●実践編3<文字と音の対応を学び始めましょう>
「教科書には現状では盛り込まれていないのですが、<文字と音の対応>を理解することは英語を習得する上で大切で、中学校の学習に円滑に移行していくために必要なプロセスだと考えています。具体的には、読みの場合、カードなどを使いながら『fish』は『f』『i』『sh』(/f/, /I/, /sh/)とそれぞれの音の粒ごとに発音してから『fish』(/fish/)と読む。単語は音ひとつずつに分かれていて、音が変わったら意味も変わるんだと分かればしめたものです。次に、書きとりですが、『snap』(/snap/)の発音を聞かせてから『s』『n』『a』『p』(/s/, /n/, /a/, /p/)と音の粒ごとに読んで、文字を想起させるといった方法もあります。この時『s』や『p』の子音のあとに『ウ』などの母音をつけて発音しないよう注意する必要があります。日本語音節化してしまうことで、文字の書き取りや、リスニングに影響するためです。」
さらに村上さんは、「今すぐできる実用的なアドバイス」についてもお話しされました。
●<フォントは”ホント”に選びましょう>
「教材などのフォントは<手書きの文字にどれだけ近いか>で選びましょう。UD(ユニバーサルデザイン)フォントなどは手書きに近く作られています。ハネなどが表現されることで、LDの子どもにとっては左右上下のひっくりかえりが少なくなる場合があります。特に先生方に覚えておいていただきたいことです。ただし、困りごとは個別に違うので、見極めることが大切なのは言うまでもありません。」
●<左利きは、書きやすい書き順を優先しましょう>
「左利きの子どもにとって、そもそもアルファベットは書きづらいので、左利き用の書き順を予め提示し『どちらを選んでもいい』と伝えましょう。先生が最初の授業で伝えるだけで、つまずきを回避しやすくなります。」
●<アプリを使った英語学習>
「最後は、自宅でもできる音韻意識や文字練習用のアプリの紹介です。教える人が英語を専門としない場合、アプリを使うと綺麗な発音を聞かせることができます。」
※以下、一部有料のアプリがあります。個々のご判断でお試しください。(各リンク先はこのサイトをはなれます)
★アルファベット練習用アプリ
「Writing Wizard」・「Montessori Letter Sounds」など
★聞く練習用アプリ
「Rhyming Words」・「What’s Changed? Skill Builder」など
★音と文字の対応用アプリ
「Montessori Crosswords」など
村上さんは講演の最後にこう語りかけました。「英語学習は今をゴールにせず、長期的に、楽観的に取り組むものなので今できなくても大丈夫です。30歳の時にちょっとしゃべれたらいいやん!という気持ちで取り組んでほしい。『ぼく〇〇が得意なんだけど、仲間がドイツにいて、英語で情報交換してるんだ』といった、未来の選択肢を増やすことを目指してほしいなと思います。」
お三方からのメッセージ・まとめ
今回ご登壇いただいた竹田契一さん・品川裕香さん・村上加代子さんの共通テーマは「一人一人の特性を知ることが大事」「子どもはそれぞれの学び方を持っている」ということでした。
左から品川裕香さん・竹田契一さん・村上加代子さん
●竹田契一(たけだ・けいいち)さん
「インクルーシブ教育が始まって、通常学級の中で障害のある子も一緒に勉強しようという方向になりつつあります。ただ誤解のないようにお伝えしたいのは、『みんなに同じことをさせることがインクルーシブ教育ではない』ということです。一人一人の特性を理解して、『A君はBさん・C君とは違うから、今は何をしたら理解が進むかな』といった、その子どものレベルに合わせて接することが大事です。」
●品川裕香(しながわ・ゆか)さん
「第二言語の習得というのは、第一言語を習得する力が土台になっているので、母語の能力より上にはいかないんですね。もし英語でつまずいているお子さんがいて、もしかしたらLD的な背景があるかもと思われたら、ぜひ日本語も見てあげてください。」
●村上加代子(むらかみ・かよこ)さん
「英語には、読み書きに困難があるお子さんだけではなくて、他のお子さんもつまずいています。それぞれの子どもを理解して、対策をしていかなければならないと思っています。」
学習障害(LD)の子どもに合わせた指導の”こころ”は、他の子どもにとっても学びやすい「ユニバーサルデザイン」につながっていく可能性を感じました。今後もNHK HEARTSでは、発達障害をはじめ当事者・支援者の方などに役立ったり、社会に理解を広げたりするための福祉情報発信を続けていきます。
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