「認知症とともに生きるまち大賞」を語り合う(前編)
~成果よりもプロセスを見たい!~
公開日:2026年7月8日

NHKとNHK厚生文化事業団では、第10回「認知症とともに生きるまち大賞」の募集をしています。
10回目を機に、「認知症とともに生きるまち大賞」の目指していることを再確認するため、選考委員の福祉ジャーナリスト・町永 俊雄さんと、今年から新たに選考委員となった新潟県の岩﨑 典子さんに対談していただきました。
「ここにいていいんだ」の一言が私を動かした
町永 今年から選考委員になった岩﨑 典子さんは、2019年に“まち大賞”を受賞していますね。「marugo-to(まるごーと)」というユニークな地域共生の取り組みで、あれは、これまでのまちづくりの発想をつき抜けるような新鮮さを感じたなあ。
(marugo-toの活動は、こちらをご覧ください)
岩﨑 実は私、介護保険のできた2000年からヘルパー、ケアマネといった福祉の仕事についていたんですよ。とてもやりがいのある好きな仕事だったんですが、それだけにどうも腑に落ちないところがあったのね。
それはね、介護保険もそうだけど、福祉の制度の枠組みでの仕事ってどうしてもその枠組みから外れてしまう人が出てしまう。子どもとか若い人だったり、あるいは見えない存在や聞こえてこない声を取りこぼしているんじゃないか、と。
そんなこともあって、自分で何かやりたくなっていたんですね。たまたま空いている農業用ハウスがあって、なら、そこで出来ることやっちゃおう、えいやっと。
町永 それが「marugo-to」、名前からして丸ごと面倒見ちゃおうと言った感じですかね。
岩﨑 あ、別に「面倒見ちゃおう」とは思わなかった。福祉の枠組みから外れている人や認知症の人に「おいでよ」と言っただけ。
町永 別に面倒をみるとか取り組みの仕掛けがあったわけではない、と。
岩﨑 そう、言ってみれば「おいでよ」と言っただけかもしれない。でもね、そこに私の活動の原点があって、それはね、あるひとりが「ここにいていいんだ」とボツリと言ったことなの。なんだったんだろうなあ。その人の一言が私を動かした。
それからそこにいろいろな人が集まるようになった。引きこもりの人がきて、学生たち、若い人が来て、勝手にいろいろやり始めたのね。
町永 なんだったんでしょうねえ。たった一人の「ここにいていいんだ」という言葉は深いなあ。それは単に居心地のいい場所というだけでなく、自分が自分であっていいと認められた存在としての安心だな。
「ここにいていいんだ」という言葉は、「ここにいてよろしい」という誰かの許諾によってもたらされるものではないんだ。その本人がそう感じるかどうかに全てがかかっている。これ、「まち大賞」の原点ですよ。
岩﨑 そうそう、だからmarugo-toの場合、何をやるかといったプログラムといったものもなくて、集まった人が次々に木工や、学生たちはビザ窯でピザ作りなど、やりたいことを始めたし、何もやらない人もいたりして、それが今の賑わいになっているの。なぜなのかしら。
町永 うーむ、地域性もあるかもしれないが、そもそもそれが私たちの「まち」なんじゃないかな。
ではね、新たに選考委員になった岩﨑さん、改めてこの「認知症と共に生きるまち大賞」についての抱負といったところを・・・
岩﨑 私も実践者の一人だから、互いのこうした取り組みを見ることは正直、とてもワクワクしています。「選考」といっても私は、まちづくりって何かの成果を競うのではなく、プロセスが大事、と思っているのね。「成果」って、それは選考委員たちの会議室ではなかなかわからない。取り組む人の思いや失敗や、メンバーでの話し合いなど、そのプロセスを丹念に見ていければなあ、そう思っています。
でもワクワク、楽しみです。
当たり前に「認知症」が入っている社会こそ「ともに生きる」
町永 この「まち大賞」も今年で10回を数える節目の年です。
岩﨑 じゃ、表彰式はNHKホールでやるのね!
町永 やりません(^^;)
あのですね、実はこの10年は、この社会の「認知症」にとっては大きな変化があった時代だと思うのですよ。認知症基本法ができて、「認知症」がダイレクトに「共生社会の実現」につながっている。このことは大きい。疾患や社会課題を超えたところに「認知症」を置いて考えようということだからね。言い換えれば、「認知症」の側からこの社会のあり方を考えよう、ということだよね。
そうした時代性の中での「まち大賞」とはどうあったらいいのか。
私は端的には、「認知症の人のため」から「認知症の人がいるから」という当事者性への転換をどのように暮らしの感覚で引き受けるかが問われていると思うんだ。
これは言うは易しで、実際に、じゃ、どのようなまちづくりなのか、というところまで実践が追いついていないのかもしれない。どうしても、認知症でない側からすると「認知症の人のため」という発想に傾いてしまいがちなんだ。

岩﨑 私は以前、「認知症とともに生きるまち大賞」は、「認知症」を外していいんじゃない? と言ったことがある。「ともに生きるまち大賞」でよかない? と。選考委員の皆さん、びっくりしていた。
町永 出た! 岩﨑典子のちゃぶ台返し!(笑)
でも、私もそう思うところがある。実際、最近の「まち大賞」の受賞団体にはすでにそうした動きが現れているんだな。
たとえば2024年受賞の「あざみ野オレンジバル」って、居酒屋に誰もが集まって賑やかに呑み、語り、歌うというシンプルな取り組みなのだが、ここでのただひとつのルールは、お互い自己紹介しない、ということなんだ。
つまり、「誰が認知症であるかわからなくていい」をモットーとしている。実際は認知症の人や家族や専門職の人が多いのだが、それが、そのまま誰もが同じ存在としての「人間」の集い、となっている。ぎゅっと圧縮された「共生社会」の姿の出現だ。そんな取り組みが目立ってきている。
岩﨑 私が「認知症」を外して「ともに生きるまち大賞」でいいと言ったのは、別に「認知症」のことを考えなくていいということではなくて、今や「ともに生きる」には当たり前に「認知症」が入っていることを前提にした社会こそが、「ともに生きる」ということなんだと言いたかったからなの。
町永 全く同感。
岩﨑 私、「ともに生きる」ってどういうことか、そのことをちゃんと考えてみたいのよ。
あのね、marugo-toでは来るもの拒まずだから、いろいろな人が来る。ほんといろんな人が来るのよ。毎回熱心にやって来る人もいれば、ここがイヤだ、という人も来るの。
町永 ここが「イヤだ」と言いながら、来るの?

岩﨑 それが、なぜか来るのよお。見方によればクレーマーなんだけど、ここに来て周りの人から、「ここがイヤなら、じゃ、なんで来るんだ?」なんて聞かれているの。それって何か、よくない?
「ともに生きる」ってさ。そういうことでしょ。価値観が違ういろんな人が来るってことは、そこに人間関係の小さなトラブルがあって当たり前。それを回復させるのは、なんていうのかな、やっぱりいろいろな人がいないとダメなのよ。そこからお互いがわかってくるらしいの。
もちろん、ここがイヤだからと言って来なくなる人もいるのよ。それでいいんじゃない。入口があれば、出口もないと。この社会はあまりに窮屈で、自分の意思では抜け出せないもの。
来てももちろんいいし、来なくてもいい。「ともに生きる」ってそこから始まるような気がする。
町永 あーた(あなた)、すごいねえ(笑)。
まちづくりの実践って、実は大きな気づきや学びがあるんだな。
私は常々「ともに生きる」、つまり「共生社会」という次元から地域を語りおろすのは違うと思っているんですよ。
今、岩﨑さんが言ったように地域でいろんな人がいることの中に自分を投げ込むようにして、そこから気づくことがありますよね。そこから、「あ、これがともに生きることなんだ」って、ふっと気づくことがある。その感覚が大切で、それがまちづくりの本質かもしれない。
ありがちなのが「共生社会」という福祉や制度の枠組みの高みから発想するから、それは地域や自分とまったくつながらない抽象的な概念の周りをグルグルするだけになってしまう。
「共生社会」をテーマにしたワークショップなどでよく、「対話しましょう」とか、「つながりましょう」ということが言われるけど、それは確かに大切なことなんだけど、どうもどこか上から目線の他者性を感じ取ってしまうのは私だけなんでしょうか。
岩﨑 町永さん、きっと周りから煙たがられているわよ(笑)
町永 「つながりたくない」、という人もいるんだよね。その心情を排除せずに「ともに生きる」が成り立つのか、まず自分を問うことだと思うよ。
〜後編に続く〜

