ボラ仲間の活動リポート
前回に引き続き、不登校・ひきこもり・ニートや発達障害・心の病気など、さまざまな理由で生きづらさを感じたり、働くことに困難を感じる若者の自立就労支援をしている「にこまる食堂」のリポートです。
今回は、にこまる食堂で就労訓練を受け、社会復帰に向けて動き出している若者たちに話を聞いてみました。
引きこもっていた自分を変えたい
25歳の吉岡さん(仮名)は、中学校の終わり頃から学校を休むようになり、自宅に引きこもる生活を送っていました。
しかし昨年から半年ほど、にこまる食堂の料理の下ごしらえを行っている「アロハキッチン」で就労訓練を受けていました。
訓練の間は自宅を出て、寮生活も経験したそうです。訓練を終了した後、半年間の経験を生かして、スーパーで総菜調理のアルバイトをしています。
「長い期間引きこもっていたのですが、自分でもどうにかしたいという気持ちはもともと持っていたんです。親の勧めもあって、ジョブトレーニングを受けることにしましたが、アロハキッチンには、同じように働くことにつまずいてしまった経験のある人たちがいて、お互いに気持ちを理解しあうことができたので、働きやすかったです。
仲間ができ、人との関り合いができたことで、働くことにもあまり抵抗はなくなりました。いずれは正社員として働きたいと思っています」
にこまる食堂を運営する(株)K2インターナショナルジャパンの岩本さんは吉岡さんについて、
「彼はしっかりして見えるし、やればできるタイプなのですが、自分に自信がないんです。今も定期的にこちらでカウンセリングを受けながら働いていて、少しずつステップアップしていっているところです」と言います。
「今は『就職が厳しい』とよく言われますが、あれこれ選ばなければ職に就くことはできると思います。ここに来ている人も、働くこと自体はできるんです。だけど、仕事を“続けていく”ということの方が実は大変なんですよね。
今まで働いた経験がほとんどなくて、自信もなくて、準備もできていないままいきなり正社員として働いてしまうと、プレッシャーで潰れてしまう人が多いです。特に吉岡さんのように見た目がしっかりしてそうに見える人だと、“このくらいの仕事はできて当たり前”と、余計に誤解されてしまいがちです」
“支援される”から“支援する”に
渥美形彦さん(30歳)は、昨年まで約一年間、アロハキッチンなどで就労訓練を受けていました。
着実に経験を積み重ねて、現在では就労支援スタッフへとステップアップし、にこまる食堂で訓練生たちをサポート・指導する立場になっています。
「就労訓練を受けたきっかけは、やりたい事が見つからず、働いても長続きしない自分を変えたいと思ったからです。
これまではコンビニなどでアルバイトをしても3ヶ月続けるのが限界でした。訓練を受けるようになって、正直、『働くことってこんなに大変なんだ』と思いました。いかに自分が何もできないかと痛感することばかりで。
でも、そんな自分の経験を活かして、同じような気持ちで入ってくる訓練生の子たちに何か伝えることができるじゃないかと思って、就労支援スタッフになることを希望しました」
渥美さんは、訓練生たちの気持ちがわかる一方で、支援スタッフとしてどう接したらよいのかと悩むこともあったようです。
「ここにはいろんな訓練生がいて、その子その子でタイプが違います。でも自分にはその子たち全てをうまくカバーするような経験がなかったので、つい感情的になってしまうこともありました。
そんなとき、他のスタッフから『訓練生と同じ目線に立って、“一緒に進んでいくんだ”という気持ちを持つことが大事なんだよ』というアドバイスをもらい、自分でもそう思えるようになってからは楽になりました。
また、“無関心にならない”ということも気をつけています。訓練生の子たちはいろいろな不安を抱えてここに来ていると思います。でも、不安なことってなかなか口に出して伝えられないんですよね。自分もそうでした。
だから、『この子こういうことが苦手なんだ』とか、『この子が不安に思っているのはここなのかな?』とか、その子に対して何か興味を持ってあげる。そうすることで相手も心を開いてくれるようです」
すっかり訓練生たちから頼られる存在になった渥美さんは、「将来は福祉関係の仕事をしたい」という夢を笑顔で話してくれました。
若者の心を支える相談室
働くことに困難を感じる若者は、その背景に不登校やひきこもり、発達障害、家族の問題、貧困など、さまざまな悩みを抱えていることも少なくありません。
このような、就労訓練を受けるだけでは解決されない心の深い悩みについても、サポートが必要です。
“にこまる食堂”から通りを挟んだ向かいに“にこまるカフェ”という場所があります。ここは、にこまる食堂と同じく安い値段でお茶や食事をすることができると同時に、若者の自立や就労に関する相談を受ける、相談室の役割も果たしています。
厚生労働省の委託事業である若者支援相談窓口「湘南・横浜サポートステーション」の分室でもあります。
不登校やひきこもりの相談者からは、
「学生時代に勉強や部活動をがんばった経験や、友達との楽しい思い出もないまま、年齢だけ大人になり、急に『自立しろ』と言われてもどうしてよいのかわからない」といった相談が多く寄せられます。普通に学生生活を送ってきた私たちは、青春時代の楽しい経験、辛い経験を経て少しずつ大人になる準備をしていきますが、引きこもっていた人に、こうした準備ができないまま社会に出ろというのはとても難しい話です。
また、発達障害のある人から寄せられる相談では、
「学校は無事に卒業したが、社会に出て働く段階になって、人とうまくコミュニケーションが取れずに困っています」というケースが多く見られます。学校生活ではコミュニケーション能力に多少問題があってもなんとかなっていたので、社会に出る段階になるまで自分に障害があることに気づかなかったという人もいます。
こうした悩みに対して臨床心理士、社会福祉士、看護師やキャリアカウンセラーなどの資格を持った人が相談員となり、若者たちの心のケアを行っています。
相談員のアドバイスのもとで就労訓練を行うことで、単に働くための訓練ではなく、チーム活動を学んだり、同じ境遇の若者同士で友人関係を築くこともできているようです。
若者が活躍できる場所
にこまる食堂を運営する(株)K2インターナショナルジャパンは、若者の自立支援活動を20年以上も行ってきました。支援を受ける若者は年間200〜300名にも上ります。
「にこまる食堂」などの取り組みは、地域の人たちの協力を得て続けられていますが、他の地域でも、このような活動はあるのでしょうか。
「若者を支援する団体や窓口は全国にありますが、働く場の創出も行うなど、多角的な展開を行えている団体はまだまだ少ないと思います。
不登校やひきこもりはどの家でも起こり得る身近な問題なのに、日本では家族がそういう子の存在を隠してしまったり、周囲も無関心になってしまう人が多い気がします。でも、支援団体だけが活動すればいいという問題ではなく、その地域に住む人たちの理解や協力が必要なんです。にこまる食堂は、ここ横浜で地域のみなさんにそういうことを知らせる一つの発信基地のような場所になっています。
こうした活動がもっと広がっていくべきだと思いますが、私たちが他の地域に行って活動するのではなく、私たちの活動のよい部分を真似てもらい、それぞれの地域でその土地に合った活動を展開していってほしいなと思っています」
そんな岩本さんは、若者の支援活動に17年間携わってきました。
「証券会社に勤めていた頃に、ボランティアとして活動に参加したのが始まりです。これまでやってきて一番うれしいことは、かつて訓練を受けていた子たちが遊びにきてくれて、元気に働いている姿を見られることですね。みんなが元気になることが一番ですよね」
K2インターナショナルジャパンでは、東日本大震災の被災地支援活動も行っています。宮城県石巻市に拠点を構え、訓練生の若者たち10〜20人が月に一度、1〜2週間程現地でボランティア活動を行っているということです。
参加した若者たちは「体力的にきつかったけど、やってよかった」と、皆とても生き生きした表情で話してくれるのだそうです。
「訓練生たちは、必ずしも優秀なボランティアではないかもしれません。
今まで近所のボランティアに行っても「逆に手がかかった」なんて言われてしまうこともありました。でも、被災地に行ってみると、家の泥出しや片付けなど、とにかく若い人手が必要とされています。形ばかりのボランティアではなくて、本当に困っている人たちに対して自分たちが力になれたというのは、彼らにとってすごく大きな経験だったようです」と岩本さん。
「自分に自信がない」「人とのコミュニケーションが苦手」。
そんな悩みは持っていても、人の役に立ちたいという気持ち、誰かに頼りにされて「うれしい」と感じる気持ちはみな同じように持っている。
この取材で若者たちの声を聞いて、改めてそう感じました。
失敗してもどんどん前に進んで、たくさん経験を重ねて、いつか自分が活躍できる場所を見つけてほしいと思いました。
2012年1月20日掲載 取材:小保形