ボラ仲間の活動リポート
川とまちづくり/恵比寿たこ公園の取り組み(2)
東京都渋谷区恵比寿で住民たちの憩いの場となっている、通称“たこ公園”。前回は、近隣住民と渋谷区が協力して行った、公園内の芝生の植え付けの様子をお伝えしました。
5月に植え付けた芝生が伸びて青々と茂るようになった7月上旬、公園の環境整備の第2弾として、「コウホネ池作り」が行われました。
「コウホネ」とは、浅い池や沼に生えるスイレン科の植物です。北海道から九州まで広く分布し、6月から9月にかけて黄色い花を咲かせます。
コウホネが咲く池をなぜ、たこ公園に作ることになったのか。それは、この地域に住む人々の思いがきっかけとなりました。
渋谷の歴史とコウホネ
公園の近くに住む梶山公子さんは、10年ほど前に恵比寿に移り住んでから、周辺の町並みや歴史に興味を持ち、渋谷川について研究をしてきました。渋谷川は、現在半分ほどがコンクリートでふたをされ、暗きょとなっていますが、梶山さんは明治・大正の頃の古地図を見ながら渋谷川の跡を辿り、その歴史を地元の人々に聞いて回りました。
「人の話を聞くのが好きなんです。地元の人にお話を伺うと、『滝見堂』という観音様を祀るお堂があったことから、渋谷にはその昔、滝があったことがわかりました。他にもさまざまな歴史や伝説があって、聞いているだけでなんだかわくわくします」
「たこ公園にコウホネの池を作りたい」と、渋谷区に提案をしたのは、梶山さんです。
コウホネは、かつて渋谷川の上流にたくさん咲いていました。「春の小川」という歌は、小学校の頃、誰もが歌われたのではないでしょうか。その歌詞に出てくる花の咲く小川は、実は渋谷川の上流にあった河骨(こうほね)川の、コウホネの群生する美しい情景がモデルになったのだそうです。
しかし現在では、河骨川は暗きょになり、「春の小川」があったことを記す石碑が残っているだけです。
梶山さんは、伝説になってしまった渋谷のコウホネを復活させたいという思いで立ち上がりました。
「公園という場所にコウホネを咲かせることで、住民の方を始めたくさんの人に見てもらって、併せて渋谷の歴史などもお伝えすることができるのではないかと思いました。
子どもたちにも身近に自然の美しさを楽しんでほしいですね」
梶山さんは、こうした思いを綴った手紙を昨年、渋谷区長に送りました。
河骨川のコウホネが蘇る
区長に思いが伝わり、たこ公園の環境整備に合わせて、コウホネ池を作ることが決まりました。
梶山さんは、コウホネをはじめとする湿地帯の植物が見られる“箱根湿生花園”や、近所の“ふれあい植物センター”に問い合わせて、準備や手入れの仕方などについて専門家のアドバイスを受けました。
取材の日、梶山さんにコウホネの苗はどこからもらうのかと聞いてみると、
「もしかしたら、かつて河骨川に咲いていたコウホネの子孫かもしれない株が見つかったんです!」
と、とてもうれしそうな声が返ってきました。
渋谷から姿を消したと思われたコウホネでしたが、区内の鍋島松濤公園に残っていたことがわかったのです。もともと、この松濤公園のコウホネは、白根記念渋谷区郷土博物館から譲り受けたものということでした。
「コウホネに詳しい地元の方に話を聞くと『郷土博物館にあったコウホネなら由緒あるものに違いないですよ。河骨川に咲いていたコウホネかもしれません』と言われました。今となっては証明することはできませんが、ロマンがありますよね」と、梶山さん。
コウホネ池を作る
池づくりは、3日間かけて行いました。1日目はスコップで穴を堀り、ポリエチレン製の成型池を設置。2日目は池底に土と砂利を敷き詰めて、コウホネ用の鉢を準備。そして3日目に池に水を入れ、鉢に植えたコウホネを水に浸かるように設置するという手順です。
作業には、近隣の住民の方や、梶山さんと古くからの友人など十数名が参加し、渋谷区の土木課の協力を得て行いました。
高校の生物の元教員・鈴木利博さんが鍋島松濤公園から運ばれてきたコウホネの株をナイフで切り分ける。「茎も根もしっかりしたとても元気な苗です」 切り出した株は、栄養分が多い田んぼの土を使って鉢に植える。すでに小さな花が咲きはじめている株も
コウホネの根と水中葉が水に浸かるように水の量を調整。株が根付くまで一か月くらい様子を見る コウホネ池が完成。毎年6月から9月ごろにかけて花が咲く
「バケツなどの容器を使えば家でも育てらますよ」という話を聞き、株を切り分けてもらい持ち帰る人もたくさんいました。
たこ公園の近くに住む富安泰子さんは、
「久しぶりに土に触れることができて楽しかったです。うまく育つといいですね。
こうやって梶山さんの思いが周りの方たちに伝わって、人が集まって、こうして池作りができたのは本当にいいことですよね。私もこれを機会にいろいろなことを勉強したいと思っています」
みんなで地元の文化を守っていく
梶山さんは、コウホネをたくさんの人と協力して育てていきたいという思いから、“たこ公園コウホネの会”を発足しました。
池のある場所はとても日当りがよく、コウホネにとっては好条件なのですが、水温が上がりやすく、蒸発によって水量が減りやすいことが懸念されました。夏の間は特に池の水の管理に気をつけなければなりません。近所に住むメンバーで毎日朝夕に様子を見にくることになりました。
また、ボウフラなどの虫の発生も心配されるため、メダカを池に放すことも決めました。
コウホネの会には、古くからたこ公園周辺を見守ってきた人たちも参加しています。
長年この土地に住んでいる、たこ公園商店会の副会長・萩原博さんや、地域のスポーツ振興のグループでリーダーを務める石井きよこさんは、公園に芝生を植えてから交代で毎日かかさず水撒きをしにきています。2か月で青々と茂ってきた芝生と一緒に、コウホネの成長も見守っていくそうです。
石井さんは、公園の隅から隅まで丁寧に水撒きをしながら、
「私は恵比寿に住んで50年になります。ちょうど東京オリンピックの時に引っ越してきました。昔はこの辺に都電が走っていましたし、渋谷川には水車もあったんですよ」
そんな昔話も聞かせてくれました。
梶山さんは、コウホネの会からさらに活動を膨らませて、地域の人たちと協力して恵比寿・広尾地区の歴史や文化を継承し、発展させることを目的とした会も発足することになりました。
「地元のことを知り、文化を好きになるということは、自分の郷土そのものを好きになるということです。そうすると、自分たちの周りも愛せるようになり、他の地域の文化や、その土地に住む人たちのことを理解できるようになると思うんです。
公園に遊びにくる子どもたちにも、そこに咲くお花や芝生に触れながら、なんとなくそんなことを感じて大きくなってくれるといいなと思っています」
渋谷・恵比寿には、次々と新しい文化を生み出し、発信する人たちがいる一方で、梶山さんのように古い歴史や文化を発掘し、伝えていこうという人たちがいます。新しい文化と古い文化が混ざり合うことで、新たな街の面白さが見えてくるのかもしれません。
2011年8月30日掲載 取材: text/小保形 photo/福田伸之