ボラ仲間の活動リポート
被災地に訪れた夏。悪臭がするなど衛生状態の悪化が問題になっています。
被災地からの要請にこたえて、除菌・消臭液を散布する「環境・衛生ボランティア」を派遣している東京・足立区のNPO「地域の芽生え21」。
週末深夜のバスで被災地を訪れ、猛暑の中で活動したボランティア約40名と、それをとりまとめたNPO代表の桑原有広さんに同行取材しました。
3月11日に発生した東北・関東大震災から4か月あまりが過ぎました。梅雨も明けて夏本番となり、津波の被害を受けた被災地では、悪臭がするなどの衛生面での問題が出てきています。
また地元では、小さな子どもが細菌やウィルスなどに感染するのではないかという心配の声も出ています。
東京・足立区のNPO“地域の芽生え21”では、“衛生バスターズ”という環境・衛生ボランティアの活動を行っています。
除菌・消臭液を散布することで、津波被害を受けた地域の衛生管理をしようというものです。
悪臭に立ち向かう“衛生バスターズ”
7月9日、宮城県東部の海沿いにある七ヶ浜町。最高気温が33度に達する猛暑の中で、幼稚園の除菌作業が行われました。
この日作業を行った和光幼稚園には、震災時には園舎の一階まで津波が押し寄せました。
建物と園庭は復旧作業が進み、なんとか園を再開できるくらいに片付いていましたが、幼稚園の周りはまだがれきが手つかずの状態で、住民から衛生状態を心配する声が出ていました。
左:被災直後の惨状(撮影:和光幼稚園)
右:4か月でここまで片づいた
同日行われた児童公園での除菌作業
30人ほどのボランティアが噴霧器を肩から担ぎ、園庭、遊具、手洗い場や樹木など、あらゆるものに除菌液を散布します。
職員の渡邊由佳さんは、
渡邊由佳さん
「津波の後、園庭の土を入れ替えたり、職員たちで石灰をまいたりしていたのですが、段々暑くなり湿気も出てきたせいか、最近悪臭がひどくなってきました」と話します。
5人の職員と保護者が中心となってがれきの撤去と泥かきを地道に行い、ようやく5月の連休明けから幼稚園を再開することができました。
しかし渡邊さんは、一度津波で浸水し、がれきまみれになってしまった園庭で子どもたちを遊ばせることに、衛生面での不安を感じていました。
そこで今回、町の衛生課を通じて“衛生バスターズ”に除菌・消臭作業を依頼することになりました。
震災を契機に始めた環境・衛生ボランティア
“衛生バスターズ”の活動を推進しているのは、東京・足立区のNPO“地域の芽生え21”。
この団体はこれまで、子どもたちと一緒に古紙や金属のリサイクル活動を行ったり、スポーツイベントを企画・開催するなどの活動を行っていましたが、東日本大震災が発生したことをきっかけに、除菌作業などを行う環境・衛生ボランティアの活動を開始しました。
震災直後から桑原さんは、被災地に自転車やお年寄り用のカートやつえなどの物資の提供を行っていましたが、以前から地元で付き合いがあった翔(つばさ)観光株式会社の協力を得て、7月より毎週末に宮城県七ヶ浜町や石巻市へ向かうボランティアバスの運行を始めました。
“地域の芽生え21”代表の桑原有広さんに伺いました。
——なぜ環境・衛生ボランティアなのですか?
「ボランティアをしたいという人がいても、がれき撤去や泥かきなどは重労働なので、誰もが参加できる活動ではないと思います。
その点、除菌作業なら、初心者や女性でも参加しやすいのではないかと考えました。また、団体や活動内容によっては、高校生以下は参加できない場合があるのですが、うちの団体は行政から了解を得て、保護者の責任の下で小学生、中学生でも参加できるようになっています」
——活動の依頼はどこから?
「うちの団体が被災地の自治体を訪問して、直接要請を受けています。今回は七ヶ浜町役場からの依頼で活動しています。
暑くなるにつれ、雑菌やウィルスによる感染症の心配が出てきます。すでに取り組みを始めている地域もありますが、小さな町などではそこまで手が回っていないのが実情です。そういった行政の手の届かないところを、私たちボランティアの力で助けていかなければと思います」
この取材の直前までは、石巻市で活動を行っていた桑原さん。市からの依頼で、遺体安置所として使われていた体育館の除菌・消臭作業にあたっていたのだそうです。
「要請があれば、どこへでも行きますよ」と桑原さんは話します。
“衛生バスターズ”の活動に参加してみました
今回、この環境・衛生ボランティア“衛生バスターズ”の活動に、ボランティアネットの記者が同行取材させてもらいました。
まず参加するための準備ですが、服装は汚れてもいい格好で、炎天下での作業のため帽子は必須です。持ち物として、着替え、タオル、雨具、保険証のコピーなどが必要です。その他にマスク、軍手、ゴム手袋、ゴーグル、ウェットティッシュなどがあると安心だということでした。
昼食や飲み物は、各自で持参するか移動途中のサービスエリアなどで購入します。食中毒や熱中症は、参加者が自分たちで気をつけるというのが基本です。
参加費は一人5,500円。高校生以下は4,000円で、親が同行しない場合は、同意書が必要です。
7月8日の夜10時30分、集合場所となる東京駅に集まりました。およそ40人がボランティアバスに乗り込み、東京駅を出発します。
途中、トイレ休憩をはさみながら、宮城県を目指します。バスの中では、仕事終わりに会社から直行した参加者もいて、ぐっすり眠っている姿が見られました。
翌朝7時、宮城県七ヶ浜町に到着しました。
七ヶ浜町は宮城県の中部に位置し、仙台湾に半島状に突き出した小さな町です。東日本大震災で町の面積のおよそ4分の1が浸水する被害を受けました。
いまだにがれきが手つかずの状態で残っている場所もかなりあります。
まず七ヶ浜町災害ボランティアセンターに立ち寄りました。今回参加した約40人のうち、10人ほどの男性たちは、がれき撤去の作業にあたりました。
その中には、アメリカの高校に通う男の子や、元消防士の方もいました。
残りの約30人のメンバーで、除菌・消臭作業を行います。この作業で使われる除菌・消臭液は、病院でのウィルス感染対策や食品メーカーの工場での除菌にも使用されているそうです。
桑原さんは「もし作業中に吸い込んでしまったり、肌に付着してもまったく心配はありません。だから作業の際に重装備をする必要はありません。あまり強い薬剤を使うと、作業する人の体にも環境にも、心配があるので‥‥」と話してくれました。
企業からの協力も
——作業で使う薬剤や噴霧器は、どこかが無料提供をしてくれているのですか?
「違います。うちで購入しています。
除菌・消臭液の方は、定価で買うと20キロで1万3千円もするんですが、被災地の行政からの要請で行っているボランティアであることをメーカーに説明して、特別に安い価格で販売してもらっています」
「噴霧器は京都のメーカーにかけあって、半額で購入しました。正直に言うと、それでも継続していくには予算的に厳しいです」
いよいよ作業に入ります。最初に桑原さんから、噴霧器の使い方について簡単な説明がありました。
この噴霧器に除菌・消臭液を入れて、肩から担ぎ、作業をします。小さなタンクで4リットル、大きなタンクは7リットルもあるので、男性でも長時間担いでいるのは大変です。
炎天下での作業
この日の最高気温は33度。記者も4リットルの噴霧器を担いで作業に参加しました。
始めのうちは重さも気にならず、「思っていたより楽だな」と感じましたが、だんだん噴霧器のベルトが肩に食いこんで、つらくなってきました。
噴霧器を左右の肩に担ぎかえて作業を続けます。
薬剤をまくのは、幼稚園の園庭と、子どもたちが使う遊具。そして園内の花壇の植物や樹木にも散布します。
除菌液によって植物が枯れたりする心配はないということでした。
ぐっしょり濡れるくらいに、薬剤を丹念に散布していきます。
幼稚園の外周にも薬剤の散布をします。
側溝の中にはたくさんの小バエがわいていました。こういったところは、特にていねいに薬剤を撒いていきます。
この除菌液には殺虫効果はありませんが、これ以上に小バエが増えることを抑える働きがあるそうです。
作業を始めてから1時間もすると汗だくになりました。
ボランティア参加者の声
作業をしていると、熱心に作業する外国人ボランティアの姿が目に入りました。
彼の名前はソヘルさんといい、バングラディシュ出身とのこと。来日して5年、現在は埼玉県朝霞市に住んでいるそうです。
バングラディシュに住んでいたころ、サイクロンや洪水が発生したときに、被災者に食べ物を支給するボランティアをしたことがあるということでした。
「地震のときは、川口市にある会社にいました。ニュースで津波の映像を見て、悲しい気持ちになりました。それで私も何かしたいと思ったのですが、日本語もうまくないし悩んでいました。
その時に日本人の友達がこの活動を教えてくれて、一緒に参加することになりました」
女性ひとりでの参加も
作業を始めると夢中になってしまいますが、炎天下での活動なので、適度に休憩をとったり水分補給をしないと体がもちません。
記者も、大きめの水筒を持参し、こまめに水を飲んで熱中症に気をつけました。
三浦なずなさん
1時間ほど作業をして、ひと段落したところで休憩です。
記者は女性の参加者が半数を占めていることに気づき、近くにいた女性に話を聞いてみました。
ひとりで参加したという三浦なずなさん。東京に住む会社員です。
学生時代は、子どもに工作を教えるボランティア活動をしていました。震災後から、三浦さんは何か被災地のために活動をしたいと思っていたそうですが、災害ボランティアといえば体力やノウハウが必要ながれき撤去や炊き出しというイメージがあって、なかなか踏み出せずにいました。
「でも、この活動だったら経験のない私でもできそうだったし、土日で作業が終わるので仕事に支障がないところもよかったです。バスで隣に座っていた女性もひとりで参加した方だったので安心しました」
実際に参加した感想については、
「行く前は不安がありました。でも、わからないことがあっても、みんながていねいに教えてくれるので、安心して作業できました。参加してよかったです」と話します。
午前の作業が終わったあと、みんなで昼食をとりました。この日はボランティアのために七ヶ浜町役場の会議室を貸してもらうことができました。
猛暑から解放され、みんながほっとできたひとときです。
このころには、お互いに仲間意識が芽生え、それぞれ個人で参加したようには思えないほど、会話が弾みました。
アメリカから帰国してのボランティア
望月瑞さんと柴山すずさん
昼食のあと、炎天下の現場に戻り午後の作業開始です。7月の初旬とは思えないほどの猛暑のなか、その暑さを吹き飛ばすほど元気いっぱいの2人組の女の子がいました。
高校3年の柴山すずさんは、現在家族でアメリカに住んでいます。アメリカで、震災のニュースを見て「日本のために何かしたい」と2週間前に単身で日本に戻ってきたそうです。
そして横浜に住む友人の望月瑞(みずき)さんと一緒に、インターネットで参加できそうなボランティア活動を探しました。
「他のボランティア活動は、参加費が高かったり、参加資格が18歳以上だったりして条件が合いませんでした。この環境・衛生ボランティアは私たちにもできそうだったし、参加費も安かったので、すぐに参加することに決めました」と柴山さん。
今回参加した感想については
「実際に被災地を見ることができたのは大きかったです。震災被害の状況を自分の目で見て、ショックだったけどいい経験になったと思うし、私と同世代の子たちにもっと被災地でのボランティアに参加してほしいと感じました」と話します。
親子でボランティアに参加
午後3時半ごろ、ようやく作業が終わりました。使い終わった噴霧器は、各自が水ですすいで除菌液を洗い流します。
片づけをしているときに、親子で参加したという女の子に話を聞きました。
五十嵐夕乃さんと父・和洋さん
高校1年の五十嵐夕乃さんは、父親の和洋さんと一緒に参加しました。
「震災後からボランティアに参加したいと考えていました。母が『見ると聞くとじゃ大違いだから、行ってきなさい』と背中を押してくれて、この活動に参加しました。最初は興味本位の部分もあったと思いますが、実際にこうした被災地の状況を見たら、『私も何かしなければ』という気持ちが強くなりました。
作業をしたことで、少しでも被災地の役に立つことができたならうれしいです。次回、母と妹がこの活動に参加する予定なので、帰ったらこの経験を2人に伝えたいです」
父親の和洋さんは
「娘から参加したいと言われ、今回同行しました。学生のうちからこういった活動に関心を持ち、実際に行動に移せるということはいいことだと思います」と話してくれました。
午後4時半、ボランティアバスは七ヶ浜町を後にして東京へ出発しました。車中では疲れてぐっすり眠っている人や、すっかり仲良くなって話が弾んでいる参加者の姿が見られました。
夜11時近くに東京に到着。北千住と東京駅の2か所で段階的に解散となり、参加者それぞれの帰路につきました。みなさん本当にお疲れさまでした。
これからの活動
被災地の衛生については、各地で深刻な問題になっています。
支援物資として送られた“ハエたたき”が重宝されたり、ペットボトルを利用した手づくりのハエ捕獲器の高い効果も注目されています。
7月18日からは、宮城県塩釜市で自衛隊によるハエの駆除作業も始まりました。
また他のNPOも除菌活動を行うなどしており、今後も衛生問題への対策は必要とされています。
“地域の芽生え21”代表の桑原さんに伺いました。
——“衛生バスターズ”には、たくさんの方が参加してくれているようですが
「実はそうでもないんです。今回は40人の定員に達する参加者が集まりましたが、実際には定員に満たない場合もあります。
応募が20人に満たない場合は経費の持ち出しが多くなりすぎるので、運行を中止することもあります」
この“衛生バスターズ”は、予算をオーバーしてしまった場合には“地域の芽生え21”が負担をすることで、なんとか活動を継続しているのだそうです。
バスを運行する観光会社も、活動の重要性を理解して赤字ギリギリで協力してくれているということです。
「誰かがやらなければいけないことですから」と笑う桑原さん。
これからの夏休みには、ぜひ親子で参加してほしいと言います。
5人の子どもの父親でもある桑原さんは、被災地に行くたびに、その光景を自分の子どもにも見せたいと思うのだそうです。
「子どもたちにとって、被災地の状況を見たりボランティア活動に参加することが、将来の糧になるのではないかと私は思います。
こうした体験をきっかけに、何があっても率先して行動できるような大人になってもらえればと思いますね」
“地域の芽生え21”では、ニーズがある限り今後もこの活動は続けるとしていて、引き続きホームページで参加者を募集しています。
2011年7月27日掲載 取材: text/眞鍋・小保形 photo/福田伸之