ボラ仲間の活動リポート
町の中で見かける、スプレー塗料やペンキなどで描かれた落書き。建物の壁や店舗のシャッター、高架下や地下道、ガードレールなど、さまざまな場所で目にします。
落書きは街の景観を損ねるだけでなく、犯罪を呼び起こす刺激や影響があると言われています。
一つの落書きを放置することで、二つめの落書きがしやすくなり、連鎖的に増えていく。こうした秩序の乱れに住民が無関心であることが、地域全体が荒れる原因となり、やがては犯罪に繋がる可能性があると考えられています。
そんな中、落書きをなくして、自分たちの住む街を守ろうとがんばる高校生たちがいます。
“落書き戦隊ケスンジャー”は、川崎市宮前区で落書き消しに取り組む学生によるボランティア団体です。
「落書きを消したい」と小学生が立ち上がった
活動初期の“落書き戦隊ケスンジャー”
“落書き戦隊ケスンジャー”が落書き消しを始めたのは5年前、メンバーがまだ小学校6年生の頃です。
近所の鷲ヶ峰児童公園で友達を中傷する落書きを発見したことがきっかけでした。
「公園にあるタコの形のすべり台に友達の悪口が落書きされていて、それを見たときはとても嫌な気持ちでした。そこで、当時6年2組の子たちで落書き消しを始めました。
はじめはたわしでこすったり、母親のマニキュアの除光液を使って消してみたり、自分たちでいろいろ試しながら行っていました」と、ケスンジャーのメンバーで麻生総合高校2年生の神田弘さんは当時を振り返ります。
現在のケスンジャーは高校2年生の10名を中心に、保護者のサポートを受けながら活動しています。学業や部活動が忙しくなり、昔よりも活動の回数が減ってはきましたが、夏休みや冬休みを利用しながら活動を続けています。
公園から始まり、近所の塀やガードレール、看板などに書かれた落書きも発見すると消すようになり、これまで30カ所以上を回りました。
街を自分たちの手できれいに
2月に落書き消しを行ったのは、ケスンジャーの活動のきっかけとなった鷲ヶ峰児童公園と、ごみ焼却施設の余熱を利用している市民施設“ヨネッティ王禅寺”の、入り口の向い側の壁の2か所です。
鷲ヶ峰児童公園はこれまで何度も落書き消しを行っています。今回は、タコのすべり台に油性ペンのようなもので落書きされていました。それに加え、遊具の表面の塗装が剥がれて見栄えが悪くなってきていたので、たわしで磨いた後にペンキを塗ってきれいにすることにしました。
この日は高校生4人、中学生2人、保護者や宮前区役所の方など大人5人、計11人が集まりました。
用意された道具は、汚れやペンキの剥がれを落とすたわしやへら、ペンキを塗るローラー、遊具の色に合わせたピンクの樹脂塗料などです。
落書きに使われた塗料や、書かれたものの材質などによって道具を使い分けます。今回のように上からペンキを塗って消すこともあれば、柑橘系の成分の入った溶剤を使ってこすり落とすこともあります。
みなペンキで服が汚れることなど気にせずに着々と作業を進め、2時間半くらいで、タコのすべり台は見違えるようにきれいになりました。
「ペンキ塗りたて」の張り紙をして、作業終了です。
麻生高校2年生の太田圭祐さんは、
「せっかく消した場所にまた落書きをされると本当に腹が立ちますね。」と言います。
ケスンジャーの活動は、友達を中傷する落書きへの悔しさや怒りから始まりました。そして現在も、しつこく残る落書きへの怒りが活動の原動力になっているようです。
それでも、消しても書かれる“いたちごっこ”の状態が嫌になってしまうことはないのでしょうか。高校2年生の佐藤利也さんは、
「同じところを繰り返し消すことはよくあります。でも、以前はもっとたくさんの落書きがありました。今は小さい落書きで、数も減っています。だから、ケスンジャーの活動は前進していると思います」と言います。
地道に続けてきた努力が、少しずつ実を結び始めているようです。
左:太田圭祐さん 右:佐藤利也さん
“ヨネッティ王禅寺”入り口近くの
壁にある落書きもきれいに
「落書きを消した後はすっきりして、達成感があります」と、2人とも清々しい顔です。
この日活動の最中、近所に住むおじいさんが「ごくろうさま」とみかんを差し入れてくれました。
「落書きを消していると、“がんばってね”と声をかけてくれる人がいます。その時はうれしいですね」と、佐藤さん。
今やケスンジャーは、地域の人たちからも頼られる存在になっているように感じました。
子どもたちの思いをサポートしたい
5年前、たわしと洗剤で公園の落書き消しを始めた子どもたちでしたが、消しても消してもまた書かれる落書きを見て、「ペンキを塗って一気にきれいにした方がいいんじゃないか」と、思いつきました。
しかし、子どもたちだけの力ではどうにもならず、親に相談しました。その思いに応えたのが佐藤利也さんのお母さんで、現在“落書き戦隊ケスンジャー”の代表をしている佐藤利枝さんでした。
公共の公園の遊具などにペンキを塗るには、管理者に許可をもらわなければなりません。また、ペンキや塗装の道具を揃えるのにはそれなりの費用がかかります。
利枝さんは、区役所や公園の管理事務所に電話をかけて許可を取り付け、保護者たちが協力して道具を購入しました。こうして子どもたちは自分たちで落書きをきれいに消すことができたのです。
相談を受けた当時のことについて利枝さんは、
「大人はすぐに物事を予測して、損得を考えてしまいがちですが、子どもは純粋に困ったことや改善したいことがあれば、どうにかしたいと考えます。
私は、子どもたちが頑張って落書きを消してきた思いを、大人の事情でうやむやにしたくなかったんです。“どうにかしたい”と思って行動すれば自分たちでも解決できる。そんな経験を、大人がサポートすることで実現できるのであれば、ぜひ協力したいと思いました」と語ります。
それからのケスンジャーは、本格的に地域の落書き消しに取り組むため、地域のお祭りでバザーをしたり、豚汁を作って売ることで活動費を稼ぐことをはじめました。
「活動を長く続けていくためには、親が費用を負担していくのでは難しいと思いました。そんなに大きな金額にはなりませんが、“自分たちで活動している”という意識がより強くなるのではないかと思ったんです」
公園にスプレーで大きな落書きをされたときは、地元の塗料店が協力してくれたこともありました。ペンキ代を出してくれたうえに、子どもたちに指導しながらプロの塗装の技術を見せてくれたのだそうです。
ケスンジャーの子どもたちが、2007年に宮前区役所で活動についてのプレゼンテーションを行ったことがきっかけで、区の「課題解決事業」として活動が認められました。
そして昨年からは、区の「安全・安心まちつくり推進事業」の一環として正式に委託されることになり、宮前区からの補助金も受けて活動しています。
川崎市宮前区役所 区民協働推進部地域振興課の佐々木龍一さんは、
「宮前区には、ケスンジャー以外にも地域の方々の活動はさまざまありますが、こうして若い人たちが中心となっているところはなかなかありません。いい活動だなあと思います」
佐々木さんは、昨年からケスンジャーの活動日には現場に駆けつけ、一緒に落書き消しを行っています。この日は中学3年生の息子の桜輝(おうき)くんを連れて参加していました。
「落書き消しフォーラム」で発表
“落書き戦隊ケスンジャー”は、川崎市麻生区役所で行われた「落書き消しフォーラム2011」に参加しました。
このフォーラムは、各地域で落書き消しを行う団体が、落書き消しによる「地域美化」や「犯罪防止」を呼びかけるとともに、活動に住民が参加することで「地域コミュニティの活性化を図る」ことを目的としています。
主催者である川崎市麻生区の「あさお落書き消し隊」、宮前区の「落書き戦隊ケスンジャー」、中原区の「中原区まちづくり推進委員会」、横浜市都筑区の「NPO法人 I LOVE つづき」の4団体が参加し、活動報告を行いました。
ケスンジャーを代表して参加した佐藤利也さんは、活動の記録映像とともに、これまでの活動内容や今後の課題などを発表しました。
「僕たちは自主性を大切にしながら活動して、落書きのない地域づくりを目指しています。自分たちが活動することで、周りを啓発していくことが大切だと思います」
フォーラムで進行役を務めた、落書きや都市問題について詳しい東京都市大学の小林茂雄准教授は、「落書きをするのは、中学生や高校生の世代が多いんです」と言います。
「落書きをする人の立場から見たら、年の離れた大人よりも、“同年代の人が自分たちの書いた落書きを消している”という事実が一番心に訴えることになるかもしれませんね」
“ケスンジャー”のこれから
サマーボランティアに参加した小学生からケスンジャーに、写真とメッセージが届けられた
高校生になったメンバーは、それぞれの進路を歩みはじめています。新しいメンバーを増やすのが難しい分、最近では、夏休みの“サマーボランティア”として小学生に参加してもらったり、自治会など地元の方々と協力して活動を行っています。
佐藤利枝さんは、
「この活動をすることで、地域の方々と交流する機会ができました。子どもたちが大人ともうまくコミュニケーションを取れているところをみると、成長にも繋がっているのかなと思います。以前は人前で話すことも嫌がっていた子どもたちも、今は自分たちの活動をしっかりプレゼンテーションできるようになりました」と語ります。
「今後も、小学生の頃に抱いた“きれいな公園にしたい”という思いを大切にしながら活動していきたい」と語る、落書き消しに取り組む高校生たちはとても頼もしく見えました。
これからも、街を守る“落書き戦隊ケスンジャー”の活動は続いていきます。
2011年6月14日掲載 取材: 小保形