ボラ仲間の活動リポート
多摩川沿いのグラウンドで野球をしているチームがあります。揃いのグレーのユニフォームを着て、「ほら走れ!」「ちゃんと取らなきゃだめだよ!」という威勢のいい声が飛び交っています。
なんとこのチームの選手たちは全員60歳オーバー。
ここ東京都府中市で活動している“TAMAシニアタイガース”は、5年前に結成されました。現在、府中市の広報の募集などで集まった60歳から79歳まで40名の会員が在籍しており、東京都の還暦野球の大会にも毎年出場しています。会員の中には過去に大きな病気を経験した人や、家族の介護をしながら参加する人もいます。
チーム結成のきっかけは、自分の病気
TAMAシニアタイガースの中心になっているのは、今年74歳の代表の横井満彦さん。チームの代表と監督を兼任しています。
横井さんがチームの結成を呼びかけたきっかけは、10年前に自身が病気になり、健康の大切さを痛感したことです。当時、小売業をしていた横井さんは、24時間気を抜くことができないほどの多忙な毎日を送っていました。その結果身体を壊し、狭心症のため心臓を手術、さらには脳梗塞を起こして数ヶ月の入院生活を送りました。
「病気をしたことで目と耳も悪くなり、今は補聴器がないと全く聞こえません。身体障害者の認定も受けています。病気で、やっていた事業もなくしてしまいました。それでも病院で寝ているのは嫌ですし、なんとか動かないといけないと思ったのです」
食事制限や軽い運動で身体を回復させながら、横井さんが考えたのは、自分と同じ高齢者の健康のためにスポーツを行うこと。高校時代に野球部のキャプテンとしてチームを引っ張ってきた横井さんにとっては、仲間を集めて野球を始めるというのは自然なことだったようです。
現在、横井さんはTAMAシニアタイガースとして活動する他に、60歳以上の人なら誰でも無料で参加できる『野球体験教室』も開いています。
「チームのメンバーとは技術の差がありますから、まずは体験教室に参加してボールへの恐怖心をなくし、楽しんでもらうことを大切にしています。けがをしないようストレッチから始めて、次にキャッチボールと、少しずつ教えます。それで続けたいと思ったらTAMAシニアタイガースの会員になってくれればいいんです。若い頃ならともかく、今まで仕事一筋で忙しくやってきた人が60歳を過ぎて野球をやろうと思っても、なかなかすぐにはできませんからね。」
“誰でも気軽に参加できるように”という横井さんの心遣いが伺えます。
70代でも真剣勝負
取材を行ったこの日は快晴で、12月にもかかわらずとても暖かく、野球をするにはもってこいの日です。メンバー20人が2組に分かれて紅白試合を行いました。
ピッチャーマウンドに立つのは76歳の笹 啓了さんです。本日集まったメンバーの中では最高齢ですが、投球の力強さは年齢を感じさせません。さすが元高校球児です。
笹さんは、過去に直腸がんを患い、現在は糖尿病のため奥さんから運動をすすめられているのだそうです。
バッテリーを組むのは、チームに入るまで野球未経験だったという63歳の成田武志さんです。
「小・中学校のときは身体が弱くて野球をやりたくてもできませんでした。60歳になり、『野球未経験でも可』というのを見て、門を叩いてみました」
野球経験のない成田さんですが、肩の強さを買われてこの日はキャッチャーを務めました。
試合が進むにつれて、ベンチで見守る選手たちの応援の声も白熱していきます。
「回れ回れ!」と歓声があがる中、走塁中にちょっとしたアクシデントが。思いきり滑り込みをした選手が、その衝撃で眼鏡を壊してしまいました。75歳の永瀬裕一さんです。
実は、永瀬さんはTAMAシニアのOBです。
TAMAシニアで2年間活動した後、2年前から別のチームに所属しています。
「せっかく野球をやるなら強いチームでやりたいと思って移りました。でも、TAMAシニアは監督の横井さんが面倒見がいい人なので、今でも顔を出して練習に参加させてもらったり、審判をやったりしています」
選手たちからの信頼もあつい横井さんは、視覚と聴覚に障害がありながらも、選手の動きを鋭く観察し、チームの監督として的確にアドバイスをしています。
横井さん自身は試合に出ないのか聞いてみると、「ドクターストップがかかって、今年(2010年)は一度も試合に出られませんでした。でも来年はちょっとでも出たいですね。ピンチヒッターくらいならできるかな」
TAMAシニアタイガースは、年間130日も練習と試合を行っているそうです。毎年春と秋には東京都内の64チームが参加する還暦野球大会に出場します。
今年、TAMAシニアタイガースはNHK厚生文化事業団の“わかば基金”に応募し、捕手と審判が使うヘルメットやマスク、プロテクターなどの購入資金の助成を受けました。
「必要な道具が揃い、練習や試合のときにとても役立っています。まだ弱いチームですが、これから強くなりますよ」
野球から広がる仲間との絆
TAMAシニアの選手たちの中には、自身の病気のリハビリのため参加する人もいれば、家族が病気で介護をしながら参加している人もいます。
62歳の久保昭夫さんは奥さんの介護をしながら、空いた時間を使って野球をしています。
「妻が近くの障害者センターにリハビリに通っているので、送り迎えをする間に野球をしに来ています。私は48歳のときに狭心症になりましたが、今ではこうして試合に出るようになりました。」
試合の行方に一喜一憂しながら、仲間と賑やかに過ごしている選手の皆さんは、皆健康的な明るい表情をしています。
横井さんは、
「メンバーの仲間意識は強いですね。みんな違う社会経験をしてきた人たちが『野球』という目的で一つになっているのが面白い。いろいろなことを話すけど、お互いにプライバシーは守ります。それぞれ家庭のことなどで心配なことを抱えていますけど、ここに来たときには忘れて野球に集中する。それが、いいストレス発散になっているのではないでしょうか。」
TAMAシニアで野球をすることは、メンバーの身体だけでなく、心の健康にも繋がっているようです。
最近、横井さんは、新しい活動にも取り組みはじめました。自分と同じ障害を抱える難聴の人の相談を受けるボランティアです。検査病院や補聴器の選び方、行政手続きの案内、日常生活の悩みなどについてアドバイスをします。
また、今年は府中市の劇場で行われるコンサートで、磁気ループを使った補聴システムを使って、難聴の人でも音楽を楽しめるようにする試みも考えています。
「耳の不自由な人にも何らかの形で音楽を楽しんでもらいたいんです。ちょっとでも音楽が聴こえると、ものすごく喜んでくれますよ」
今が第二の青春です
この日2試合行った紅白試合は一勝一敗の引き分けでした。
この日初めてホームランを打った62歳の小林益雄さん。
「野球のためにタバコもやめました」
「さすがに一日2試合はきついなぁ。」
そう言いながらも、一斉にグラウンドを整備し、クールダウンのキャッチボールをする選手たちの動きは、まだまだ体力が残っていそうな様子。練習後にみんなで多摩川河川敷の清掃をすることもあるそうです。
還暦野球は、それぞれに山あり谷ありの人生を送ってきたメンバーにとって“第二の青春”なのかもしれません。
忙しい社会人生活を引退したお父さんたちの中には、自由になった時間を「どうやって過ごそうか」と考えている人もいるのではないでしょうか。TAMAシニアタイガースは、そんなお父さんたちがたくさんの仲間と汗を流して再び輝ける、生きがいのひとつになっているようです。
2011年1月25日掲載 取材: text/小保形 photo/福田伸之