ボラ仲間の活動リポート
特定非営利活動法人“感声アイモ”は、千葉県鎌ヶ谷市を拠点に、知的障害者の施設や就職支援施設などを訪問し、障害を持つ人たちに発声のしかたや朗読を教えています。これまでに5千人を超える人たちに発声指導をしてきましたが、その中には、これまでほとんど話せなかったのに会話ができるようになったり、就職が決まったという人も出ているということです。
障害者の自立や社会参加のきっかけを作る、感声アイモの活動を取材しました。
感声アイモの活動
理事長 木村紀子さん
“感声アイモ”の理事長の木村紀子さんは、子どものころから演劇に携わってきました。木村さんは、
「声によって、少しでも感性を育てたいという思いで活動をしています」と語ります。
団体の名前の由来を聞くと、“アイモ”とは、春を象徴する“ふきのとう”のような白っぽい薄緑色のことで、元気な感じを表現しており、“感声”は、“優しく響き心に感じる声”を意味しているのだそうです。
この日、感声アイモの皆さんは、習志野市にあるNPO“希望の虹”を訪問しました。
“希望の虹”は、知的障害、発達障害などのある子どもたちの放課後支援を行っている団体です。09年10月から感声アイモが発声指導をしており、この日は、小学1年から中学生まで、12人の子どもたちが参加しました。
「あ・い・う・え・お・・・」と子どもたちの声が教室に響きます。
発声指導をするのは、感声アイモの事務局長の菅原三記さんです。菅原さんは以前から詩や朗読が好きで勉強しており、地元FM局の番組にも出演しているそうです。
まずは、おなかを膨らませたり、へこませたりしながら「あいうえお」を発声します。これは、腹式呼吸を身につける訓練です。
次に、「あ・か・は・な・ま・・・」という発声が始まりました。
これは、はっきりとした発音がスムーズにできるように工夫された五十音だそうです。
参加した児童の中には、この五十音を丸暗記している子どももいました。
感声アイモが使っている五十音表
子どもたちみんな、大きな声を出していました
続いて、「紙芝居のはじまり、はじまり!」と木村さんが拍子木を叩きました。
発声トレーニングの後は、菅原さんによる紙芝居と絵本の朗読です。最初はよそ見をしていた子どもも、菅原さんのよく通る声にどんどん引き込まれ、物語に集中していきます。集中のあまり身を乗り出して、どんどん近づいていってしまう子もいました。
紙芝居が終わると拍手が起こり、「今日のお話が面白かった人!」と菅原さんが聞くと、「はい!」と元気に手を上げて返事をする子どももいました。
発声指導を始めたきっかけ
感声アイモが発声指導を始めたきっかけは、10年ほど前にさかのぼります。
事務局長の菅原さんはもともと画家で、絵画指導のために養護施設を訪れていました。あるとき菅原さんは、絵に興味のない生徒も楽しく参加できるようにと、授業の始めに小説の一説を朗読しました。
すると、それまで関心を示さなかった自閉症の女子高校生が、せりふに合わせてしゃべり始めました。そして、その女子生徒は初めて絵を書き始めたのです。
「力強い色彩のすばらしい絵で、本来はとても感性の鋭い子なんだと思いました。朗読によって、人が成長するところを目の当たりにした体験です」と言う菅原さん。
発声練習と読み聞かせが、障害のある子どもたちの役に立てるのではないか、と考えた菅原さんは、いろいろな施設を訪問して絵の指導のかたわら、発声指導と朗読の読み聞かせをしました。
半年、1年と指導を続けるうちに、それまで出なかった言葉を発するようになった人が何人も出てきたのだそうです。一番驚いたのは施設の職員で、自分たちでも発声の研修を始めた施設もありました。
事務局長 菅原三記さん
「障害者の中には、声の出し方がわからないだけという人もいる、と私は思います。これまでの感声アイモの活動で実感していることですが、実はきちんと物事を考えていて、頭の中にはちゃんと言葉があるのだけど、それを表現することができないだけの人が、結構いるのではないでしょうか」
声の出し方をきちんと教えることで、“言葉を話せない”とされている人たちの数を減らせるのではないか。そして障害の有無や年齢にかかわらず、毎日発声トレーニングを継続し、正しい姿勢と腹式呼吸を身につけることは、心と体の健康増進にもなるのではないか‥‥と感声アイモの皆さんは考えているのです。
“希望の虹”職員の三谷厚子さんにお話を伺いました。
——発声トレーニングや朗読を導入してから、何か子どもたちに変化はありましたか?
希望の虹 三谷厚子さん「今までほとんど言葉が出なかったある子どもが、発声トレーニングを受けるようになって1年ぐらいで、いろいろな言葉をしゃべるようになりました。言葉を話そうと口を動かすようになった子もいますし、『子どもに言葉が増えた』という保護者からの声も出ています。なにより一番の変化は、最初は10分くらいしかもたなかった子どもたちの集中力が、現在では約40分にもなり、落ち着いて紙芝居を楽しめるようになってきたことです」
感声アイモの菅原さんにお聞きしました。
——発声をすることで、集中力が高まったり、気持ちが安定してきたという子どももいるようですね。
「自分の気持ちを伝えられない子どもたちが、突然暴れたり、自分を叩いたりという行動に出ていることもあるのではないでしょうか。会話ができるようになって、自分の気持ちを表現できるようになれば、そういった行動も出にくくなると考えています」
発声トレーニングの成果
10年4月に成田市に開設された障害者の就職支援施設では、就職を希望する人を対象にしたトレーニングに、感声アイモの発声指導と朗読の練習を取り入れています。
障害を持つ人が、話す力がつくことで積極的な学習意欲が出たり、自信がついて就職につながったりすることを目指しているそうです。
ちなみに、この施設に通う知的障害・発達障害・精神障害者20名のうち、すでに12名の就職が決まっているということです。
感声アイモの木村さんは、「障害があってもコミュニケーションができるようになれば、就職の可能性も広がります。自然にコミュニケーションができるようになるために、発声と朗読の練習が効果を発揮すると思います」と言います。
このほかにも、全身まひで重度の言語障害のあった29歳の男性が、電話で話をしたり、車イスを使って公共の乗り物を利用できるようになったり、ほとんど言葉が出なかった自閉症の人が話せるようになって、『奥の細道』の序文を暗唱できるようになった例もあるということでした。
これからの展望
「家族や学校の先生にも、しゃべるのが苦手な子どもでも、声を出す方法がわかれば会話ができるようになる可能性がある、ということを知ってほしいですね」と言う理事長の木村さん。なるべく子どものうちから発声練習や読み聞かせに接する機会を提供したいという思いから、育児中の母親に読み聞かせの指導をする活動も始めています。
感声アイモは、NHK厚生文化事業団の“わかば基金”の助成を受け、活動の幅をさらに広げています。助成金で、拡声器つきのスピーカーを購入し、地域のお祭りや屋外でも朗読や読み聞かせの公演を行うようになったということです。
これからも感声アイモのユニークな活動に注目したいと思います。
2010年12月28日掲載 取材: text/真鍋 photo/福田伸之