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NHK厚生文化事業団は、NHKの放送と一体となって、誰もが暮らしやすい社会をめざして活動する社会福祉法人です

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渋谷駅の巨大壁画『明日の神話』のすす払い

深夜の渋谷駅。約20人のボランティアが参加して、駅構内に展示されている壁画の“すす払い”を行いました。故・岡本太郎が描いたこの壁画がこの場所に設置されてから2年。多くの人にメッセージを投げかけ続けるこの作品は、たくさんの人の手で守られています。

この絵を見たことはありますか?

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芸術家の岡本太郎(1911〜1996年)が描いた『明日の神話』という縦5.5メートル、横30メートルもある巨大な壁画です。
原爆が炸裂する瞬間を描いたというこの壁画は、見る人を圧倒するような力強いタッチと色彩で描かれています。この絵は、1968年から69年にかけてメキシコで描かれ、新設されるホテルの壁を飾る予定でした。しかし、母体となる会社の経営が悪化したため、ホテルは結局オープンしませんでした。
壁画は取りはずされ、長年行方不明になっていましたが、30年あまりを経て、2003年にメキシコシティ郊外の資材置き場で発見されました。その後、長期に渡る修復作業を経て、2008年11月17日に東京都渋谷区に設置されたのです。

現在この絵が展示されているのは、渋谷駅のJR線と京王井の頭線を結ぶ渋谷マークシティ内の連絡通路です。通勤、通学、買い物などで渋谷駅を利用する多くの人が壁画の前を通っていきます。
今年10月から11月にかけ、のべ5日間にわたり、この壁画の一年のほこりを落とす“すす払い”がボランティアの手によって行われました。

深夜の壁画清掃

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「明日の神話」は、コンクリートの上にアクリル絵の具などの画材を使って描かれています。現在の場所ではガラスなどで覆わずに展示されているため、露出した画面にはほこりが付着してしまいます。ほこりの成分を調べると、衣類から出る繊維によるものが中心だということです。1日約30万人もの人が壁画の前を通っているそうですから、1年も経てばかなりの量が積もってしまいます。

作業初日の10月29日の夜、壁画の前に集まったのは19人。この活動を主催する“NPO法人 明日の神話保全継承機構”の会員、一般参加のボランティア8名、岡本太郎記念館館長の平野暁臣さん、絵画修復家の吉村絵美留さんなどです。
渋谷駅は昼夜問わず人通りが多いので、“すす払い”を始められるのは終電の後です。そして、始発が出る前にすべての工程を終えなければならないため、一晩に3時間程度しか作業できません。

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深夜1時すぎ、静まり返った駅の通路で、職人さんたちが壁画の前に作業用の足場を組んでいきます。 写真
その間、ボランティアの人たちは“保全継承機構”の渡辺均さん指導のもと、すす払いの道具を準備します。ほこりを取るための道具は、刷毛と掃除機です。刷毛でそっと絵の表面をなぞってほこりを集め、掃除機で吸い取っていくのです。
さらに軍手やマスクを付け、ヘルメットをかぶり、転落防止のためのベルトを付けます。「掃除機のホースの先で絵を傷つけないよう気を付けてください。作業に夢中になって足場から落ちないように、必ず下に補助の人を付けてくださいね」と、注意事項が伝えられます。

準備が整い、1時半ごろから作業開始です。
遠くから眺めていると気づきませんが、近づいてよく見てみると綿ぼこりが膜のように壁画の表面にくっついています。
壁画は14のブロックに分けて掃除をします。万が一、ほこりと一緒に絵の具が剥がれてしまった場合でも、どのブロックから剥がれたのかわかるようにするためです。掃除機に溜まったほこりは保管しておき、最後に剥がれた絵の具が混ざっていないかチェックします。ボランティアのみなさんはとても慎重にほこりを取っていきます。

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暑さで膨張し、絵が浮き上がってしまった部分に、注射器のような道具で樹脂を注入して補強する吉村さん
一方、絵画修復の専門家である吉村さんは、壁画の修復を行っていました。今年の夏の猛暑の影響で壁画の一部にゆがみが生じ、補強が必要になったのだそうです。美術館と違って温度や湿度の管理ができない駅の通路ですから、プロによる定期的なメンテナンスも必要となるようです。

「芸術は大衆のもの」

人通りが多くてほこりが舞う、温度や湿度の変化も大きい駅の通路。『明日の神話』はなぜ美術館ではなく、このような場所に置かれているのでしょうか。

岡本太郎美術館の元学芸員の大杉浩司さんは、 写真

「ここが“特別な場所” でないからです」と語ります。

「僕は、岡本太郎が生きていたらやっぱりここを設置場所に決めたんじゃないかなと思います。絵を飾ろうと思うとどうしても美術館やビルなどの箱物を用意してしまいがちですが、ここなら“いつでも・誰でも・ただ”で見られるでしょう」

岡本太郎は、“芸術は大衆のもの”という信念を持って創作に取り組んでいました。そのため、公園・広場・駅などの公共的な空間に置かれる“パブリックアート“に力を注いで、多くの作品を残しています。

今回のすす払いを主催した“NPO法人 明日の神話保全継承機構”は、壁画が渋谷に設置された2008年に設立されました。目的は、『明日の神話』を公の場に展示・公開し、絵が訴える「人間の尊厳、平和の大切さ、芸術文化の素晴らしさ」を広く伝え、未来に継承していくことです。渋谷周辺の商店街や町会の人、渋谷に本社がある企業など、この街にゆかりのある人たちが会員になっています。

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“保全継承機構“の小林理事長は、渋谷駅東口近くにあるビルのオーナーで、長年渋谷の街を見てきた一人です。

「初めてすす払いを行ったのは昨年の11月です。吉村先生に壁画の状態を確認してもらった時に『かなりほこりが溜まっているよ』と言われました。年に一回はきちんと掃除をしようと、壁画の設置一周年を迎える直前に行いました」

保全継承機構のメンバーだけでは手が足りず、友人知人などにボランティアでの協力を呼びかけ、学生、主婦、地元の商店主などさまざまな人が参加したそうです。
そして2回目の今年も同様の呼びかけが行われ、5日間で延べ80人もの参加者が集まりました。

街の人に守られている壁画

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ボランティアの石崎史子さんは、この日のために奈良県からやってきました。ふだんは重度の知的障害者が通うアトリエに勤務しています。

「友人に誘われて初めて参加しました。壁画の前は何度か通ったことがありますが、近くでみるとすごい迫力ですよね。絵画の修復や保存の現場に興味があったのですが、清掃の道具などを見ると工夫されていて、いろいろ試行錯誤したのだろうと感心しました。参加しているみなさんの熱意にも驚きましたね」

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石崎さんを誘った橋本文子さんは、保全継承機構の会員であるご主人に誘われて、今回初めて参加しました。

「楽しかったです。絵画の清掃なんて、めったにできることではないですよね。本当は昼間に行って、『こんな作業もしているんだよ』ってみんなに見せてあげられたらいいですね。渋谷なら『自分もやりたい』っていう人がいっぱいいると思います。でも、集まりすぎてしまうとまた大変なのかな…?」

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岡本太郎記念館の館長の平野暁臣さんは、この活動はボランティアとして市民が参加することに意義があると感じています。

「お金をかければ専門業者に任せて短期間でやってしまうこともできるかもしれません。でも、この壁画はどこかのお金持ちの家のリビングに飾られる作品ではなくて、“パブリックアート”、つまり大衆のために描かれた作品なんです。だから時間がかかるかもしれないし、素人だからうまくいかないこともあるかもしれないけど、この街の人たちが協力しあって絵をきれいにすることが『明日の神話』にふさわしいと思います。
ボランティアの人たちがうれしそうに作業をしてくれるのを見るにつけ、この壁画は渋谷の街に受け入れられてよかったなぁ、誰もが見られるこの場所に置かれて幸せだなぁ、と思います。みんなで守っているということが目に見えますよね」

明け方4時ごろ、作業が終わると徹夜の疲れも見せず、笑顔で記念撮影です。
平野さんの言うように、みなさんの満足そうな表情がすべてを物語っているように感じます。

『明日の神話』は、この先もずっと変わらず、この街の人たちに守られていくのではないでしょうか。

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壁画から伝わるもの

この日参加していたのは、絵に関心のある人ばかりではありませんでした。

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松下さんは都内の大学に通う4年生です。
同じ大学のOGで保全継承機構の会員の人に声をかけられて参加しました。

「壁画の前を通ることは時々ありましたが、ちゃんと絵を見たことがなかったんです。今日初めて“これが岡本太郎の作品なんだ”と認識しました」

そんな松下さんに『明日の神話』を見て、どう感じたのかを聞いてみると、

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「この絵は、がいこつや黒く燃え上がってのたうつ人間の影が描かれていて、ぞっとするんですけど、“燃え尽きながらもはい上がってやろう”という力を感じます。作業をしながら壁画に直接触れることで、なんだか絵を身近に感じることができました」

悲劇を乗り越える人間の強さや、平和を願う気持ちが描かれた『明日の神話』。
岡本太郎のメッセージは、この街で絵を見る人たちの心に、確実に届いているようです。

2010年12月9日掲載  取材: text/小保形 photo/福田伸之


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