ボラ仲間の活動リポート
東京 世田谷区の閑静な住宅街にあるギャラリー“世田谷233”。ここの店内には、個展ができるスペースや、120個のレンタルボックスが設けられています。会社員、学生、アーティストなどさまざまな人々が、ここを利用して作品を展示したり売ったりしています。
この10坪ほどのギャラリーの一角で、いま、ひそかなブームとなっているのが“ブッククロッシング”と呼ばれる活動です。
この活動は、自分が面白いと思った本をみんなで自由に貸し借りして楽しもうというもので、気軽に本を手にできる“ブッククロッシング・ゾーン”という本の置き場所が設けられています。この“ゾーン”は、人がよく集まるカフェや本屋さんなどに設けられますが、ここ世田谷233では、レンタルボックスのひとつをブッククロッシング・ゾーンとして開放しています。
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ブッククロッシングとは…?
ブッククロッシングは、アメリカで始まった活動です。参加する人は、自分が面白いと思った本にID番号を記入したステッカーを貼り、直接友達に渡したり、公共の場所に置いて新たな読み手に託します。
本を置く場所は、ブッククロッシング・ゾーンとして登録されたスペースですが、本国アメリカでは公園や駅のベンチなどに置いたりもされているそうです。
本を借りるのは無料ですが、借りた人は、パソコンを使って公式サイトに、本を見つけた場所や読んだ感想を入力することになっています。こうすることで、ID番号をたよりに、自分が提供した本の状況を見ることができます。現在この活動を、世界中で88万人以上が利用しています。
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日本での取り組み
“ブッククロッシング・ジャパン”代表の財津正人さんは、2007年にブッククロッシングの日本公式サイトを立ち上げ、広く参加を呼びかけています。18歳で出版業界に飛び込み、書店経営、出版コンサルティングなど、これまで幅広く出版にかかわってきた方で、活字離れ、出版不況が続く中、「活字文化を活性化したい」という思いから、この活動の普及に取り組んでいます。
「毎日必ず一人は会員登録があり、着実に増加しています」と言う財津さん。ブッククロッシング・ジャパンの立ち上げから3年で、会員数5,278人、ゾーン148ヶ所と登録を順調に増やしてきました。
——なぜ日本にブッククロッシングを導入しようと思ったのですか?
「たまたま手にした、ウェブ社会の未来について書かれた本で、ブッククロッシングのことを知りました。インターネット上で、何でも完結してしまう今の時代に、“本の共有”という、あえてアナログな取り組みをすることに面白さを感じ、これを日本でも普及させたいと思いました」と語る財津さん。 “本が旅をする”という仕組みに遊び心と冒険心を感じ、とにかく面白いと思ったそうです。
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利用者の声
実際にブッククロッシングに参加している方たちにお話を伺いました。
ブッククロッシング・ゾーンを設けている、世田谷233代表の中根大輔さん。
「本を通じて人とつながる」ことができるところに魅力を感じ、ブッククロッシング・ジャパンの立ち上げ当初から、公式ゾーンとして登録しています。ギャラリーに来るお客さんの中にも、この仕組みに興味を持つ人が数多くいるそうです。
世田谷233・中根さん「僕は、ブッククロッシングを“本との出会い方のひとつ”と考えています。
普段は手にすることのない本に出会える可能性があり、さらに本との出会いが人との出会いにつながります。ブッククロッシングがきっかけで知り合った人同士が、待ち合わせ場所として世田谷233を利用してくれる例もあります。こういうことにも、ブッククロッシングの意義があるのではないでしょうか」
吉岡宏さんは、世田谷233の近くに勤める会社員です。偶然手にした雑誌で、ブッククロッシングと世田谷233について書かれた記事を見つけました。その日に初めて世田谷233を訪れ、以来、1年以上通っていると言います。
吉岡さん「僕が初めてゾーンに置いた本を、誰かが持ち出してくれました。その本の行方が気になって、ときどき公式サイトを見ています。“本が旅をする”という仕組みに遊び心があって楽しいし、誰かが僕のお気に入りの本を読んで、同じようにおもしろいと感じてくれていたらうれしいです」
この世田谷233では、書籍以外にも自分のブログをまとめた冊子を置いていったり、ノートにオリジナルの文章を書き、続きを次の人に託していくという利用者もいます。自分の作品をゾーンに提供するという楽しみ方は、本業がギャラリーであるこの店ならではかもしれません。
実は一番最初にゾーンに置かれた本は、まだ一度も持ち出されることなく、3年間置かれたままになっています。世田谷233代表の中根さんは、
「気になってときどき見ているのですが、本が旅立つ準備をして、本当に必要としてくれる主人をずっと待っているみたいに思えて、愛おしさを感じています。この本が、今誰かに持っていかれたら寂しいです。誰の手にも渡らない本にも、僕にとっては価値があります」と言います。
運営者ならではのブッククロッシングの楽しみ方もあるようです。
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初めてゾーンに置かれた本
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改めてブッククロッシング・ジャパン代表の財津さんにお話を聞きました。
——着実に定着してきていますね。
「30年間出版業界で生きてきた僕が今できることが、本の魅力を伝える手段としてブッククロッシングを定着させることだと思っています。より多くの人が本と接することができる機会を増やして、ファッション感覚や音楽を聴くような気軽さで、本を楽しんでもらえるようにしたいです」
今後について
9月30日、財津さんは、世田谷233で収録されたWebテレビに出演し、ブッククロッシングの活動についてPRしました。11月には、広島でブックフェスティバルを主催し、古本市やトークショーを行うほか、会場内にもブッククロッシング・ゾーンを設け、ひとりでも多くの人に本の魅力を伝えようとしています。
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財津さん自身も、ブッククロッシング・ゾーンから持ち帰った本がきっかけで、それまで好きでなかった時代小説を楽しむようになったそうです。ブッククロッシングが普及し、町中が図書館のようになれば、ふだん自分が手にしない本との出会いが増え、みんなの読書の幅が広がるかもしれません。
——でもブッククロッシングが広まると、新刊本の売れ行きに影響があるのではないでしょうか?
「ブッククロッシングが広まったからといって、本が売れなくなることはないと思います。それで本を手にすることによって、確かに1冊の本が売れなくなるかもしれない。でも、その本を楽しんだ人が、『この本おもしろいよ』と自分のまわりの人に広めれば、買って読んでみる人や図書館で借りる人が増えることも考えられます。そうすれば、日本中の図書館が、その本を購入するかもしれませんよね。 世の中では出版不況といわれていますが、その理由は読書人口が減っていることだと僕は思います。活字離れに歯止めをかけるためには、多くの人が本に触れる機会を増やして、身近に本がある暮らしを実感してもらうことが一番だと考えています。そのために“ブッククロッシング”という試みは効果があるのではないでしょうか」
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——これからの展望を教えてください。
「あと2年以内にメンバーを2万人、公式ゾーンを500まで増やしたいです。将来、『ブッククロッシングがきっかけで本を好きになりました!』という世代が出てきたらいいですね」
2010年11月9日掲載 取材:真鍋