ボラ仲間の活動リポート
青森県に“たすけっこ”とよばれる小さな笛があります。
プラスチックでできた長さ4.5cmのおもちゃのような小さな笛ですが、強く吹くと「ピーッ」と大きい音が鳴ります。
“たすけっこ”は、子どもたちが何か危険に遭遇した時に助けを呼ぶための防犯笛です。青森県の青森市や黒石市、五所川原市、弘前市などいくつかの地域の小学校では、入学したばかりの1年生に“命を守る笛”として“たすけっこ”が手渡されます。
子どもたちの命を守る『たすけっこ運動』
青森市にあるボランティア団体「たすけっこの会」は笛作りを始めて9年になります。
きっかけは、2001年6月8日に起きた大阪教育大学附属池田小学校の児童殺傷事件でした。
「児童が巻き込まれ被害者となる事件が後をたたず、『なぜ?どうして?』という気持ちでした」
と語るのは、たすけっこ運動を立ち上げた奈良哲紀さんです。
「未来ある子どもたちの命が奪われたこの事件を繰り返してはいけない」と、事件の翌月から防犯笛作りを始めました。
最初は奈良さんと奥さんの2人だけの小さな活動で、100個近く作った笛を近所の小学校に配ることから始めました。「子どもたちを守りましょうよ」と近所の人に協力を呼びかけても、なかなか理解してもらえなかったそうです。
けれど、“たすけっこ”のことを知った近所の中学生が「自分たちもやりたい」と笛作りに参加するようになると、青森市内の中学校、高校にあっという間に広まりました。笛作りの活動をきっかけに「防犯パトロールをしたい」と申し出て、小学生の登下校の時間に見回りを始めた高校生もいたそうです。
そして、生徒たちの頼もしい姿が周りの大人を動かしました。今では病院や看護学校の生徒、消防署、建設会社、自動車販売会社、電気機器の販売会社など地元の企業50社以上が、笛作りの他、笛の材料や紙の提供など、さまざまな形でボランティアとして協力してくれています。
“たすけっこ”の笛はこれまで12万個以上作られ、2006年には大阪の池田小学校の全児童に贈られました。他にも北海道、宮城、東京、山梨、新潟などの子どもたちにも届けられています。
ある小学校で「“たすけっこ”を配って一週間後に1年生が不審者に襲われかけたが、笛を吹いて助かった」という報告がありました。
今は、小さな笛よりも高性能な、防犯ブザーや携帯電話などの防犯グッズが普及しています。しかし“たすけっこ”はたくさんの人の手によって作られ、たくさんの人の子どもを思う気持ちが込められています。
ボランティアの人たちが授業や仕事の合間をぬって作ったたくさんの笛は、一枚のメッセージカードを添えて子どもたちに贈られます。「命を大切にする心をはぐくむ たすけっこ運動」と印刷されたカードには、ボランティアの人たちの手書きのメッセージが書かれています。
「みんな見守っているよ」「交通事故に気を付けて」「今日も元気にみんなで楽しくあそぼう」子どもたちが健康で安全に過ごせるように願いを込めたメッセージです。
中学生が活躍している笛作り
青森県黒石市にある黒石中学校ではボランティア委員会が中心となって“たすけっこ”を作っています。 黒石中学校では4年前に、心臓病の女の子の海外移植手術のための募金活動をきっかけに、ボランティア委員会が作られました。そして「命を大切にする活動をしたい」とたすけっこ運動に取り組み始めました。クラスや部活動の休み時間を使って多くの生徒が笛を作っています。
黒石中学校の生徒たちが活動の中で大切にしていることは、自分たちの手で直接小学生に“たすけっこ”を渡すことです。近くの4つの小学校に一週間かけて配りに回っています。
ボランティア委員長を務める3年生の葛西朝華音さんは、
「1年生が『ありがとう』ってもらってくれるのがうれしいんです。動物のイラスト入りのメッセージカードを見て『おさるさんだね』って話しかけてくれたりします」
“たすけっこ”作りの様子を見せてもらいました。この日作業を行ったのは2、3年生のボランティア委員会の生徒8名に加えて、さまざまな職業の人が集まる「弘前西ロータリークラブ」の方々10名です。
笛作りの指導をするのは中学生です。てきぱきと材料や道具を準備して、ロータリークラブの人たちにていねいに作り方を説明していました。
時々楽しそうに会話をしながらも、手を休めることなく笛を作っていきます。ある程度の数ができたら、今度は子どもたちに向けてメッセージカードを作ります。
「知らない人についていかないようにしよう」「友達となかよくしよう」
この日作った笛は県内の小学校へ贈られ、余った分は沖縄の子どもたちにも贈られるそうです。
「黒石中学校では、小学生に笛を渡すときに、たすけっこの意味を伝える保護者向けの手紙を添えています。
「“たすけっこ”をただの“物”にはしたくないので、お父さんお母さんにも“たすけっこ”の意味をちゃんと理解してもらいたいです。そして親子で命について考える機会を持ってほしいですね」
と、ボランティア委員会顧問の佐藤貴子先生は言います。
青森市では全中学校が参加
たすけっこの会の事務局がある青森市では、運動が始まった翌年の2002年から市内の全中学校が取り組んでいます。これまで障害者施設の入居者の方々と一緒に笛作りをしたり、各学校の代表者が集まって「『たすけっこ運動』ボランティア大会」を行ったりしています。
青森市立横内中学校の櫻庭寿一校長先生は、
「たすけっこ運動は中学生が小学生のことを思い、それを「笛」という形にできるシンプルな活動です。
大がかりな準備がいらない、いつでも・誰でも・どこでもできるところがいいですね。障害のある人でも自分の伝えたいことをメッセージカードに書いてもらうことで参加できますからね」
最近では、青森市立新城中学校の生徒たちが近くの新城中央小学校を訪問し、“たすけっこ”作りの授業を行いました。
新城中央小学校の品田 浩教頭先生は、
「中学生は、笛作りの前に“たすけっこ”がどうして生まれたのかを、子どもたちに伝えてくれました。子どもたちは初めて自分がもらった笛の意味を理解できたようですね」と、うれしそうです。
この授業で6年生は、自分たちの卒業とともに新しく入ってくる1年生のために“たすけっこ”を作りました。6年生は気持ちを込めて作った笛を1年生に渡す日を心待ちにしています。
「笛を“もらう人”が“作る人”になり、循環していくんですね。『命を大切に』という気持ちがどんどんつながっていくのがすばらしいと思います」
命を大切にする心を育む運動
高校生と弘前西ロータリークラブによって「たすけっこ」街頭配布活動が行われた。たすけっこ運動は、子どもたちが危険から自分の身を守れるようにと始めた運動でした。何年も続けていくうちに、たくさんの人と人の繋がりが生まれ、ボランティアの人たち自身が命の大切さを共に考えようという運動に成長していきました。
たすけっこの会の奈良さんは、
「これ以上悲惨な事件の被害者を出さないためには、加害者を作り出さないようにしなければいけません。たすけっこ運動は、まさに加害者を作り出さないための心の育成をする運動になっていると思います。子どもたちのことを思って笛を作る生徒たちは、間違っても凶悪事件を起こす人間にはならないのではないでしょうか」
来年でたすけっこ運動は10年になります。
奈良さんは、もっと全国の人に知ってもらい、参加してもらいたいと考えています。
「こんな小さな笛ですが、『人を大事にしよう、人を守ってあげよう』という気持ちが生まれるならば、今の社会にはなくてはならない笛ではないかと思います。でも、いつか“たすけっこ”の必要ない、安全な社会になるといいですよね」
2010年10月12日掲載 取材:小保形
青森市立横内中学校は“たすけっこ”の活動が国際ソロプチミストに評価され、今年の「社会ボランティア賞〈青少年の部〉」を受賞しました。