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インタビュー

2008年8月 4日

写真:ボールを投げる かいぬま選手 〈ボッチャ選手〉
海沼 理佐(かいぬま りさ)さん


6球のボールをどう使って戦うか、相手との駆け引きが面白いんです。

ヨーロッパで生まれたスポーツ、「ボッチャ」。カーリングに似た競技で、1人6球のボールを目標となる白いボールめがけて投げたり転がしたりして、いかに相手のボールよりも近づけられるかを競うスポーツです。重度の脳性まひや四肢に重い機能障害のある人のために考案されたもので、1992年のバルセロナ大会から正式種目となりました。日本では、はじめて公式大会が開催されたのは1996年。それから12年、日本は悲願だったパラリンピックに初出場します。代表選手の1人、海沼 理佐選手にお話を伺いました。


Q.練習を見ました。ボールをうまく寄せていますね。思ったところに投げるのは難しくないですか?

海沼:体がちょっと曲がっただけで狙いとは違うところにボールがいっちゃったり、余計な力が入ってしまうとボールを離すタイミングがおかしくなってしまいます。ボールを転がすことなんて簡単そうに思われますよね。でも、腕だけではなく体全体を使って投げているので、障害をもっているとうまくできないんです。私は脳性まひで両手足ともまひの状態が違うので、力加減とか姿勢とか自分では保っているつもりでも、できていないことがよくあるんです。体をまっすぐにして崩さないというのは、結構神経を使うことなんです。すべてがうまくいって、ボールを目的のところにきちんと寄せられたり、思い通りに転がって相手のボールをはじいたりできると面白いですよ。

Q.ボールを狙い通りにできたときの面白さがあるのですね。ほかにどんな魅力がありますか?

海沼:競技は障害の程度によってクラスも決まっているので、自分と同じ障害の人と戦える。なおかつパラリンピックの種目でもあるので、競技で上を狙える。私のような脳性まひの人が、スポーツで世界の大会に出るというのは縁がないと思ってました。スポーツが好きで、ボッチャを知る以前から頚椎損傷の人や違う障害の人に混じっていろいろなスポーツをやっていたのです。でも、どれもあまり自分に合ってなくて、うまく出来なかった。脳性まひだと体力的にも運動能力の面でもついていけなかったんですね。だからボッチャのおかげで自分の人生も変わったと思います。

Q.人生が変わった?

海沼:ボッチャと出会って生活にメリハリが出ました。いま公務員として働いているんですけども、ボッチャで上を狙うには、もっと日常生活を管理しなくてはいけないのがわかったんです。だから体のことも含めて自分自身をすごく見つめるようにもなりました。疲れてくると集中力が切れてしまうので、疲れにくい体にするために食事とか体力維持に気を付けるようになりました。車いすにずっと座りっぱなしだと体が固くなっちゃうので、体が固くならないようにストレッチやマッサージをするようにもなりました。ほかにも去年の終わりから、精神面を鍛えるためにメンタルトレーニングも始めました。精神的に弱いと試合には勝てないですからね。

Q.メンタルトレーニングを始めるきっかけがあったのですか?

海沼:1年前の世界大会に出たとき、強い選手はすごく落ち着いていました。戦略もすごく考えていました。持ち玉の6球をうまく使って、相手にミスさせるように狙いにくいところや苦手そうなところにボールをもっていくんです。狙い通りにできる技術、しかもプレッシャーがあるなかでやれるのがすごいです。精神的にも強いんですね。自分にはまだまだ足りないことに気付かされたんです。それがきっかけです。メンタルトレーニングのおかげで、自分でも気付けなかった試合での弱さっていうのが、だんだん分かってきたんですよ。そこを克服して北京大会に挑みたいです。

Q.日本は初出場です。応援している人に見てほしいところは?

海沼:私たちみたいに重度の障害があっても、パラリンピックに出られるっていうことを、まずみなさんに知ってほしいです。
そして選手が1セットの中で、6球のボールをどういうふうに使って戦おうとしているのか、相手とどんな駆け引きをしているのか、すごく面白いと思うので見てほしいです。

ボッチャは障害の程度が軽い順にBC1からBC4までのクラスに別れます。海沼選手はBC2です。クラスによっては、ランプスという投球するための道具や補助する介助者が認められています。詳しくは、日本ユニバーサルボッチャ連盟のホームページをご覧ください。