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インタビュー

2007年10月30日

おだやかな笑顔の遙洋子さん 〈タレント・作家〉
遙 洋子(はるか ようこ)さん


介護される人が人生を生ききる
それが見送る人へのプレゼント

遙洋子さんがテレビ、ラジオで活躍しはじめたころ、遙さんの父(明治44年生まれ)は、家に帰れなくなることがたびたびあったといいます。認知症の症状があらわれはじめていました。その後、脳梗塞で倒れ平成4年に亡くなられました。認知症の症状が出始めてから看取るまでの5年間、兄やその家族とともに介護された遙さんにお話を伺いました。


Q.お父さんの症状が深刻になったのは、どんな状況になってからですか?

遙:リビング中うんこだらけになったときですね。トイレでおしっこをしようとしても出なくなって、きばってると立ったままうんこがでちゃう。でもわからなくて、それ踏んでリビングに戻ったりとか、寝室に入ったりとか。だからもう布団もじゅうたんも排泄物だらけ。でも、本人はしゃんとしてるんですよ。文句言うと「やかましい」とか言いながら怒るんですから。かくしゃくとしている父親と壊れている父親がセットになって存在していることを、排泄物だらけになってはじめて家族が受け入れられたんです。

お父さんに寄り添う遙さん

Q.お父さんを取り巻く介護の状況は恵まれていらっしゃったそうですね。それでも介護は大変でしたか?

遙:大変でした。私ね、家族介護は神話だと思ってます。できるもんじゃないですね。うち、兄が5人いて、お嫁さんもいて、家族全員集まったら20人くらいいるわけです。でも、ちゃんとできなかった。怪我だらけにさせました。
それに、赤ちゃんと勘違いしちゃうんですよ、介護が続くと。認知症もあって、脳梗塞で倒れて寝たきりになって、それでしゃべれないわけですから、ますます私の中では赤ちゃん化していっちゃったわけですね。で、私のしでかした粗相なんですけど、ご近所の奥さんとしゃべりながらオムツ替えるっていうことをしたんですよ、普通に。そんときに父は照れながら、愛想笑いしながら下半身隠したんです。認知症であっても、社会性はずっと残るんですね。個人の尊厳というのを実の娘でも忘れてしまうんです。そこを配慮できなかった申し訳なさってありますね。

Q.ほかにも苦労されたこと、つらかったことはありますか?

遙:一番つらかったのは、自分を責める感情ですかね。おむつでもなんでもなくって。仕事って家族の中でも地域の中でも、なんか尊いものって思われてますよね。私も仕事があるので、介護は週に1日と自分に課してたんです。でも仕事ってそんなに尊いことかみたいな葛藤があるわけですよ。じゃ、親のためだけにあらゆる自分の将来の展望とかを投げ打って介護に没頭できるのかというと、それも選びきれない自分がいるわけです。常にその間を揺れ続けるんですね。自分の立ち位置、人生の配分の仕方っていうんですかね、例えば介護を3割、自分の生活を7割にすると、なんで介護を3にするんだって攻め続ける7の時間があるんですね。

遙さんのご両親

Q.自分を責める感情が癒されるときはありましたか?

遙:父が骨になったときに思いましたけど、中途半端な看取りしかできなかった家族にとって癒しは何かっていうと、介護される側の人がいかに人生をのびのびと生きたかに尽きると思います。父は好き勝手に生きたんですよ。飲んで、暴れて、浮気して、「男三昧」にみんなに迷惑かけて。そしたら骨になった姿を見たときに、介護は成功とはいえないけれども、いい人生だったねって思えるような人生の残り香があるわけですよ。晩年の数年間の至らない介護なんて、彼が人生を生ききったことに比べると、たいした失敗じゃないと家族が思えるようになれたんですよ。
そのあと、母親も寝たきりになって見送ったんですが、母親のときは父親のときと比べると、仕事なんかで振り回されずに介護できたんです。でも寄り添ったぶん心が楽になるかと思ったら、寄り添えなかった父親のときのほうが心が楽だったですね。母は辛抱辛抱の昔の女で自分の人生後回しにして、人生を楽しく生きた残像を残せなかった。あまりにも家族に残した呵責が強すぎますよね。だから、やっぱり介護はその人の人生がどうだったかっていうことに尽きるんじゃないかと思うんです。その人の人生がよけりゃ見送ってもすがすがしいし、なんだったんだろうというようなものであれば、どんな見事な介護であったとしても悔いしか残らないですよね。だから人に迷惑かけてもいいから、もっと好きに生きようって思うようになりました。それが、介護される側にできる次世代へのプレゼントだと思います。

遙洋子さんはご自身の介護体験をつづった「介護と恋愛」を平成14年に出版。この本を原作に自ら脚本も手がけたドラマ「介護エトワール」が平成18年にNHKで放送されました。また、体験から見えた介護のあり方や家族介護をテーマに講演活動もされています。詳しくは遙洋子さんのホームページをご覧ください。別ウインドウが開きます。