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インタビュー

2006年12月20日

写真:柔和な顔の橋幸夫さん

〈歌手〉
橋 幸夫(はし ゆきお)さん

認知症になった人の
それまでの人生を考えて
介護したいですね

歌手の橋幸夫さんの母・サクさん(明治34年生まれ)は、幸夫さんを含め9人の子どもを育てながら、染め物店や呉服店を切り盛りしてきました。そのサクさんが80歳を越えて認知症になり、幸夫さん夫婦は介護に追われました。サクさんが平成2年に亡くなられた後、幸夫さんは、認知症の人とどう向き合うかをテーマに、各地で講演をされています。

Q.お母様が認知症になって、いろんな症状が出てこられました。その中でいちばん辛かった、たいへんだったと思うのは、どんなことですか?

橋:やっぱり徘徊(はいかい)ですかね。普通、調子がいい時は何でもなくて会話ができて、だけど、一回自分の部屋に入って、また出てきた時には、全然もう、朦朧(もうろう)とした感じでね。ぼおっと歩き始めたり。特に表に出たりした時には、もう全然別人になっちゃうんですね。その頃がいちばん、たいへんだったし、ショックでした。介護のほとんどの時間は女房がやってくれましたが、僕も、夜、帰宅してから、徘徊する母につき合って近所をよく歩き回りました。

Q.妄想も出てこられたようですね。

橋:本当にびっくりしたのは、「息子が私に乱暴してくる、襲ってくる」という妄想です。最初はおやじで、だんだん兄貴になって、最後は僕ですからね。犯人が変わるんですよ。それ、実際聞いていればまるでマンガなんですけれど、「布団まくって首しめるとか襲ってくる」と母親に言われるとね。なんでそんな妄想が出てくるんだろう。こっちは一生懸命介護しているのに・・・まあ、不可思議な病気ですよねえ。

写真:幸夫さんと妻の凡子(なみこ)さんに見守られて、お母様が笑顔

Q.ご自身の介護体験を経て、認知症の人と向き合う時に何が大切だと思ってらっしゃいますか?

橋:そうですね。やはり、介護する側が、いかにその病気の特質を理解するか、ということでしょうか。そういう認識をした上で対処していくのと、あんまりそういうことを知らないで対処していくのとでは、全然違うんですね。簡単に言えば、本人が言ってることやってることを、どうしても「なぜ、そんなこと言うの」「どうしてこんなことをするの?」と、否定しがちですよね。そうではなくて、「わかりました」「はい、そうですね」って、まず同調する。つまり合わせるということが大事だと思うんです。
例えば、本人が「財布を盗られた」と言ったとき、つい「そんなことはない」と否定してしまいますよね。でも、そう言ったら本人は、どうしても言うことをきかないんですよ。「そうだね。じゃあ、いっしょに探そうか」って言ってあげると落ちついてくるんです。「そうかい、ありがとう」って言ってくれるんですよね。それくらい違います。

写真:幸夫さんに花束を渡す母のサクさん。サクさんは、歌手、橋さんの一番のファンでした

Q.まずは相手の気持を受け止める、ということですね。それから、どんなことが大切でしょう?

橋:妄想があるとか徘徊しているとか、その現象だけ見ていると、ただたいへん、介護が疲れる、で終わってしまうと思うんですが、そうじゃなくて、その人がどんな人生を歩いてきたのかな、という見方までできたら、いいですよね。子どものころから歳を取るまでどんな人生だったんだろう、ということを考えながら受け答えしてあげるするだけでね、だいぶ違うと思うんですよ。僕はそう思いますね。
僕はある人から、「赤い口紅塗ってあげてください」と言われたことがあるんですね。「おばあちゃん、きっとおしゃれがしたかったんです。特に明治生まれ、大正生まれの人は、みんな生活がきびしくて、もう夜も寝ないで髪を振り乱して、ただただ働いた、そういう人が多い。きっと女性だから、口紅を塗ってお化粧をしたかった。それを今してあげれば必ず喜びますよ」と言われて、ある日やったんですよ、口紅。そしたら本当に喜んで。自分がきれいになった、という意識なんですね。
そんなふうに、おじいちゃん、おばあちゃんを見つめていけば、その人の人生がわかってくれば、何が今、ほしいんだろうかということも少しはわかってくる。それによって、いろんな対応ができるんじゃないかと思うんですよね。

Q.なるほど。でも、目の前の介護に追われて、そこまで考えるゆとりがない家族も多いかもしれませんね。

橋:介護を家族だけで抱え込んだら、すぐに表情が辛くなります。共倒れしてしまうかもしれません。だから、介護のプロや、友だちや、地域の人たち、いろんな人の手を借りて介護する。第三者を入れて、適当なローテーションを組んで、自分も元気になるような介護をしなければならない。そして、いつも、おじいちゃんおばあちゃんに会うときには、にこにこ笑えるかどうか。ここがすごいポイントになると思いますね。

橋幸夫さんは、平成元年、ご自身の介護体験をつづった「お母さんは宇宙人」を出版。現在は絶版となっていますが、その続編とも言える「夢の懸け橋」を平成17年に出版されています。
NHKでは平成18年12月から「認知症になっても、誰もが安心して暮らせる社会」を作るためのキャンペーンを展開しています。様々な番組を放送し各地でフォーラムを開きます。