NHK HEARTS WEB版 フクシなワタクシ 思支史志
「地球上の全体がね、一人一人の個性ある人たちを受け入れることができる福祉施設的なものになっていくと…」 東京藝術大学 学長 日比野 克彦さん

“芸術×福祉” で目指す
共生社会

インタビューする人

今回のゲストは、アーティストであり、東京藝術大学の学長でもある日比野 克彦さんです。日比野さんは藝大在学中から、段ボールを使った作品で注目を浴びて、その後も作品発表以外に舞台芸術や広告など活動の幅を広げていきました。80年代ユースカルチャーを代表する時代の旗手となった後も、現在に至るまで日本のアートの最前線で活躍されています。
そんな日比野さんが、“芸術×福祉”というテーマで藝大に新しい風を吹かせようとしていると聞き、おたずねしました。 @東京藝術大学(東京 台東区)

日比野さんにとってのフクシとは
〈VOICE〉

目次

  1. 1. 藝大が掲げる“芸術×福祉” 福祉施設で新たな文化と出会う
  2. 2. アートの目で見れば 障害はハンディキャップではなくアドバンテージ
  3. 3. 日常の中に、当たり前にある福祉

中谷:お久しぶりです。なんかアルゼンチンから帰ってきたばっかりだって聞きましたけど。あれですか、サッカー関連ですか?

日比野:いやいや(笑)。『TURN』(※1)っていうアートプロジェクトで。でも、しっかりメッシのユニフォームは買ってきましたけどね。

中谷:日比野さんとアルゼンチンときたら、やっぱりサッカーかと思いました(笑) (※2)藝大在学中もサッカー部でしたよね?

日比野:そうそう。アルゼンチンの人もみんなサッカー好きですよ。ボール1つあればみんなで出来ますから、彼らにとってサッカーは1つのコミュニケーションなんですよね。

中谷:言葉の壁を越えるという点ではサッカーもアートも同じですね。で、いきなり話がそれましたが(笑)、『フクシなワタクシ』の第1回ということで、よろしくお願いします。

日比野:よろしくお願いします。

  1. ※1TURN…日比野さんが監修しているアートプロジェクト。障害の有無、世代、性、国籍、住環境などの背景や習慣の違いを超えた多様な人々の出会いによる相互作用を、表現として生み出す。
  2. ※2サッカーと日比野 克彦…サッカー好きが高じて、サッカーとアートが一緒に楽しめるアートプロジェクトを多数手がけ、2016年から公益財団法人日本サッカー協会の社会貢献委員会委員長を務める。

藝大が掲げる“芸術×福祉”
福祉施設で新たな文化と出会う

19852022

中谷:日比野さんは藝大在学中から、段ボールを使った作品で注目を浴びて、その後も作品発表以外に舞台芸術だったり、『YOU』(※3)の司会だったりと活動の幅を広げてきましたよね。80年代ユースカルチャーを代表する時代の旗手となった後も、現在に至るまで日本のアートの最前線で活躍されています。そんな日比野さんが2022年に東京藝術大学の学長になられて、新たなテーマを立ち上げて大きく動いている、と聞きました。

日比野:今、藝大は“芸術×福祉”というテーマで、新たな社会への変換をはかる大きなパワーを生み出していこうってことをやってます。

中谷:『芸術』と『福祉』って遠い言葉だと感じる人が多いと思うんですが、実際にどういった取り組みがあるんでしょうか。

日比野:ひとつは『DOOR』(※4)っていう授業があります。講師に、現代社会に生きづらさを感じている当事者だったり、福祉をより広い視点で捉え直す多様な分野の専門家だったりを迎えて、“多様な人々が共生できる社会”を支える人材の育成を目指してます。
さらに、もうひとつが『TURN』プロジェクト。アーティストが福祉施設や社会的支援を必要とする人々と時間を重ねて交流し、そこで共働した成果物を発信して、そのコミュニティーの魅力を伝えていくっていうものです。
日本だけじゃなく、ブラジル、エクアドル、ペルーなどでも展開していて、コロナで2年間行けなかったけども、ちょうどアルゼンチンでやってきたところです。

中谷:すごいですね。日比野さんも僕も藝大出身ですけど、これまでの藝大からすると、かなり大きく舵を切ってますよね。

日比野:うん。藝大が手を差し伸べてるっていうんじゃなくて、藝大が福祉から学び取ることがたくさんあるんです。それで最終的には、そこから学んだモノをアーティスト達がちゃんと自分たちの表現にしていく、っていう考え方をしていて。福祉の現場を、違う文化と出会ったり、違う価値観と出会ったりする場所として、カリキュラムに組み込んでるんです。

中谷:福祉施設を、違う価値観と出会える場所として捉えるのは面白いですね。どうしてそういう考えに至ったんですか?

日比野:そもそも僕自身、これまで福祉から教わることが多かったんです。それこそ、NHK HEARTSがやってる『NHKハート展』(※5)とかね。もう30年ぐらい前と思うんだけども、“詩に絵を添える”っていうのに、僕も参加させてもらいました。
それから、さらにもっと前、80年代に、“アールブリュット”(※6)って言葉さえも知らない頃にヨーロッパでぶらぶらしていて、そうとは知らずにアールブリュットミュージアムに入って「なんじゃこりゃ!!」みたいな作品に出会って。

中谷:そんな頃から始まっているんですね。

日比野:そう、衝撃を受けちゃって。そうしたら今度は、なんでこんな絵が生まれてくるのか、作者が描いてる姿を見たいって思うようになって。実際に見に行ったら、これまたびっくりするような描き方してるわけですよ。普通は、色鉛筆って、「空を描こうかな」って思ったら、好きな空の色を選んで、「次はリンゴ、じゃあ赤色かな」ってやるじゃない。そういうふうに使うもんだと思ってるじゃん。その人はそうじゃない。綺麗にグラデーションで並んでる色鉛筆を右から順番に使っていく。で、先が丸くなったら、鉛筆削りでガリガリって削って、使い終わったら隣の色に移る。見てるとどうも、その人は削りたいんだよね。ガリガリガリガリっていう音と振動が楽しいんだろうね。だから、色鉛筆を削るために、紙の上で擦って摩耗させてる。すると、紙の上にとんでもないカラフルなものが出来上がってくる。それ見た時に、「すごいな」と思って。

中谷:常識だと思ってたものがガラッと変わるような出会いが、福祉施設にあったんですね。

日比野:そう。そこから、単なる“福祉施設”っていうより、新たな文化と出会う“文化施設”だな、と思うようになって。アーティストって、違う文化と出会いたいし、価値を変えたいっていうのが根底にあるので、これはアーティストが行くべき場所だと考えるようになって、それで『TURN』プロジェクトを始めたんです。

中谷:なるほど。特に現代アートの世界では、「アートは問題を発見して、提起するんだ」ってよく言いますけど。まさに福祉の現場で発見したわけですね。

日比野:そうですね。問題提起っていうより、もっと根本的な「絵を描くことってなんなんだろう」、「人間って何」っていうような問いに出会ったって感じかな。
あとは、僕自身の活動を振り返ると、新潟でやっている『大地の芸術祭』(※7)とか『瀬戸内国際芸術祭』(※8)とかで限界集落みたいなところに行って、住人たちと一緒に作品を作ってきたけど、超高齢化の限界集落って、言ってしまえばマイノリティーのコミュニティーのひとつで。そこにアーティストが赴いて、一緒に作品を作って発信していくっていう点では、『TURN』や『DOOR』と同じ構図だなって、思うんです。

中谷:なるほど。日比野さん自身のアーティスト活動の中でも福祉的な視点が醸成されて、『TURN』に繋がっていくわけですか。

  1. ※3YOU…NHKの伝説的若者向けトーク番組。日比野さんは2代目司会をつとめる。(1985.10~87.3)
  2. ※4DOOR…『Diversity on the Arts Project』の略。社会人と藝大生が一緒に学ぶ。
  3. ※5NHKハート展…障害のある人がつづった詩を紹介する展覧会。1994年から現在まで定期的に開催。
  4. ※6アールブリュット…正規の美術教育を受けていない人による芸術のこと。
  5. ※7大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ…新潟県十日町地域で3年ごとに開催されるアートプロジェクト。
  6. ※8瀬戸内国際芸術祭…瀬戸内海の島々を舞台に3年ごとに開催される現代美術の国際芸術祭。
※credits: Guido Piotrkowski – Gentileza BIENALSUR.

アートの目で見れば 障害は
ハンディキャップではなくアドバンテージ

中谷:先ほどの話では『TURN』は海外でも行われているということでしたね。

日比野:そう、南米でよくやってます。現地で見てみると、自閉症とか障害がある子たちの施設って、日本と(ブラジルの)サンパウロでなんか似てるんですよ。スタッフの動きとか、利用者の動きとかがすごくそっくりなんです。それはなぜかというと、言葉を介さないでコミュニケーションしているから。自閉症でコミュニケーションを取ろうとしない子の場合でみると、日本とサンパウロとでも、アルゼンチンとでも似てるんですよ。それがなんかこう“地球人”みたいな感じで、すごくナチュラルな、まっさらな人間みたいな見え方さえしてきて。そういうのって、やっぱり交流しないとわからない。 あと、サンパウロの自閉症の施設のスタッフは日本に来てもできると思う。ケアの仕方が同じだから。「福祉スタッフのなり手がいない」とか、「利用者から感謝されなくてやりがいがない」って話を時々聞くけれども、他の国のスタッフと人材交流をやるとかなり意識が違ってくるんじゃないかと思ったりします。

中谷:なるほど。南米から学ぶことは多かったってことですね。

日比野:南米って、ほんと移民が多いんだよね。そういう個性豊かな土地にいると、いろんな個人差が見えてくる。一方、アートの根源って、その個人差にある。だからアート的な視点で障害者施設を見たとき、それすらも個性に見えてくるっていうね。
障害者手帳を持っている人が障害者で、そうじゃない人が健常者でっていう区別などなく、アートというものの尺度でみていくと、地球上の全体がね、一人一人の個性ある人たちを受け入れることができる福祉施設的なものになっていくと、アート的な視点でいうと、みんな繋がって生きられるのかな、というね。

中谷:いい話ですね。地球全体がもはや福祉施設なんだっていう想いですね。

日比野:福祉って言うと、視覚障害のある人に手を差し伸べて、「あなたの杖になります」みたいな、ケアする側、ケアされる側みたいな関係性が浮かびがちだけれども、自分とは違った価値観と出会いたい欲求があるアーティストからすると、「目が見えない世界って一体どんな世界があるんだろう」っていう関心の方が高くなって。

中谷:好奇心から関係性が始まるんですね。

日比野:そう。その世界を自分も体験したいってなるわけですよ。アート的な視点では、ハンディキャップじゃなくて、アドバンテージとして見なせる。福祉施設が“違う価値と出会える文化施設”になりうるっていう。

中谷:“芸術×福祉”で、価値観を変容させるんですね。アートによって、福祉というマイノリティーのコミュニティーに眠っている力を探り出して、伸ばしていく。なるほど。

日常の中に、当たり前にある福祉

2023

日比野:そもそもマイノリティーに関わらず、みんな違うわけですよ。みんなそれぞれのプラスのところやマイナスのところがあって、だからどこからどこまでが障害だとか言えないよね。全員がみんな違うわけだから。平均値が正しいわけでもないし。その点、アートっていうのは、地球上のみんな、それぞれの“らしさ”を認める力、“らしさ”を魅力と捉える特性があるので、それを社会の考え方の基盤に据えれば、ひょっとしたら多様性ある社会っていうのは築けるかもしれない。

中谷:うんうん。アートにとって福祉の現場が魅力的というだけでなく、アートと福祉が出会うところから社会が実際に変わっていくかもしれないということですね。 こういった“芸術×福祉”の日比野マインドは、藝大ではもうかなり浸透してるんですか?

日比野:『福祉』を含む社会的な課題に対しての意識は、前提としてみんな持ってますね。例えばSDGsって言葉は今、小学生でも知ってる。SDGsの歌を歌ってる。NHKが作ってたよね。(※9) なので、18歳で藝大に入ってくる子たちっていうのは、社会的な課題に対して、自分のアートがどう機能するかっていうのは、もう考えてる。今の子たちっていうのは、もう子どもの時から、地球環境がどうだとかSDGsだとかって「あ、世の中大変なんだ」ってわかってる。自分の出すプラスチックごみや、マイクロプラスチック…。そういう意識が高い子どもはたくさんいて、そっちの方が多いぐらい。アーティストになる前にそういう教育を受けてきた子どもたちが、作品を作ろうという時に、福祉をはじめとする社会的な課題をどうアートで捉えるか、関わっていくかっていうことを考えてるケースはかなり多いですね。

学生が福祉施設や障害当事者と交流しながら作品を制作していく

中谷:なるほどね。へぇ。僕らのころとは前提が違うんだね。

日比野:そう、例えば、自分のおばあちゃんが認知症になったとか、弟に障害があるとか、当事者ってすごくいる。みんな何かしら背負ってる。だから福祉っていうものが当たり前のように日常の中にある。
そもそもアーティストたちって人に言えないようなモヤモヤしたものがあるからこそ、それを作品にしたいって思ってアートの道に来てるので。今日も午前中、1年生の講評会に行ってたんだけども、学内の講評会だから、まぁみんなカミングアウトするわけですよ。「16歳の時に…」とか「祖母との関係が…」とか、いろいろ出てくる。だからこそ、そういう絵が生まれてくる。

中谷:藝大生一人一人の中に、福祉的な要素があるっていうことを前提にやってる。福祉っていう視点が誰の中にでもある、日常にあるっていう、日比野さんの考えに触れて、頼もしいなと思いました。
日比野さんが学生だった頃、日比野さんの登場によってアートやデザインのシーンが変わって、藝大が旋風を巻き起こしましたけど、また新しい風を吹かせようとしているわけですね。

2027

日比野:藝大があと4年で140周年になるんですよね。昔はアカデミックな学校だと思っていたけど、これからの140年、このままでいいわけないだろう、みたいな。藝大とはこういうもんなんだって思い込んでいる場合じゃないよなって今は思ってます。アートの可能性とか、社会との接点を探るっていうのを、もっと藝大全体でやるべきだろう、藝大が変わっていくことが社会にとってプラスになるだろう、と思ってますね。

  1. ※9SDGsのうた…SDGsを楽しく学んでいくNHKの番組シリーズ『ひろがれ!いろとりどり』内で『ツバメ』をはじめとした多数の楽曲を紹介。

日比野さんにとってのフクシとは

アートというものの尺度でみていくと、地球上の全体がね、一人一人の個性ある人たちを受け入れることができる福祉施設的なものになっていくと、アート的な視点でいうと、みんな繋がって生きられるのかな、というね。

(撮影:金子直生)

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