統合失調症は、100人に1人がかかると言われている、大変身近な病気です。ですが、身近な病気のわりに誤解の多い病気でもあります。例えば、一度病気になるとどんどん悪くなる、薬を飲むしか治療法がない、一度入院するとなかなか退院できない、病気になるともう働けないのではないか、など、いろいろな誤解があります。
必要なのは、病気についての正しい知識、生活をしていくうえで役に立つ様々な情報だと思います。情報は力になります。今日は、このフォーラムへの参加を申し込むときに書いていただいた質問を交えながら、そうした情報をお伝えしたいと思っています。
講師のお2人をご紹介しましょう。東京女子医科大学精神医学教室 主任教授の石郷岡 純(いしごうおか じゅん)さんと、帝京大学精神神経科学教室 教授の池淵 恵美(いけぶち えみ)さんです。
まず、統合失調症の治療は、今どういう段階まで到達しているかということについて、お2人に一言ずつお聞きします。薬を使った治療に詳しい石郷岡さん、いかがでしょう。
統合失調症の薬物療法が本格的に始まったのは、1950年代前半と言われていますから、50年少し過ぎたところです。
その間、いろいろな薬が作られるようになりました。特に1990年代から、新しいタイプの薬が続々と出てくるようになりました。それに伴って、薬による治療の成果も大分上がってきました。治療のあり方も随分変わってきました。今、そういう段階にあろうかと思います。
今日は、そういう話をしたいと思っています。お願いします。
リハビリテーションに詳しい池淵さん、いかがでしょう。
統合失調症の治療法は、薬物もとても進んでおりますし、リハビリテーションも随分進歩しております。統合失調症を抱えながら生きていくということについて、いろいろなサポートが受けられるようになっていますし、回復して、社会生活をするうえでいろいろなことが可能になっています。その人それぞれの、充実した生活が可能になってきている、と思います。
今日は、そういったことをお話できればと思います。
今日の構成は、次の通りです。
統合失調症とはどんな病気なのでしょうか。
冬に熱が出たり咳が出たり、ということになりますと、私たちは、普通、風邪をひいたなと思いますが、統合失調症の場合は、最初から、これは統合失調症だとわかった、というご家族やご本人は、少ないのではないでしょうか。
統合失調症と診断された、ある女性に話を伺いました。そのビデオからご覧いただきます。
ビデオの内容
2008年10月、「五行歌の会」が主催する、五行歌全国大会が開かれました。
五行歌とは、五行に書いた短い詩です。短歌と似ていますが、五七五七七にとらわれずに、自由な呼吸でつづれることから、人気が高まっています。
「五行歌の会」事務局の吉野比抄子さん。
吉野さんは、3年前に統合失調症と診断されました。薬を飲みながら働いています。
吉野さんは、病気と向き合ってきた日々のことを、歌に詠んでいます。
記憶を
遡っていくと
五年前の
失恋が
病の芽だった
吉野さんが調子を崩したのは、統合失調症と診断される5年くらい前のことです。大学を卒業し、ベビー用品の会社に就職して、まもなくのことでした。
わたしは
何も
言っていないのに
みんなは知っている
こころ泥棒がいる
(吉野さん)
「会社のある男の人が私のことを好きなんだけど、それを、周りのみんなが私に知らせてくれようとしている、という妄想にとりつかれていたんですね。
それで、そういう幻覚が見えたり、幻聴が聞こえたり、ちょっとおかしな事件というか、おかしいな、と思うことがたびたびあって、そこから、私が考えていることがみんなに知られている、みたいな感覚がありました」
遠い職場への異動が命じられたのを機に、吉野さんは別の会社に転職しました。五行歌の会の同人誌や歌集を作る出版社でした。
吉野さんは、大好きな五行歌の仕事ができると、はりきっていました。
しかし、幻聴や妄想は、しだいに強くなっていきました。
まわりが
全て
敵に見えたとき
わたしの心は
ぶち壊れた
(吉野さん)
「私だけ仲間はずれにされているような感じとか、私の知らないところで私のことを何か話しているような感じとか、きっかけがあって。それで心の中で怒っちゃったんですね」
幻聴によって心がかき乱され、心がかき乱されるとさらに幻聴がひどくなるという、悪循環でした。
(吉野さん)
「"自分が悪いのに、いつまでもここにいるなんて、ずうずうしいわね" みたいなことが聞こえてきたり、周りの人の声で "辞めると早く言え" みたいな幻聴が聞こえてきて、いたたまれなくなってしまって。発作的に "辞めます" みたいなことを言っちゃったんですね」
退職を申し出た翌日の夜。吉野さんは自宅でパニックを起こしました。「苦しい」と言って泣きわめきました。比抄子さんとお母さんは、お父さんの運転する車で、精神科救急医療を実施している地域の病院に向かいました。
号泣する
わたしを
母はふところに抱いた
精神病院へ向かう
車中にて
註:五行歌について詳しいことは、「五行歌の会」のホームページをご覧ください。別ウインドウが開きます。
今の映像に出ていました吉野さんは、妄想や幻聴という言葉で自分の体験を語っておられましたが、その体験が病気の症状だと知ったのは、診断、治療を受けてからのことだそうです。それまでは、「何となく不思議なことがあるもんだな」というふうに感じていたということでした。
では、石郷岡さんに、「統合失調症」はどんな病気なのか、ということからお聞きしたいと思います。
「統合失調症」は、かつて「精神分裂病」と呼ばれていました。精神が分裂しているかのような誤解を招く、偏見を生み出すとして、2002年、日本精神経学会が名称を変更して、今は、統合失調症という言葉が使われるようになりました。
発病率などを説明しましょう。
相当珍しい病気だと思われている方が多いのですが、100人に1人という数字は、日本に限らずいろいろな国の調査をみてもほぼ同じです。まあ2クラスに1人、という計算になりますので、けっして珍しくない、むしろ身近な病気だと思っていただいた方がいいかと思います。
発病しやすい年齢が10代後半から30歳代ということなんですが、「小学生でも発病するんでしょうか?」「50歳を過ぎても発病しますか?」という質問をいただいています。いかがですか?
まれですが、小学生でも、この病気を発症することはあります。また、中年、あるいは初老に差し掛かってからこの病気が発症することもあります。発病するのは、10代後半から30歳代だけ、ということはありません。
尚、心の病気は、症状が全部最初からそろって出てくるわけではないので、他の病気との鑑別が付けにくい場合が多々あります。高齢者の場合の認知症がそうですし、子どもの場合も、子ども特有のいろいろな悩みがありますので、診断は難しいことがあります。
今のビデオの吉野さんの場合ですと、様子が変だなと思ってから診断を受けるまで、5年間かかっています。その間、当然診断も治療も受けていないのですが、こうしたケースというのは結構あるものでしょうか?
病気が始まったと思われる時期は、診断の時点から遡って判断します。この方のように、診断をする時点よりも何年か前から病気が始まっていた、と思われる方は決して少なくありません。
一般的には、未治療であった期間が長い方の予後は、あまりよくありません。比較すると、未治療期間が短かった人の予後の方がかなりいいのです。そういう結果が、はっきり出ています。統合失調症をできるだけ早い時期に発見し、早く治療を開始するということが、非常に大事です。近年、特にこのことが強調されるようになっています。
症状についてお聞きします。症状は、病気の経過によって現れ方が異なるということです。
図に「急性期」「休息期」「回復期」とありますが、これはそれぞれどういう時期なんでしょうか?
「急性期」と一般的に言われている時期は、先程のビデオの方にもあったように、幻覚や妄想がかなりひどくなって、心が高ぶった様な状態です。そういう形で、周りの方にも「病気ではないか」というふうに気が付かれて病院にかかる、治療がスタートする、という時期です。
治療を始めますと、そのような状態は徐々に治まっていきますが、それですぐに健康を回復するわけではありません。しばらくエネルギーが落ちたような状態、疲れやすかったり、いろいろな症状がしばらく続く時期があります。これを通常、「休息期」と言います。心が回復していくためには、こういう時期を経ることも、ある程度必要なことだと思います。
「休息期」の後に「回復期」が続きます。ゆっくりゆっくり、もとの状態に向かって回復していき、比較的安定した時期を迎えて、それがその後続いていく、と、これが平均的な経過です。全員がこういう形をとるわけではありませんが、多くの方はこういう経過をとられます。
それぞれの時期で目立つ症状が異なります。急性期には、「陽性症状」と「不安・抑うつ」が目立つ。休息期と回復期には、「陰性症状」や「認知機能障害」が目立つ、ということだそうです。
まず、急性期に目立つ「陽性症状」から説明をお願いします。
心の症状ですので、患者さんによっていろいろな表現の仕方があります。ここに書かれているのは、比較的、患者さんが多く使う表現です。
陽性症状
「幻覚」の中で、「幻聴」は、現実ではない声が聞こえることです。現実ではないものが見えるのが「幻視」です。
「妄想」は現実には起こらないことを、本当だと思い込むことです。
ビデオの方は、「私は何も言っていないのにみんなは知っている、心泥棒がいる」という言い方をされていました。「自分の考えていることがそのまま他の人に伝わっている」という意味だと思いますが、これは、「考想伝播」と言います。「考想奪取」と言って、自分の心が誰かに抜き取られた、という感覚を体験する方もいらっしゃいます。
私も空耳の経験があります。あれ?声がしたけど誰かいるのかな?と思って見回しても誰もいない、そんな経験はあるのですが、そういう空耳と幻聴とは、はっきりと違うものですか?
ビデオにもありましたように、幻聴を体験した方は、心が巻き込まれてしまっている、それが本当の声ではないというような批判的な力が持てない状態になっています。非常に不安です。空耳は、自分で変だなと思えるということがありますので、そういう面では大きく違います。
「陽性症状」と同じく急性期に目立つのは、「不安・抑うつ」ですね。
そうです。次のような状態になります。
不安・抑うつ
続いて、休息期・回復期に目立つ症状についてお聞きします。「陰性症状」というのは?
気力が無い、集中力が無い、といった、一見誰にでも起こりうるようなことが、病気の症状として出てきます。
陰性症状
うつに似ている気もします。参加者の方の質問の中に、「うつ病の診断が統合失調症に変わった。そういうことがありますか?」というのがあったのですが、そういうことも起こりうるのでしょうか?
この症状だけをみる限りは、うつ病と鑑別するのは難しいです。逆に、うつ病の方にも幻覚や妄想が出る場合があります。ある時点の一時的な状態だけ見て判断すると、診断も違ってしまう、あるいは治療法も違ってしまうということがありますので、その方に起こっている状態を広く把握する、経過をしっかり見る、ということで最終的な診断を確定していかなければなりません。
註:「認知機能障害」については、フォーラム第2部で解説しています。別ウインドウが開きます。
続いて原因についてお聞きしたいと思います。これも多くの質問が寄せられました。「原因解明はどこまで進んでいるんですか?」「どういう人がなりやすいんですか?」といった質問が来ていますが、石郷岡さんいかがですか?
原因という言葉を聞いたときに、いろいろなことを思い浮かべる方がいらっしゃると思います。
かつて言われていたような「親の育て方」だとか、その人の「性格」だとかいうことが、この病気の発症に直接関係することはない、ということがわかっています。また、何か嫌な体験をしたので発病したのではないか、と考える人もいると思いますが、嫌な体験が直接、病気を引き起こすわけでもありません。
では何が原因かと言いますと、広くいえば「ストレス」と、「ストレスをうまく処理していく力」「うまくストレスに対応していくような力」との関係で、そのバランスが崩れてストレスに負けてしまったようなときに、こういう病気の症状が段々はっきりしてくるのではないか、と考えられています。
「脆弱性・ストレスモデル」と言われているもので、右の図のように、ストレスが強くて、ストレスに対応できる限界、閾値(いきち)を超えると、発病したり再発したりするという考え方です。ストレスが閾値以下であれば、発病したり再発したりしません。
「脆弱性」というのは?
脆弱性という言葉は難しく思われる方もあるかもしれません。「脆い(もろい)」という字が書いてありますね。よく、ストレスに強いとか、弱いとか、言うと思いますが、基本的にはそれと同じように考えていただいてよいと思います。
もともとストレスに対して脆い傾向をもっている方は、右の図で言えば、ストレスに強い方と比べて閾値が低いのです。ストレスに弱い方は、比較的弱いストレスでも閾値を超えてしまいやすく、発病や再発につながる、と考えられています。
そうすると、ストレスに耐える力をつけか、強いストレスを避けるようにすれば、再発を防げる、ということなりますか?
そういうことになります。右の図のように、治療でストレスに強い力を回復する、つまり、閾値を上げれば、再発しにくくなります。また、ストレスを管理して、閾値を超えるような強いストレスを避けていけば、再発しにくい、ということになります。このふたつが、再発予防の基本です。
その「治療法」と「ストレス管理」について、順に伺います。最初は、治療法です。
先程のビデオの吉野さんの、入院してからの回復の過程をビデオでご覧いただきましょう。
ビデオの内容
吉野さんが入院したのは、精神科病院の急性期治療病棟でした。興奮や不安が強い急性期の患者さんを対象に、3ヶ月以内の退院をめざす病棟です。
医師の処方で、吉野さんは薬を飲むことになりました。幻聴や妄想を抑える「抗精神病薬」、不安を抑える「抗不安薬」、寝付きをよくする「睡眠導入剤」です。
休養と睡眠をたっぷり取りながら、症状が和らいでいくのを待ちました。
(吉野さん)
「ちょっとしばらくの間は、廊下を通っている人の声が、私のことを言っているように聞こえたりとか、そういう感じは何日間かはあったんですけど、そのうち、知らず知らずのうちに、そういうものが消えていって、わりと入院中は、落ちついて過ごせていました」
治療以外にも、吉野さんの回復に役立ったものがあります。周りの人たちの暖かい気持ちです。
精神障害2級の友が
精神障害3級のわたしを
おもいきり励ます
治る、治る
ぜったい治るよ
お菓子の差し入れ
励ましの
手紙やメール
わたしは
独りではなかった
中でも吉野さんを勇気づけたのは、両親が病室に持ってきてくれた、五行歌の会の同人誌でした。主宰の草壁さんの日記コーナーに、吉野さんの職場復帰のことが書いてあったのです。
(吉野さん)
「"病気が良くなったら戻ってきてもらおう" ということを書いてくださいました。戻りたいなあという気持ちがどんどん強くなって、早く元気になろうという気持ちが出てきたと思います」
吉野さんは、病院から会社に電話をしました。迷惑をかけたと思っていた社員たちからは、思いがけぬ反応がありました。
(吉野さん)
「全員の人が電話口に出てくれて、"大丈夫ですか?" とか、励ましてくれたりとか、心配して話をしてくださって、みんな心配してくれているんだなあ、という気持ちがすごく伝わってきて、すごくうれしかったです」
精神病になって
なお
信じられる友がいる
わたしはきっと
この試練に克つ
精神科病院に入院してから2ヶ月。吉野さんは退院して、自宅に戻りました。
薬を飲んで休養して、そして友人や会社の同僚たちの励ましの中で回復していった吉野さんでした。
池淵さん、ご覧になっていかがですか。
吉野さんが、苦しかった時期を周りの支えで乗り越えられていく様子が、よくわかりました。この周りの支えというのは、とても大事です。
先程のスライドで閾値というのが出てきてましたが、不安になったり緊張したりすると閾値が下がって、いろいろな症状が出やすくなるということがあります。具合が悪いときというのは、1人相撲で自分の中でどんどん不安が膨らんでしまうという状態なのですが、そういうときに周囲の人々が支えてくれると、少し閾値が上がる、つまりストレスへの抵抗力が高くなって回復に向かう、ということがあるのかなと思います。
質問の中に、「入院治療の是非について教えてほしい」というのがありました。精神科への入院というのは抵抗感がるある方もいらっしゃるようですけれども、池淵さんは病棟医長をお務めですよね、入院治療については、どのように考えてらっしゃいますか?
入院しないで、慣れた家でご家族と一緒に過ごせるということが、可能でしたら一番いいと思います。環境が変わると、それはストレスになります。ですが、入院した方がよい場合もあります。
ビデオの吉野さんのように、混乱してしまっていて、ご家族もどうしていいかわからない場合ですとか、ご家庭の中がゆっくり休める環境でない場合、家にいると仕事のことが頭から離れない場合、そういう場合ですと、一旦、刺激になるような状況から離れて、病棟でゆっくり休養することがよいと思います。それから、混乱しているときにご家族が支えるというのは中々難しいのですが、病院ですと専門家がいてご本人の不安を和らげるサポートができる、そういうことがあるので、入院が向く場合も結構多いと思うんです。
かつてと違って、長く入院をするということではなくなってきていますので、是非主治医と相談されて、どっちがご本人のメリットになるのかということで、判断していただけたらいいと思います。
ビデオに出てきた病棟もとても明るくてきれいでしたが、精神科の病棟の環境は、今とても良くなってきていますので、ご心配だったら、ご本人とのぞいてみて、これだったら安心できるね、というところで入院を決めていただくというのも、とてもいいかなと思います。
それでは、治療法について詳しくお聞きしていきます。まず薬物療法に詳しい石郷岡さんにお聞きします。ビデオの例のように複数の薬を組み合わせて使うということは多いのでしょうか。
はい。ただし、複数の薬と言っても、種類が複数、という場合が多いです。
中心になる薬が、「抗精神病薬」です。統合失調症の治療薬ということです。病気の方の場合、ストレスに抵抗する力が弱まっている、と申し上げましたが、この抗精神病薬は、その力を回復してくれる薬だと考えてください。
ただ、この薬だけで現在ある症状が直ちに消えていくわけではないので、その方に現れている症状にあわせて、別の薬を使います。こちらは症状に対する薬ということで、抗精神病薬とは少し意味合いが違います。眠れない方には「睡眠薬」、不安が強い方には「抗不安薬」、ほかに、「鎮静薬」や「気分安定薬」といった薬を併用することがあります。したがって、薬の種類としては複数になることが多いです。
抗精神病薬については、たくさんの質問が寄せられています。
抗精神病薬についての質問
1つずつ石郷岡さんにお尋ねしたいと思います。
まず、薬はいつまで飲むのでしょうか?
これに対する答えは、実は非常に難しいです。この後にも出てきます「再発」という問題と密接に関係したご質問です。
先程のビデオの方のように、治療すると元気になられて退院されますが、あの方くらいまでお元気になった場合でも、薬をやめたまま過ごすとどうなるかといいますと、平均ですが、1年間の間に約50〜60%の方は再発します。さらに3年間くらいすると90%以上の人が再発すると言われています。
したがって、この「再発を防ぐ」ということが、一旦元気になった後に、非常に大事なポイントになります。その為に、この抗精神病薬を飲み続けていく必要がでてきます。
薬の量は急性期のころと比べて、2分の1、3分の1に減らすことができる場合が多いのですが、まったくやめてしまうというのは現実的ではありません。患者さんには、今申し上げたことを説明して、できるだけ長く飲んでいただくようにしています。
関連する質問ですが、次の「薬を飲めば完治するか?」ということについては、いかがでしょう?
先程説明した陽性症状、例えば幻覚や妄想というのは、症状としてはかなりびっくりするような症状だとは思いますが、案外、治療すると消えやすい症状でもあります。一方、陰性症状、例えば、気力がないといった症状は、比較的長く続きやすい、後まで残りやすいという性質がもともとあります。そういう意味で、薬を使った場合の症状の消え方というのは、症状の種類によって少し違う、ということも御理解いただければと思います。
薬をどんどん増やしていくと、どんどん効果は高まるものですか? いかがでしょう。
薬の量を増やしていけば、あるところまでは効果は高まります。しかし、それ以上いくら薬を増やしても、効果はあがっていかないポイントがある、と考えられています。そして、さらに薬を増やしていくと、今度は副作用ばかりが増えていく、というのが一般的な傾向です。
よく名前を聞きます、神経伝達物質ドパミンというものを例に、もう少しご説明をいただきます。
脳の中にあるドパミンという物質が、人間の心、特にストレスに対する抵抗力という部分で、非常に重要な役割をはたしていると考えられています。我々は、普通の生活の中でいろいろなストレスにあいますが、そのつど、このドパミンの量が調節されて、それによってストレスに対する抵抗力を強めたり少し弱めたり、ということをしています。誰にとっても非常に大事な物質です。
ところが、統合失調症の方では、このドパミンの量が出過ぎてしまってる状態にあるのでないか、と言われています。
出過ぎてしまいますと、本来このドパミンという物質が担っているストレスの抵抗力が、出過ぎたためにかえって弱まってしまう。出れば出るほどストレスに対する抵抗力が強まるのではなくて、出過ぎることによってかえって抵抗力が弱まってしまう、と考えられています。
そういう状態になりますと、人には妄想や幻覚が起こってくるらしいのです。
では、どうしたらいいかというと、薬でドパミンの量を抑えます。すると抵抗力が増してきて、その結果として妄想や幻覚も静まっていく、健康な状態に戻っていく、とこういうふうに理解していただければと思います。
しかし、薬をさらに増やしてドパミンを減らしていくと、今度は逆に、「前かがみになる」などの副作用が出てきます。
いろいろな本にドパミンという物質の事が書いてありまして、中には、「ドパミンは悪者なんだ、これを叩き潰さないといけないんだ」みたいなふうに錯覚している方がおられますが、それは間違いです。
多すぎると良くないのは事実ですが、少なすぎても良くない、適切なところにもっていくということが治療の一番のポイントだということをご理解いただければと思います。
「ちょうどいい塩梅」というのが一番大事、ということなんですね。
薬についての質問に戻りますが、「副作用が心配」ということで、こちらも多くの方から質問を頂いています。どんな副作用が出ることがあるのでしょうか?
この抗精神病薬という薬は、今でてきましたドパミンという物質による情報の伝達を抑える方向に働きます。したがって、この薬に期待されている、この薬に求められている作用から起こってくる副作用というのがあります。それと、この薬に求められいるとは直接は言えない作用から起こってくる副作用と、無くて全然かまわない作用から起こってくる副作用と、大別できるわけです。
抗精神病薬の副作用
多くは軽減可能
ここにあります、のどがかわく、便秘がする、めまいがする、こういった副作用は、この薬に本来なくてもいい作用です。ですが、しばしば伴ってしまいやすい作用から起こってくる副作用というふうに言えると思います。
それから、その後の、前かがみになる、手が震える、ろれつが回らない。こういった副作用は、この薬のドパミンに対する作用とちょうど表裏一体の関係にある、通常、薬の量が多すぎるときに出てくる副作用です。
副作用という言葉を聞くと非常に怖い感じがするかと思いますが、ここに出てくる副作用は、多くは軽減可能ないしは治療可能なものです。こういう副作用が出たから直ちに薬を飲むのを止めなければいけない、と必要以上に恐れるのは、回復をめざすうえでは好ましくありません。
そのほか、どんな副作用がありますか?
とりわけ、次のような副作用には注意が必要です。
恒常的に残るもの
副作用を引き起こしにくい薬を最初から選択
少ないですが、比較的長く続いてしまうような副作用があります。「遅発性ジスキネジア」という副作用が、そのひとつです。お年寄りの方によく見られる、口をもぐもぐさせるような運動があると思いますが、あれがこの薬を飲んでる方に起こってくることがあります。この場合は薬をやめても、短期間には回復しないということがあります。
こういうことを起こしにくい薬が、今増えてきてますので、そういう薬を最初から選んでいく、という方法がとられるようになりました。
まれだが、命にかかわるもの
すみやかに治療
「悪性症候群」という副作用は、本当にまれなのですが、起こりますと命にかかわる場合があります。高い熱が出たり、意識がぼうっとしたり、大量の汗をかいたり、そういった症状が出ます。ほっておくと、まさに命にかかわることがありますので、速やかに治療しなければいけません。
ただ、これに関する知識は、専門家の間には広くいきわたっていますので、専門家が診れば重篤にならないうちに直ちに対応できます。命にかかわるような事態になることは、本当に少なくなりました。ちょっと変だなと思ったときに相談していただければ、大事に至らないように対応できますので、その辺はご安心いただきたいと思っています。
効果が高くて副作用が少ない方がいいに決まっていますから、そういう薬を、医師と家族と本人が話しあいながら探していく、変わったことがあれば、すぐに医師に伝えることが大事になりますね。
その通りです。
薬についての質問を続けます。「新しい薬について教えてください」ということです。このところ家族向けの雑誌などにも、「新規抗精神病薬」「新世代型抗精神病薬」「非定型抗精神病薬」と、いろいろな名称の薬が登場していますが、これはどんなものなのでしょうか?
名称はいろいろありますが、みな同じものです。1990年代位から続々と出てきた薬の全体を指すことばで、「従来型抗精神病薬」と比較する意味で使われます。
新規抗精神病薬
新規抗精神病薬も従来型抗精神病薬も、先程出てきたドパミンに対する作用という基本線は同じです。しかし、「新規抗精神病薬」は、そこに、薬を作るうえでのいろいろな工夫が加えられていまして、結論的には、効果は少し上がっている、副作用は、特に神経系に対する副作用は大幅に減ってきている、という薬になりました。したがって、薬を長く飲んでいくうえでは大幅な改善がされた薬、と考えて下さい。
「単剤使用が原則」というのはどういう意味なんでしょうか?
単剤という意味は、「抗精神病薬は一剤である」という意味です。ほかに睡眠薬を飲んだりすることはありますが、抗精神病薬を2種類も3種類も使う必要はない、というのが原則です。
以前の薬は、効果が不十分であることもありましたし、興奮を鎮静させることに主な目標が置かれていた時代がありましたので、結果として、多剤と言って何剤も使ったり、大量の薬を使ったりすることがありました。が、今の薬の時代になりまして、こういった薬を使って社会復帰を促進していくという方向に治療の目標自体が随分変わってきました。社会復帰を目標とする上では、単剤で使うことがより好ましいということがデータ上もはっきりしています。
鎮静をしすぎると社会参加が難しくなるということですね?
入院された時点では、興奮した状態を鎮静させる、落ちつかせることが非常に大事だ、という場合がありますが、そればっかりを目標にしてしまうと、ある程度対落ち着いたあとは、逆に、社会復帰の妨げになるということがあります。この病気は、時期や状態に合わせて柔軟に治療法を変えていくことが非常に大事で、鎮静ばかりを目的にしてはいけないというのが、昔の薬の時代に行われた治療法に対しての、我々の反省でもあります。
それから、「薬の開発の最新事情について聞きたい」という方が大勢いらっしゃるんですが、どうでしょう? どんな症状にも効果がある薬、みたいなものの開発は進んでいるのでしょうか?
そういう理想的なものを常に求めていくという方向性は、今も継続中です。新規抗精神病薬を使って治療をしている方が増えてきていると思いますが、まだまだ自分の期待通りになっていない、もっともっと良くなってほしいと思われる方が、ほとんどではないかと思います。
これまで続けられてきた様々な改良をさらに推し進めて、これからも何年かに一回くらい、新しい薬が出てくると思います。
今度は、池淵さんにお聞きします。「薬物以外に症状を抑える方法はないのでしょうか?」という質問が来ているのですがいかがですか?
石郷岡さんのお話にありましたように、抗精神病薬は脳に働いて、ストレスに対応する力、健康な力、そういう脳の機能を高めて、結果的に症状が和らぐわけです。一方で脳に物質で働きかけるのでなくて、言葉や日常のいろいろな活動を通して健康な力を高めていく、それで結果的に症状が和らぐという方法があります。それが「リハビリテーション」と呼ばれるものです。
薬とリハビリテーションは、目標は一緒です。元気が出てきたり、いろいろな日常生活のやりやすさが出てきたり、そういう目標は一緒なんですけど、道筋が違う、ということですね。
リハビリテーションもさまざまな方法があるそうですね?
はい。私の病院で、特に力を入れているのは、次のようなリハビリテーシンョンです。
リハビリテーシンョンの例
SSTは、周りの人とうまくつきあっていく、自分の考えや感情とうまくつきあっていく、それから薬や症状とつきあっていく、など、より上手な生活のしかたを練習するものです。認知行動療法と言われている治療法の一種です。わかりやすく言えば、健康な力を高めるために、ロールプレイなどを使って練習をするというものです。
心理教育というのは?
統合失調症の場合、例えば血圧がいくつであるとか、血糖値がいくつであるとか、そういう分かりやすい目に見える指標がありませんよね。心の中に起こってくる変化というものは、なかなか気づきにくいし、周りも分かりにくいものです。ですから、そういうことを情報として詳しく伝えていって、心が混乱するような状況にどういうふうに対処していくのか、そういうことを練習していただいたり、学んでいただく。場合によっては、ご家族どうし、ご本人どうし、仲間と対処法を交換する。そういうものを「心理教育」と言っています。
ご家族に行う場合には、「家族心理教育」「家族教室」などと言います。リハビリテーションの技術はたくさんあって、言葉でのやり取りが向いている方もいますし、作業をやったりお料理を作ったり、体を動かしたり、ということの方が楽な場合もあります。人によるし時期にもよるので、何が向くかということを専門家と相談しながらやっていっていただけたら、と思います。
ビデオの吉野さんのご両親も、入院した病院の家族教室に参加して、いろいろ学ばれたんだそうです。ご両親は、「心臓の病気などと同じように、普通の病気だと思えるようになった、楽になった」というお話をされてらっしゃいました。池淵さんの所の家族教室では、例えばどんなことを強調されるんですか?
一番最初に強調するのは、ご両親の育て方が病気の原因ではない、ということですね。私の育て方が悪かったのかしら、と自分を責める親御さんはとても多いです。特にお母さんはそうだと思います。そうではないですよ、育て方が病気の原因ではないですよ、今の医学で分かっていることを勉強して上手につきあえるようになってください、と、最初に言うようにしています。
上手なつきあいかた、ということですが、例えば、「子どもが妄想の話をするときには、どうすればいいのでしょうか?」という質問がきていますが、いかがでしょう?
いくつかコツがあると思います。
具合が悪くてとても混乱しているときと、落ち着いてきてお薬も飲んでいるのだけれど、持続的に幻聴や妄想があるときでは、ちょっと考え方が違います。
幻聴や妄想とのつきあいかた(具合が悪いとき)
具合が悪くてとても混乱しているときは、ご本人は、先程の石郷岡さんのお話でも出てきましたけれど、本当に起っている出来事だと思っています。
例えば、幻聴で悪口が聞こえてきたら、周りの人が私のことを悪く言っていると思い込みます。周りもびっくりしてしまって、「そんなことないよ、あなたの思い過ごしだから落ち着きなさい」と言ったり、「そんなことを考えるのはよしなさい」と言って蓋をしてしまおうとしたり、そういうことが起こりがちです。しかし、本人は辛いことがいっぱいで聞いてもらいたいわけですから、周りの人は、じっくり聞いて、それをすぐに変えようと思わない、そんなやりかたがいいと思います。
「そんなふうに思うんだったらほんとに辛いよね」「周りが悪く思ってると感じたら、落ち込んじゃうよね」と、そういうところに共感をしてあげて、そのご本人の気持ちを安心できるような方向で、よく睡眠をとったり、食事をゆっくりして家族とくつろぐという、そういうサポートをしてただくというのがいいと思うんですね。
幻聴や妄想とのつきあいかた(落ち着いてきたら)
落ち着いてくると、少しずつですけれども、ご本人も、「もしかしてこれって、私が他の人と違うことを考え過ぎてないだろうか」とか、「先生も言ってたけれども、これは幻聴で、私にしか聞こえない悪口なんだろうか」とか、幻聴があっても、少し冷静に見えるようになってくる。
こうなってくると、「じゃあ、幻聴が聞こえてきたときにどうしたらいいだろうね」というようなことを練習していけるようになるんですね。だからご家族の方も、先生と一緒に、「こういうつきあい方がある」「家でもやってみようか」とサポートしていただく。後は、楽しめることがあったり、安心できることがあったり、集中できることがあると、いろいろな症状が和らぐということがあります。自分にとってのうまい気分転換の方法ということで、例えば、ご家族が、「ちょっと散歩しようか」と言って誘っていただいて、ゆっくり外を散歩してくると楽になっているとか、そんなことを見つけていっていただけるといいと思います。
対応の仕方も語り出せば、いろいろな場面でいろいろな方法がありますし、ある方法があるとき成功したから次も成功するかといえばそうでもないです。家族会の中では、家族SSTという形で定例会を設けて、対処のしかたを勉強してらっしゃる家族会もあるようですし、詳しくお知りになりたい方は、家族会などで学んでいただければと思います。
註:全国各地に、精神障害者家族会があります。家族会の全国組織「NPO法人 全国精神保健福祉会連合会」のホームページはこちらです。別ウインドウが開きます。
第1部の最後は、「ストレス管理と回復・再発防止」です。
退院した後の吉野さんはどのように暮らしてらっしゃるでしょうか。ビデオをご覧下さい。
ビデオの内容
吉野さんは、退院してしばらく、自宅で療養しました。ソファで横になったり、編み物をしたりして、ゆったりと過ごしました。幻聴は消えたものの、退院してからしばらくは、時々、不安になったり焦りを感じたりしました。
(父 肇一さん)
「やっぱり、元気に "ただいま" とか "行ってきます" と言っていると、元気だな、と思うし、何か暗い感じがすると、ん?大丈夫かな?って気持ちになりますね。だからもう、彼女の表情ひとつひとつで、あ、良かった、あれ、大丈夫かな、と、その繰り返しですね」
(母 尊子さん)
「"早く仕事場に行きたい" と言うんです。先生は、"今までの分を取り戻そうとするんですよ。今まで休んだ分まで頑張ろうとされるんですよ" とおっしゃっていました」
ご両親は、病院が実施する家族教室に参加して、統合失調症について勉強しました。そして、比抄子さんがゆったりした気持ちで休めるように、焦らず見守ることにしました。
ゆりかごに
のっているような
父との
通院ドライブ
沈黙がやわらかい
診察はいつも
母子漫才のよう
病の子の母は
青空へつきぬける
朗らかさ
退院して3ヶ月後。吉野さんは、パートとして職場に復職しました。少しずつ働く時間を増やし、今は週に4日、出勤しています。
仕事は、同人誌「五行歌」と個人の歌集の編集です。復帰した頃は、簡単な作業だけやっていましたが、少しずつ元の仕事を増やしてきました。
職場の人たちは、全員、吉野さんの病気のことを知っています。それがとても楽だと吉野さんは言います。
(吉野さん)
「自分が苦しいときは苦しいと言えますし、自分の体調にあわせて仕事を進めることができるので、それをみんなが応援してくれているので、精神的に楽にお仕事をさせてもらっています」
(五行歌の会主宰:草壁 焔太さん)
「みんな歌を書いている人なので、病気のことを理解する感性、柔軟さはあると思うんですよ。専門的なことを勉強するという意味ではなくて。吉野さんが書いている歌を見て、"わあ、すごい" という感じをみんな持っているよね。敬意みたいなものを持っているからね」
病気になる前はたびたび残業していましたが、今は、5時に必ず仕事を終えることにしています。仕事は頑張る、でも、無理をしない。吉野さんは、そのバランスを、いつも心がけています。
(吉野さん)
「どっちか選ばなくちゃいけない、決めなくちゃいけないときには、"楽な方に楽な方に舵をきっていってくださいね" と、主治医から言われています。なるべく、実行しています。やりたがりなので、やっちゃう時も多いんですけど(笑)」
焦らずゆっくり、新しい人生を歩むつもりで生きていきたい。吉野さんはそう考えています。
病んだ記憶に
赤線をひいて
さみどりでえがきなおす
さぁここから
私の第二章がはじまる
ストレス過多にならないように気をつけながら、ゆっくりと回復を目指している、そんな吉野さんでした。
池淵さん、ご覧になっていかがでした?
こんなふうに皆さんが回復してくださったら素晴らしいなあ、と思います。
吉野さんご自身の回復には、「歌」が役に立っているのではないでしょうか。ご自分の気持ちをそのまま受け止められて、その上で、新しい方向に、「仕事は頑張るけど無理はしない」というように、ストレスに潰れない新しい生き方を模索されていらっしゃるようです。とても大事なことだと思います。
お父さんもお母さんも素晴らしい寄り添いかたをしてくださっていますし、会社の方も吉野さんに敬意を払っておられます。やはり周りの寄り添い方というのが、本当に大事かなあと思います。
そのストレスなんですが、あらためて、どんなストレスに注意しなければならないのでしょうか?
ストレスについては、すごく大雑把に分けると、3通りに分けると分かりやすいと思います。
ストレスを引き起こすもの
1つは、生活の変化に伴って急に降ってくるものです。例えば、転勤になったとか、引越しをしたとか、仕事が急に増えたとか、友達と喧嘩をしたとか、そういう、誰でも避けられないような生活の変化に伴うストレスです。これは分かりやすいですよね。
「自分の強い思い」というのは、自分がこうなりたいんだ、と思い描いているものがある。または、自分はそろそろ大人になったのだから自立しなくてはいけない。そういう思いに揺さぶられて、思わず頑張ってしまう、無理する中で知らないうちにストレスがたまってくる、そういう形のストレスです。
「思いがけず心を揺さぶられる体験」というのは、統合失調症の方にとっては結構多いし、意外なところにあるものです。些細なこと、ほんとにちょっとした友だちの一言とか、そんなことで揺さぶられる、これは外側のストレスの大きさと言うよりは、その人の持っている価値観によってストレスかどうかが決まってきます。
どういうストレスが調子を悪くするきっかけか、と一般的には言えません。私はこういうことが苦手、とか、ついつい無理して頑張りすぎてしまう、とか、昇進の時期になって友人が昇進するのを見ると私は揺さぶられてしまうんだ、とか、何が自分のストレスになりうるかを知っておくことが大事です。
考えてみますと、ストレスの全くない状態というのも現実的ではないですよね?
そうなんです。ストレスのない生活で、縮こまって小さく生きていたら、いきがいがないのでは、ということがありますよね。
一生懸命に何かをやろうとして調子を崩してしまう、しょっちゅう調子を崩してしまうという人の場合だと、ちょっとここを用心して、ということが大事ですけど、逆に、なかなか動けない人が、自分のご家庭の中でじっとしている場合には、誰かに背中を押してもらってでもいいんですけども、多少はストレスにもチャレンジしてみる。そういうバランスが必要だと思います。ストレスを避けるために小さく縮こまって、仕事は避ける、電話は避ける、恋愛は避ける、ということでは決してないです。
再発予防について、本人ができることは何か、整理していただきたいのですが。
一番大事なことは、とても分かりやすいですけど、お薬をきちんと飲むことです。特に、よくなってきたときに油断をするということがありますので、気をつけていただきたいと思います。
あとは、先程話しましたように、自分の苦手なこと、自分にとって落とし穴になることが分かるといいと思います。とは言え、これはなかなか本人には分からないので、主治医、自分をよく知ってる専門家、ご家族と話しておけると、役に立つと思います。
それから、3つ目ですけれども、再発には「前触れ」があるのが普通です。例えば友達と喧嘩をした、それで思わぬことになって、とてもショックを受けた、そういうことがあって、まず、前触れが出てくる。それから本格的な再発の症状が出てくるまでに、数週間かかります。この期間は、人によって違います。平均すると3週間くらい、短い人だと1日2日ですが、とにかく、前触れがあってしばらくしてから再発の症状が出ます。この前触れは、人によって、全然違います。
再発の前触れ(注意サイン)
注意サインが出たときに、どんなふうにSOSを出すかが重要です。休養する、ストレスを避けると言っても、自分ではうまくいかないことが多いので、周りに助けてもらう必要があります。会社をちょっと早引けさせてもらう、という場合も、周囲の方への働きかけが必要ですね。
前触れに気づいてうまく対処できれば、本格的に悪くならずに済むことがありますので、この辺りがとても大事です。
一方で家族の側が再発予防のためにできることですが、最近「感情表出」という言葉がよく聞かれます。
最初にこの考え方が出てきたのは、イギリスです。再発をしやすい患者さんと、そうでない患者さんがいるけれども、どうしてなんだろう、ということで、研究されて分かってきたのです。
ご家族に限らず周りの人、会社の人だったりとか、グループホームの世話人さんだったりとか、周りの人たちが、ご本人に対して刺激になるような感情を出していくことが、再発しやすさと結びついている、ということです。
感情表出(EE)が高い
子どもの回復を願ったり、心配したりするのも、親としては当然の気持ちでしょうけれど・・・
そうなんです、親御さんが一番強力なサポーターであることは間違いありません。ただ、ご本人とのかかわりかたは、今申し上げたように難しい面もありますので、家族教室か何かで、こつを勉強されたり、先輩のご家族に経験を聞かせてもらったりすることが、役にたつと思います。
データを紹介しましょう。感情表出が高い場合と、低い場合で、どのくらい再発率が違うのか、という調査結果です。
退院して9ヶ月後の再発率は、感情表出が低い場合は8.1%。高い場合は、45.7%。随分違います。また、感情表出が低くて、しかも薬をきちんと飲んでいると、再発率は6.7%と、さらに低くなります。研究する方によって数字は違いますが、感情表出が低いほうが再発率は低い、という傾向は一致しているそうです。
池淵さん、この感情表出に気をつける以外、家族は、どんなことに気をつけたらいいですか?
そうですね、次のようなことに気をつけるのも大切かと思います。
再発予防と家族
先程、前触れがあるというお話をしましたけれども、ご本人が気づける部分は、いろんな調査で6割、7割くらいなんですね。ところが、ご家族と一緒になって前触れをモニターすると、9割くらい前触れが分かる、というデータもあります。
なので、ご家族は、ご本人や専門家と話をしておいて、こんなことがあったら、ちょっと無理しないで休んだほうがいいね、とか、早めに受診したほうがいいね、とか、そんなことを話しあっておいて、ご家族も注意しておいてくださるとよいかと思います。
ただ、感情表出のところで言いましたように、ご家族が心配しすぎると、ご本人の負担になるということがありますので、さりげなくやっていただくのがいいですね。
もう1つは、そのさりげなく、というところとつながりますが、ご家族がご本人の病気を心配しすぎると、ご本人が安心できる、ゆったりした家庭ではなくなってしまいます。よくあるのは、お母さんが一人でそういうことを背負っておられて、くたびれてしまう、ということがあります。
お母さんはじめ、ご家族の皆さんが、病気のことや心配のことを気楽に話せるお友達、仲間、専門家といったものを持つことがとても大事です。また、家族の中の一人が背負うのではなく、ご夫婦とか、ご兄弟とか、ご家族みんなでサポートするのが大事だと思います。
以上、『第1部 病気を知って再発を防ごう』ということで伺ってまいりました。まとめをお2人にお願いしたいと思います。
石郷岡さんからお願いします。
この第1部を聞いて分かっていただけたかと思いますが、どうしてこんな病気になったんだ、と過去を振り返って見つめるのではなくて、これからどうやって治っていくんだ、どうやって回復していくんだという、前向きな視線を持っていただきたいと思います。
それから、今日出てきたお話は、ストレスに強くなる、ストレスをうまく処理していく、という話でしたが、我々誰もが、嫌な思いをして辛くなってもまた、心が立ち直っていきます、それと基本的には同じなのです。患者さんはもともとストレスに弱い傾向もありますので、回復していくスピードは遅いかもしれない、ただその基本は、誰もが持っている心の回復の過程と同じなのです。
したがって、患者さんの回復が確実に進んでいくように、温かく見守りながら支えていく、こういう取り組み方をしていただければと思います。
池淵さん、いかがでしょう?
本当に石郷岡さんが言われたとおりです。統合失調症というのは、社会の偏見だけではなく、自分の中での偏見もあると思います。嫌な病気になってしまった、と感じて、自分自身が本当に嫌になってしまう、そうなると、なかなか客観的に病気のことが見れません。回復にも影響してしまいます。
今日もそういう試みの1つだと思いますが、いろいろな機会に、ご本人もご家族も、閉じこもらないで外へ出かけていって、勉強したり、仲間を作る。焦らずに歩んでいっていただければ、回復ということが見えてくるのではないかと思います。
ありがとうございます。引き続き第2部もよろしくお願いします。第2部は、回復が遅れて10年、20年と病気と向き合う、そういった場合に役立つ情報について、お伝えしようと思っております。
第2部『回復が遅れていてもあきらめない』の抄録は、こちらをご覧ください。
1951年生まれ。北里大学医学部卒。北里大学医学部精神医学教室を経て東京女子医科大学医学部精神医学教室主任教授。専門は精神薬理学。
日本精神神経学会評議員。日本臨床精神神経薬理学会理事。日本神経精神薬理学会理事。
1953年生まれ。東京大学医学部卒。東大病院精神神経科勤務を経て、帝京大学医学部精神神経科学教室教授、および病棟医長。
日本学術会議連携会員、精神神経学会編集委員、精神障害者リハビリテーション学会常任理事、日本行動療法学会常任理事、SST普及協会運営委員。
。
NHK、NHK厚生文化事業団
厚生労働省、NPO法人 全国精神保健福祉会連合会、NPO法人 地域精神保健福祉機構
大塚製薬株式会社
終わり