今日はたくさんの方々にご参加いただきまして、どうもありがとうございます。
私が名古屋大学の精神科に入ったのは、昭和41年ですが、その頃から認知症、老年精神医学という領域を始めてから、主として認知症に関わってきました。その当時は、認知症は全然問題にもされなくて、アルツハイマーという名前すら、一般の人はもちろん知らないし、専門の人でも名前ぐらいしか知らなかったという、そういう時代でありました。
昭和40年代半ばに、有吉佐和子が「恍惚の人」という小説を書きました。そのころ日本はちょうど「高齢化社会」に入った時期です。つまり全人口の7%を65歳以上の高齢者が占める、高齢化社会に突入した時期です。その頃、有吉佐和子の小説が非常にセンセーショナルな影響を与えて、認知症が知られるようになったのです。
それからどんどん高齢者が増えて、現在は高齢者人口が20%を越えておりますので、既に「高齢社会」を経て、「超高齢社会」に入りつつあるという状況です。
それから、「レビー小体型認知症」というのは、私が見つけたのが1976年で、もう30年前なんです。その病気が今や、国際的に非常に良く知られるようになって、アルツハイマー病に次いで2番目に多いというぐらいの大きな病気になりました。そういうことで、今日は「認知症をよく知り適切な治療を」ということで、「アルツハイマー型認知症」と「レビー小体型認知症」を中心にお話をさせて頂きます。
まず、認知症とはなにか?ということですが、このように定義します。
【認知症の定義】
普通に機能していた知的機能が、後天的な脳の広範な障害により、
持続的に日常生活に支障をきたす程度に強く障害される状態
よく昔から日本ではボケという言葉がありますが、ボケとイコールではありません。認知症は、明らかに病的なものです。脳の障害のためにおこってくる病気です。したがって、認知症は、福祉だけではなく、医療が関与しなければならないものだと思っています。
次に、認知症ではどういうことが障害されるのか、ということです
【障害されるのは】
短期記憶・長期記憶 見当識 思考 判断 理解
仕事 日常の社会的活動 人間関係
記憶の障害が一番中心にあります。記憶障害のない認知症はありません。病気によっては、記憶障害があまり表面化しないで、後から出て来ることがあります。たとえば、「ピック病」という病気がありますが、この病気では早いうちは記憶障害は起こりません。ずっと遅れてから記憶障害が起こってきます。しかし、認知症の基本は、記憶障害です。まず、最近の事を忘れやすくなります。それから、昔のことを忘れやすくなります。「短期記憶」と「長期記憶」が、ともに障害されていくのです。
なお、記憶だけが障害される場合には、認知症とは言いません。「健忘症候群」という名前がありまして、認知症とは区別されます。認知症の場合には、記憶障害の他に、今日が何月何日なのか、平成何年なのか、あるいは、ここはどこなのか、とか、自分の配偶者とか子どもがわからなくなってしまう、とかいうような、「見当識」といわれるものが障害されます。
見当識以外にも、「思考力」、「判断力」、「理解力」が低下していきます。そのために、仕事に支障が出てきたり、日常のいろんな社会的な活動に支障が出てきます。あるいは、人間関係に支障が出てきたりと、日常生活にいろんな障害が出てきます。
それでは、認知症という状態は65歳以上の高齢者のうち、どれくらいの人におこってくるか、という事です。この統計を平均すると、だいたい65歳以上の高齢者の7,8%、ごく軽い人を入れると10%くらいで、1割に満たない人が認知症になります。ですから、90%の人は認知症になりませんので、それほど恐れることはないんです。
しかしながら、グラフのように、年を取ると、認知症になる人がだんだん増えてまいります。85歳以上になると、4人に1人が認知症になると言われていますから、これは大変なことです。しかも、最近の日本では、75歳以上の後期高齢者が増えてきています。後期高齢者が増えますと、当然認知症の率も増えるということです。非常にポピュラーな病気であるということになります。
したがって、早期発見・早期治療、また、予防といったことが、たいへん大切になってくる訳です。
グラフは、「老人保健福祉計画策定に当たっての認知症老人の把握方法等について」(平成4年2月老計第29号、老健14号)による。
クラールという人が1962年に、こういうことを言ってます。物忘れの中にも、良性の物忘れと悪性の物忘れがある、と言うのです。認知症の早期発見という点で、これはたいへん重要です。
良性の物忘れというのは、年を取ると多かれ少なかれ、誰にでも出て来る生理的な物忘れです。普通に経験する、人の名前がなかなか出てこないなどのちょっとしたことです。悪性の物忘れは、認知症に出て来る物忘れですから、あくまでも病的な物忘れです。
どういう違いがあるかといいますと、普通の物忘れは、ある体験の一部を忘れてしまう。ところが、悪性の物忘れである認知症の場合の物忘れは、体験全体を忘れてしまうということです。たとえば、自分がある病院に入院したとします。普通の人はその病院に入院したことを忘れることはありません。ところが、認知症の場合には、自分が病院に入院したことすら忘れてしまうわけです。普通の人は、担当医はだれだったかなとか、なんという病院だったかな、ということは忘れるかもしれませんが、体験そのものを忘れるということはないのです。
普通の物忘れの場合はあまり進みません。ある程度進んでも、それ以上どんどん進むことはありません。しかし、認知症の物忘れはどんどん進行していきます。人によっていろいろですが、割と急に進む人もいれば、ゆっくりと進む人もいます。いずれにしても、進行して記憶障害だけじゃなく、見当識障害、判断力障害、というような他の障害が出てきます。
したがって、普通の人は物忘れがあっても、日常生活に支障はありませんが、認知症の場合には、日常生活に障害がある。
また、自覚があるかどうかということも大きな問題です。認知症の場合、自分自身が物忘れがあるということに気付きません。私達の物忘れ外来によく来る例では、「自分は最近物忘れがあって困ってるんです。認知症ではないか?」という方がよくいます。そう言う人は、ほとんどは認知症じゃないです。家族に伴われて、「私はなんともないんですが…」という人ほど、認知症であるという確率が高いということです。
さて、どうやって認知症を早期発見するか、ということですが、最近は「物忘れ外来」というのがあちこちに出来ました。精神科でもあり、神経科でもあり、その他に神経内科、老年科などにも出来てきました。
私の病院にもありまして、私は物忘れ外来を担当しています。物忘れ外来というのは、認知症の専門医がいて、次のようなところにポイントを置いて診察します。
【物忘れ外来における診断のポイント】
補足しますと、例えばうつ病がよく認知症と間違われることがあります。ですから、病的なものが疑われた場合には、本当に認知症かどうかを見極めます。認知症の場合には、どういう種類であって、予防や治療は可能なのか、可能だったらどんな治療を続けるか、ということを判断します。
最近、軽度認知障害という言葉が、非常に良く使われるようになりました。横文字で言いますと、Mild Cognitive Impairment, MCIです。1999年に、アメリカのPetersenらが提唱したものです。
【軽度認知障害の概念】
この軽度認知障害は、専門家のあいだでは良く知られている言葉でした。それが、最近どうして注目されたかというと、認知症と正常の間にあるという認識に立つのです。そうすると、軽度認知障害は、認知症のごく初期かどうか、ということになります。最近は、ごくごく初期として対応する方がいいという考えになっています。私は当然そういう考えです。この軽度認知障害の60-70%は認知症に移行していくというデータがあります。したがって、認知症のごくごく初期だという風にとらえた方がいい。
そうすれば、当然お分かりかと思いますが、軽度認知障害のうちから治療をした方が良いのです。予防をした方が良いということです。もちろん、軽度認知症の人が全部認知症になるとは限りません。そのへんは誤解のないようにしてください。私が申しあげたいのは、軽度認知障害のレベルで見つけて対応すれば、認知症を予防したり、発症を遅くすることが出来るということです。ですから軽度認知障害への対応は、認知症の早期発見につながってくるという意味で非常に重要な考え方です。
では、認知症と言われているものには、どんな疾患があるのでしょうか。脳の老化と密接に関連して起こってくる認知症を「老化性認知症」といいますが、この中にもいろいろなものがあります。
【老化性認知症】
言うと切りがありませんが、大きく分けると、まず脳の変性、脳の神経細胞の変性によっておこってくる認知症があります。その代表はアルツハイマー型認知症。それから非アルツハイマー型変性認知症というのがあります。この代表がレビー小体型認知症です。
そして、脳血管の老化のためにおこってくる、血管性認知症。これは脳硬塞のためにおこってくる硬塞性認知症が中心です。なかには、両方混在して発症している混合型認知症というのもあります。
では、どのような病気がどの程度あるかということを見てみたいと思います。これは、認知症の患者さんで亡くなった人を、ご家族のご協力をいただいて病理解剖をさせていただき、私が脳の診断をつけたデータです。病理診断ですから確実な診断です。2002年に国際誌に報告しました。
左のグラフが、1990年からの5年間のデータ、右のグラフが、1995年から5年間のデータです。
どちらの期間でも、約半数がアルツハイマー病です。レビー小体型認知も、どちらの期間でも同じ、18%です。
それに対して、脳血管性認知症は、前半の期間が25%、後半の期間が18%と、減ってきています。以前、日本では血管性認知症が一番多いと言われてました。ほとんどが血管性認知症だと言われていた時代もありました。そんなはずはないのですが、診断がきちっと受けられなかったということです。最近は診断をきちっとするようになりました。それから、生活習慣病の予防や治療が行われて、あきらかに血管性認知症は減ってきています。これからはもっと減っていくでしょう。
ですから、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症が、三大認知症なのです。
では、まず、アルツハイマー型認知症についてご説明します。
アルツハイマー型認知症というのは、アルツハイマーが、1906年に初めて報告し、アルツハイマー病という名前がつきました。早い人は30歳代、あるいは40歳代、50歳代という若い時期に始まるものと、老年期になって始まるものと両方あります。以前は若い時に発症したものを「アルツハイマー病」、老年期に発症したものを「アルツハイマー型老年認知症」と言って区別していましたが、最近は若い時期も老年期も、「アルツハイマー型認知症」とか「アルツハイマー病」などと呼ぶようになりました。
私が診ていたアルツハイマー型認知症の患者さんの例を紹介しましょう。
【アルツハイマー型認知症の人の例】
何点か補足します。
事実でない話をする、というのは、本人は嘘を言ってる訳じゃなくて、本人は本当の話だと思って話しているわけです。家族から聞くとあり得ないことを話している。「作話」と言います。
「物盗られ妄想」と言うのは、自分が置いたものが無くなった、誰かが盗んだ、と主張するものですね。多くはお嫁さんのせいにしますね。あるいは孫のせいにするとか。女の人ですと、自分の息子のせいにすることはあまりない。不思議なくらいないですね。だいたいお嫁さんです。娘さんは時々、小言を言うもんですから、娘のせいにはされますね。そういうことで、家族の中の1人が盗んでいった、というようにとらえます。
入院した後、夕方になると落ち着かない。これは女の人に多いんですが、夕方、たとえばお勝手仕事をしなくてはならないので、その頃になると落ち着かなくなる。そして、ホールの椅子を並べ変えたりします。看護師の人はいたずらが多くなったと言いますが、これを私は「仮性作業」と言う名前を付けております。一見なにか本人は作業をしているつもりなんですが、実は作業ではないのです。
アルツハイマー型認知症の人の脳の変化を、CT画像(X線撮影で得た情報を、コンピューターで処理し、断面図を描き出すもの)で見てみましょう。
これは、先ほどの症例とは別の人のCT像です。74歳の時から79歳の時まで、1年毎に撮影した画像を並べています。上から見ていると思って下さい。それぞれ、上の方が前頭葉、下の方が後頭葉です。
左上の、74歳の時の画像が発病当時で、物忘れが目立った頃です。これだけ見ますと、脳の萎縮はあまり目立ちません。したがって、生理的と言ってもいい程度の萎縮がある。専門家でないと「正常です」と言うほどのものです。
それから一年ごとにCTを撮りました。ご覧のようにわずか5年で、これだけ萎縮が進んでいるんです。毎年着実に進んでいます。着実に進んで、こんなに脳全体が萎縮してしまう。これがアルツハイマー型認知症の脳の進行状況です。進行の程度は人によっていろいろです。
これは、CTより精巧なMRIです。CTは水平の断面しか撮れませんが、MRIはどのようにも脳を切ることが出来ます。
これは、脳の垂直の断面を前から見たとこです。上の方が頭のてっぺん。両側が、側頭葉と言われる部分です。その内側にある海馬が紙みたいにぺらぺらになってます。どんどん、そこの神経細胞が落ちてしまって、かなり進んだ人の脳です。
海馬は、記憶の障害と密接な関連があります。海馬が萎縮してきますと、記憶が障害がされてきて、そして、脳全体の萎縮がはっきりしてくる。ですから、海馬の萎縮に注目すれば、脳全体の萎縮がはっきりしてくるよりも前に早期診断ができます。
最近は、もっと診断技術が進歩しました。これはMRIと、血液の流れをあらわすSPECT(スペクト)というものを組み合わせたものです。3D-SSPといいます。
一番上の行の左の図を見てください。これは右の脳を外側から見ているところです。右の方が前頭葉。左の方が後頭葉です。色のついた所が、血液の流れが悪い所。何もない所が血液の流れがいい所です。ごらんのように、頭頂葉と後頭葉と側頭葉の境界のあたりに血液の流れが悪いところがあるんですね。
真ん中の行の左の画像は、脳を下から見た画像です。記憶に関係する海馬領域に、血流の低下があります。
下の行の2つは、脳を内側から見た画像です。ちょっと専門的になりますが、後部帯状回と呼ばれる部分などで脳の血流が低下している。これはもうアルツハイマー型認知症と診断ができる訳です。かなり早い時期にこういう所見が出て参ります。
MRIを見ますと脳の萎縮は目立たない、しかし、SPECTを見ると血液の流れが悪くなっている。そんなケースもあります。ですから、1つの画像だけにとらわれ過ぎると、診断を誤ります。臨床をきちっと見て、様々な画像検査の結果を組み合わせて、専門家は診断を行います。
次は、顕微鏡写真です。
これは特殊な染色をしてるんですが、大脳皮質を見ますと、小さい黒いものがいっぱいあります。顔にしみが出てくるのと同じように、大脳にもたくさんしみみたいなものが出てくる。これを見たらアルツハイマー型認知症という診断ができるぐらいの所見です。
これは老人斑といいますが、老人斑の研究が1970年代の後半からずいぶん進みました。現在は、これはβ蛋白という蛋白から出来ているということがわかりました。
しかし、これだけの問題ではないんです。アルツハイマー型認知症の場合には、神経細胞の中に、銀で染まる線維がいっぱい出てくるんです。これはアルツハイマーが最初に見つけた、アルツハイマー神経原線維変化というものです。こういうものが海馬を中心に神経細胞の中にたくさん出てくる。
だから、β蛋白だけ、つまり、老人斑だけを処理出来ても、これが処理出来ないとアルツハイマー型認知症は解決できないんです。
次に、レビー小体型認知症はどういうものであるのか、いうことをお話しします。dementia with Lewy bodies, DLBと略します。
レビーというのは人名です。このレビーが、パーキンソン病の人の脳を見てましたら、何か変な物質があるということを発見しました。この物質が、後に、レビー小体と呼ばれるようになります。そして、1950-1960年に、これは、パーキンソン病には必発の所見だという、つまりパーキンソン病にはこれが出て来るということが分かったんです。しかしその当時から1970年代半ばまでは、このレビー小体は大脳皮質には出ないというのが常識でした。
それに対して、私が、1976年以降、大脳皮質にもたくさんレビー小体が出る症例がある、欧米の人は見逃してるというということを言いいましたら、1985年から欧米でも次から次へと報告が出てまいりました。そういう意味では、レビー小体型認知症は日本で見つかった病気です。
1995年に第1回国際ワークショップがイギリスで開催されて、日本から私も招待され、基調講演をしましたが、その後、第2回がオランダ、第3回がイギリスで開催され、第4回を、昨年、私が横浜で開催いたしました。
【レビー小体型認知症の発見と研究】
レビー(1912) :パーキンソン病脳でレビー小体の発見
小阪ら(1976): 最初の1剖検例の報告
小阪(1978) :大脳皮質のレビー小体の研究
小阪ら(1979) :ドイツ人2剖検例の報告
小阪ら(1980) :「レビー小体病」の提唱
小阪ら(1984) :「びまん性レビー小体病」の提唱
1985年以降、欧米で注目される
1995年 第一回国際ワークショップ(イギリス)
1998年 第二回国際ワークショップ(オランダ)
2003年 第三回国際ワークショップ(イギリス)
2006年 第四回国際ワークショップ(横浜)
どれくらいレビー小体型認知症の人はいるのでしょうか。臨床診断でみますと数%しかいない、と言う人もいれば、十数%いると言う人もいます。あるいは、20%以上いるよという人もいます。というのは、それだけ診断が難しいのです。病気について良く知っていれば、診断率は高くなるし、病気をあまり知らない人は、ほとんど見かけないよと言います。それくらい診断が難しい。
病理解剖で見つかったものについてのデータをご紹介しましょう。
【レビー小体型認知症(DLB)の頻度(剖検例での検討)】
著者 | DLB例/痴呆例 | DLB (%) |
ヨアキムら(1988) | 26/150 | 17.3 |
ディクソンら(1989) | 27/216 | 12.5 |
ペリーら(1990) | 20/93 | 21.5 |
バーンら(1990) | 6/50 | 12.0 |
ガラスコら(1994) | 42/170 | 24.7 |
アインスら(1995) | 20/69 | 20.3 |
小阪ら(1995) | 12/79 | 15.4 (DLBD) |
赤津ら(2002) | 28/158 | 18.0 |
脇坂ら(2003) | 12/29 | 41.4 |
国際的にいろんな人の名前が載ってますが、10数%から20数%。
1995年の第1回の国際ワークショップで私が発表したのが、79例の認知症のうち12例、つまり15.4%だったのですが、これは「びまん性レビー小体病」というものに限ったので、より低い数値です。
先程紹介しましたように、2002年の私たちのデータでは、18.0%でした。
2003年のものは、九州の久山町のケーススタデイです。41%。ここでは、従来、認知症はほとんど血管性認知症だと言われていました。ところが、専門家が見たら、41.4%もあったと言うんです。しかも、この人達は、1例もレビー小体型認知症と診断されていなかった。これも、外国の有名な雑誌に報告したんです。アルツハイマー病とレビー小体型認知症は、しばしドッキングします。一緒に出てきます。なので、良く見ると、これぐらいになるかも知れない。だけど、レビー小体型認知症だけでは、20%前後という感じがします。
1996年の診断ガイドラインを紹介します。これは、第一回国際ワークショップのデータをまとめたものです。専門家は誰でも知っているガイドラインです。
【レビー小体型認知症ガイドライン(1996)】
基本に進行性の認知症がありますが、しかしこれは注意しないといけません。早いうちは認知症は目立ちませんが、そのうち認知症が目立ってくる、と書いてあるんです。それを見落としてしまうんですね。
認知症以外の中心となる症状は、日によって変動があります。すっきりしている時と、なにかぼーっとしている時とがあります。特有な「幻視」体験があります。ありありと幻視が出て、「そこに赤い服をきた女の子が座ってじっとこちらを見ている」、「そちらの座敷に3人の男の人が座ってこちらを見ている」、「でもしゃべりもしないし、なにもしない、悪さもしない」という幻視を見る人がいます。人によっては、「白いヘビがいる」というように、人や動物がありありと出て来る幻視が特徴的です。
しばしば、パーキンソン症状が最初から出る場合もあるし、遅れて出てくることもあります。パーキンソン症状というのは、筋肉がこわばる、手が震える、それから動作が遅くなります。歩行が悪くなって、転びやすくなる症状です。
この病気を知らないと、こういう精神症状が出やすいものですから、抗精神病薬を使うんです。そうするとかえって病状が悪くなるんです。がちがちになって、寝たきりになってしまった人もいます。妄想も出やすいんです。それで、抗精神病薬をつかう。病気を知らないと大変な間違いをおこす病気です。
具体的な症例を見て説明します。67歳で退職した人です。非常に真面目で几帳面で趣味のない人でした。
【レビー小体型認知症の人の例 70歳 男性】
被害妄想を消失させたのは、抗精神病薬ですが、特殊な最近の非定型精神病薬ですね、これをごく少量投与しますと、このような症状が消えていきました。これを普通の人に使うように使うと悪くなるのですが、ごく少量だけ使うと症状が良くなるのです。
たまに、「人が来た」などと言って騒ぎ出す夜間せん妄がみられたが、6ヵ月後に退院。
やや無表情で、動作緩慢だが、明らかなパーキンソン症状はみられず、ADL(日常生活動作)も一応保たれていた。
・徐々に精神緩慢・迂遠・記憶障害・動作緩慢が進行。間もなく軽度の筋固縮・小股歩行も出現。
ずっと外来で見ていますと、徐々に精神緩慢、つまり、質問をしてもすっと答えが出てこなくなる。レスポンスが遅くなるわけです。話が回りくどくなる。記憶障害も出てきて、動作も遅くなった。だんだん筋肉の固さが出てきて、歩行が小股で遅くなってしまった。
70歳のある日、様子がおかしいとの電話で往診。尿閉・血圧低下・呼吸困難あり、某病院内科に入院させた。
もうろう状態で、急性腎不全が疑われ、嚥下性肺炎を併発し死亡。
全経過 3年
この方は、70歳のある日、3年という短い期間経過で亡くなりました。脳を見ますとレビー小体が出ました。アルツハイマー病の所見も見られました。
次に、もっと若い人の例を見ましょう。
【レビー小体型認知症の人の例 47歳 女性】
パーキンソン病の症状で始まった、ということです。
退院後も症状は目立たなかったが、43歳頃より歩行障害が再現。
この頃より物忘れ・失見当識が出現。「死んだ子の顔が見える」、「窓から猫が入って来て化粧品を持っていく」など幻視や妄想が出現。これらは覚醒時にみられ、日によって変動があるが、概して持続的であった。
45歳の時に、自宅がわからなくなる。徘徊が目立ち、F病院へ入院。
入院時、前傾姿勢・小刻み歩行・筋が硬い。手指のふるえはない。
嚥下障害・よだれを流す・構音障害などもみられる。
記銘・記憶障害や失見当識が目立ち、長谷川式テスト0点。
仮面のように表情のない顔・動作緩慢が目立ち、質問に対する反応が遅く、会話がスムースにいかない。
入院時は、もうすでに、パーキンソン症状が明らかにありました。また、長谷川式テストをやると、テストが出来ないくらい強い認知症でした。
薬物治療として、レボドーパ増量、ドパミンアゴニスト投与。これにより反応が少し早くなったが、神経症状に明らかな変化なし。
やがて、自分で服が着られなくなる・いろいろなことが出来ない・トイレの場所がわからない、というような症状が広がってきた。
入院6ヵ月後のCTで脳萎縮が進行し、認知症を伴うパーキンソン病の診断。
間もなく臥床状態となり、次第に無動・無言の状態。入院1年2ヶ月後、心不全で死亡。
全経過 10年
結局だんだん悪くなって寝たきりになって、10年の経過で亡くなったという人です。パーキンソン病の症状で始まって、認知症を患って亡くなったという、そういう症例です。これも、レビー小体型認知症なんです。
MRIでレビー小体型認知症の患者さんの脳を見てみますと、認知症があるにもかかわらず萎縮があまりないです。海馬にも、あまり強い萎縮はありません。
お医者さんのところへ行っても、こうした画像検査の結果だけから判断されてしまうと、「異常はありませんから、大丈夫です」と言われることにもなりかねません。
3D-SSP画像で血流の低下を見ます。上から2行目、一番左の画像に注目してください。
左が後頭葉で、右が前頭葉です。色がある部分は、標準的な脳血流よりも、血の流れが悪い部分です。後頭葉に血流の低下がありますね。これが、レビー小体型認知症の特徴です。
後頭葉には視覚野があります。この部分の血流が悪くなることが、おそらく幻視と関係しているのだろうと言われています。
ただし、レビー小体型認知症のすべての患者さんで、こうした所見が見られる訳ではありません。
もうひとつは心臓を診ると診断がつきます。不思議だと思いますでしょう。
I-MIBGという造影剤を入れますと、普通なら心臓が、肝臓と同じように黒く造影されますが、レビー小体型認知症の人の場合、出てこないんです。造影されない(矢印の部分)。ですから、これを見るとこの病気だということが分かります。これは、日本で見つけられた特有な所見です。
まだ外国ではあまり行われていないので、十分国際的な評価は得られていませんが、非常に特徴的な所見です。
これはレビー小体です。
上の画像は、パーキンソン病に出てくるレビー小体です。
下の図は、レビー小体型認知症を引き起こす、大脳皮質に出てくるレビー小体です。たくさん皮質に出てきます。以前は、実はこういうのを見逃していたんですよね。
ここまでは、アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症のお話をしました。これから認知症全体についてのお話をします。
認知症の場合、病気ですから予防することが大事です。予防にはどういうことが必要かといいますと、次のような事になります。
【認知症の予防のために必要なこと】
認知症は予防もある程度は可能であるとか、早く対応した方がいいということを、多くの方に知っていただく啓蒙活動の充実が必要ですね。具体的に、「危険因子」以下を説明していきましょう。
脳血管性認知症の危険因子は、次のようなものです。生活習慣を見直して、生活習慣病になるのを防ぐことが、何よりの予防法です。
【脳血管性認知症の危険因子】
アルツハイマー型認知症の危険因子のうち、いくつかを次に掲げます。危険因子というのは、それがあると必ず認知症になる、ということではありません。それがない場合に比べて、よけいに注意した方がよい、というようにお考えください。
【アルツハイマー型認知症の危険因子】
病前性格とか不活発な精神生活・社会参加など、この辺りを私は重視したいです。出来るだけいろいろと社会参加をして、活発にいろんなことやってる人は問題ありません。そういうことをやらないで、家に引きこもっている人ほど危ないということです。
危険因子として一番重要なのは、アポリポ蛋白E4という遺伝子です。19番目の染色体にあります。このアポリポ蛋白E4がない人がアルツハイマー型認知症になっていくスピードに比べて、E4が1個ある人、2個ある人は、明らかに発病が早くなっています。ですから、危険因子なんです。早めるという危険因子です。これがあるからアルツハイマー型認知症になるという原因遺伝子ではありません。
原因遺伝子はいくつか知られていますが、まだ家族性のアルツハイマー病という特殊なものの一部にしかわかっていません。
さらに、最近は生活習慣病と認知症との関係がよく知られてきました。
高血圧があると認知症になりやすい、というのは血管性認知症でそうですが、アルツハイマー病でもそういう傾向があることが分かってきました。高血圧がアルツハイマー病の危険因子でもあるということです。ですから早くから治療をした方がいいという訳です。降圧剤治療をしている人は、それをしていない人に比べて、アルツハイマー型認知症になる率が低いというデータがいくつかあります。
糖尿病も認知症との関連があります。糖尿病がある人は、糖尿病がない人に比べると、約2倍くらいの率でアルツハイマー病を発症しやすく、これは血管性認知症と同じくらいの率です。したがって、早く治療することが大事です。
高脂血症があって、スタチン製剤を飲んでいる人は、アルツハイマー病の発症が有意に低い。したがって、コレステロールをコントロールすることで、アルツハイマー病のリスクを低下することが出来るということもわかってきてます。
抗炎症剤の非ステロイド性抗炎症剤を飲んでる人、つまり、リュウマチでこういうものを長く飲んでる人はアルツハイマー病になりにくいということが分かっています。ですから、服用するとアルツハイマー病を予防出来るのではないかという話もあります。
習慣的な適度な運動が大切です。運動の少ない人と運動の多い人を比較すると、約2倍以上の発症リスクが高いといいます。ですから、身体活動の低さはアルツハイマー病の危険因子であるというデータもあります。
食事も予防の一つです。最近、食材で何々がいいと言われると、それをみんなこぞって食べますね。それは間違いではないのですが、そればっか食べるのではなく、バランスの取れた食事をとることが一番大事です。バランスの取れた食事の中には、ビタミンE,Cの豊富なものや、抗酸化物質がはいってるものが含まれることから、こうしたものを摂取すると、アルツハイマー病になりにくい傾向があるということです。
魚の中には不飽和脂肪酸が多いので、アルツハイマー病の予防効果があると言われています。毎日のことですから、食事の問題は非常に重要です。
認知症の治療は、認知症そのもの(中核症状)への治療と、随伴する症状(周辺症状)への治療に分けられます。
【認知症の治療】
認知症そのものに対しては薬物療法と非薬物療法の両方が必要です。薬だけ飲んでればいいかというとそういうものでもありません。アリセプトだけ飲んでいれば、それでいいかというとそういうものでもないです。先ほど言ったような、いろいろな活動が大事です。
更に認知症そのものよりも、それに附随しておこってくる精神症状・行動異常が、介護を非常に困難にさせています。これは、かなり治療することができます。薬物療法でもできるし、非薬物療法でもできるし、介護の工夫によってもできます。特に在宅の人、あるいは老人ホーム、グループホームなどにいる人はこちらが大事な問題になると思います。
アルツハイマー病認知症の治療は、次のように行います。
【アルツハイマー型認知症の治療】
認知症そのものの治療に使う薬は、現在は残念ながら、ドネペジル(アリセプト)しか日本にありません。もう少しすると幾つかの薬がでてくると思いますが、2、3年はかかります。ワクチン療法は、もっと先になるでしょう。その他の非ステロイド系抗炎症剤、エストロゲン、スタチンなどの薬剤の効果は、まだきちんと証明されていません。
非薬物療法では、回想法とか音楽療法とか、スポーツとか、絵画療法とかいろいろあります。要は、適度な運動をして、バランスの取れた食事を摂って、いろんな活動をすると良いということです。
レビー小体型認知症の治療は、次のように行います。
【レビー小体型認知症の治療】
レビー小体型認知症の治療には、ドネペジル(アリセプト)がアルツハイマー型認知症以上に効きます。これは、認知症そのものだけではなくて、周辺症状である幻視がよくなります。周辺症状に対して効果がない場合には、抑肝散(ヨクカンサン)という漢方薬を使ったり、非定型抗精神病薬を少量使用します。抗精神病薬の中でも、最近の非定型抗精神病薬は副作用が少ないので、この病気では使いやすいのです。
パーキンソン症状にたいしては、ドパミン系の薬を使って早くから対応するとかなり良くなります。
最後に、認知症の医療の現状について、お話しします。
認知症は、医療は役にたたない、福祉にまかせればよろしいという、とんでもないことを言う人がいます。しかしながら、病気ですから、早く対応すれば、あるいは、必要な治療をすれば、良くなるところはあります。ですから医療も非常に重要です。適切な医療ができない状態にあるために、老年精神医学会では、この状態を改善するように国に働きかけようと、検討会で検討しているところです。
たとえば、アリセプトをレビー小体型認知症に使おうと思っても、健康保険が適用されません。残念ながら。アリセプトはアルツハイマー型認知症にのみ、健康保険が適用されるのです。
また、認知症の治療には、非定型抗精神病薬をよく使いますが、これを使うと統合失調症という診断名が付かないと保険から削られてしまいます。ですからきちんとした治療ができない。
今、認知症の専門の病院は、やっていけないぐらいです。私なんか、1時間半くらい初診の患者さんを診察します。しかし、必要な時間の割に、保険点数は低く抑えられているのです。それが、今の医療の現状です。
その他、認知症についての知識が乏しい医師に対する研修・教育、治療薬の開発など、認知症をとりまく医療は、様々な課題を抱えています。
以上で、私の講演を終わらせていただきます。
ありがとうございました。ここからは、質問コーナーとさせていただきますが、その前に、小阪先生、介護の仕方、接し方の大事なポイントみたいな所を教えていただけないでしょうか。会場には、実際に介護をしてらっしゃる方も多いと思いますので。
私は、1970年代の中盤に、認知症の患者さんを診ていて、こういうものがあると認知症が進むかな、あるいは、発病するかなというのをまとめました。
【認知症促進因子(小阪 1976)】
現在では常識のようなものになっておりますが、その当時は、こんなことも知られていなかったので、重視されたものです。
最後に「孤立」と書いていますが、逆に言えば、孤立させない、というのが、介護のポイントの1つになろうかと思います。室伏先生の本(室伏君士編「痴呆老人の理解とケア 」)の中に書いてある「介護の原則」を挙げてみましょう。
【介護の原則】
大きくわけるとここにありますように4点あります。当たり前のことです。不安を解消するようにうまく対応する。言語や心理をよく把握して対応する、とにかく本人をよく理解しなさいということです。なるべく不安がないように対応しましょう。暖かくもてなす。自分を得させるように対応するというようなことです。とにかく、本人の話をよく聞いてできるだけ受けるという姿勢。怒ったり、何かするのではなくて、納得してもらうようにするというようなことです。
しかし、言うは易し、行うは難しということがありまして、ご家族の方は、よく分かっていますが、毎日のことだからついつい怒ってしまうというということがあるんですね。
その、「自分を得させるようにする」というのは、どういう意味なんですか?
認知症の患者さんは、何もわからないといったら大間違いなんですね。
感情面が非常によく残っている。例えば、入院させるとすぐわかりますが、自分に対してあまりよくない看護師さんと自分にとってすごく良くしてくれる看護師さんと、ちゃんと見分けます。時々、医師に「私にあの看護師さんは、こうこうなんですよ」って教えてくれたりする。そういう面は非常に敏感で良くわかっています。
そういう本人が持っている特徴をきちんと理解した上で、対応するかどうかによってずいぶん違いがあります。ですから、やはり本人には当然それなりのプライドがあるわけですし、そういうプライドを傷つけないように対応していくことが大事だ、ということなのです。
ありがとうございます。
さて、フォーラム参加の申込をして頂く時に、フォーラムで聞きたいことというのを書いて頂きました。そのいくつかを組み込みながら先生が今日の講演をして下さった訳ですが、なにぶん、たくさんの質問でしたので、講演内容からもれてしまったものもあります。2つだけ先生にお答えいただこうと思います。先ず最初は、告知に関する質問をいただきました。
という質問をいただきました。
告知は非常にむつかしいですね。おそらく正解はないでしょう。専門医の中でも意見がわかれてまして、本人にはちゃんと、癌と同じように告知するべきだという人もいる。私はどっちかというと、あまり告知しない方です。なかなか告知できない。レビー小体病とか、ピック病というのはあまり知られてないから、それはあまり支障がない。しかし、認知症とか、また、この頃はアルツハイマー病という名前はよく知られてますから、「アルツハイマー病ですよ」なんてことはまず言えないですね。
それはどういうことかといいますと、私の所に、他の病院でアルツハイマー病だと診断されてすごく落ち込んで来る人が、何人かいるんですよ。そしてその人を診ると、本当にこれはアルツハイマー病かと思うんですね。というのは、アルツハイマー病の診断は、レビー小体型認知症よりはやさしいけども、本当にアルツハイマー病かという診断は亡くなって脳を見ないとわからないのです。確実な診断は病理診断です。臨床レベルでは、あくまでも「おそらくアルツハイマー病でしょう」というレベルなんです。ですから、そういうレベルなのに、「あなたはアルツハイマー病ですよ」と言っていいのかですよね。だから、そういう点で癌とちょっと違います。それから、癌の場合は、生命に関わる問題でもあるいうことです。
質問の方は、主治医の先生がいて、その主治医にしたがって、あるいはアドバイスにしたがって、告知をしてないとおっしゃってますね。そういう意味であれば、その先生は何らかの意図があって告知してないのではないかと思うんです。ですから、良く相談してもらうのがいいのではないでしょうか。患者さん自身を一番良く知っているのは、その主治医ですから。
それからもう1つは、この人はまだまだ自分はやることがあるんだと思っています。しかも、実際やってるじゃないですか。本人がせっかくやっているものを、「あなたはアルツハイマー病ですからやめなさい」なんていうことは必要ないんじゃないですか。それをやるのなら、周辺の人に「実はこの頃うちのお母さんはボケがでてきて」という話をしておいて理解をしてもらって、その上で対応してもらったほうがいいのではないかと思います。
私は、認知症が進行してきた場合には、時々告知します。少なくても早い段階の人にはあまり言えないというのが現状です。ですから、告知するべきだという意見の人からみると批判されるかもしれません。だから、正解はおそらくないだろうと思います。
では、いずれにしても、今かかってらっしゃる先生のところでとことんお話し合いをしていただいて、告知はどうなんだろう、した方がいいのかしない方がいいのか、それぞれのケースでやっていただいたほうがいいということですね。
そうです。これは、ケースバイケースですから。
その人の性格によっても違う訳ですし、あまり気にしない人ですらっと流す人だったら言ってもいいし、ものすごい気にする人だと、なかなか言いにくいですよね。
告知する場合には、告知しただけの理由があって、その後のフォローをきちっとすればいいです。フォローもしないで、先ほど言ったように、私の所に来た患者さんで、フォローされずに、「あなたはアルツハイマー病ですよ、だからもうだめですよ」なんて言われて来る。これは落ち込むのは当たり前じゃないですか。それでは告知する意味がないです。告知するなら告知するで、ちゃんと説明をして、その後もフォローをしていくということが非常に重要なんです。フォローをやる上での告知なら私はまだいいと思います。
それからもう1つ、お寄せいただいた質問の中からお答えいただきたいと思います。お薬のことです。
など多くの方から、薬についての質問をいただきました。
まず、アリプセプトが合わないという場合ですね。
アリセプトは原則として3mgから使うんです。そして2週間経って経過が良いと、5mgにするんです。これに従わないと、保険から削られでしまうんです。ところが、人によっては、3mgでは副作用が出る人がいるんです。その人には、私は1mgを使ったり、2mgを使ったりします。3mgだから合わないのかもしれない、2mg、1mgぐらいならいいかも知れないので、そういう意味では、少し減量して使ってみる方法はあるのではないかと思います。
それから、アリセプトはあくまでも、治療薬ではないです。本当は、アルツハイマー病そのものを治すものではなくて、あくまでも発症を遅くするとか、あるいは、進行を少しでも遅くしようという薬ですから、そういうつもりで使わないと期待をしすぎるとがっかりしてしまう、ということもあるかもしれません。
さらに、アリセプトを止めるか、いつ止めるかというのも、難しい問題です。止めてしまうと、また戻ってしまうこともあります。大体今まで3年くらいのデータがありますが、投薬して1年経過して、まあまあのデータが出ていたのに、止めるとまた元に戻ってしまうこともあります。だから継続した方がいいですよ。そのデータはまだ3年ぐらいしかないんです。5年も7年も経過をみてというデータが今のところまだありません。ですから、今後の問題だろうと思いますが、もうぼちぼち5年・7年のデータが出ると思います。
重度アルツハイマー型認知症でもアリセプトは適用できるようになります。今までは軽度ないし中等度しか使えませんでした。重度ということは長谷川式でいうと10点以下ですね。もう自分では何もできない、という人には使っちゃいけないのです。ところが、これからは、そういう人でも効果があるということが分かってきたので、重度の人にも使うという方向に動いております。
それからもうひとつは、今後の薬のことです。
恐らく皆さん知ってみえると思いますが、そのうち、β蛋白を抑えるワクチンが出ると思います。先程、老人斑という、シミが脳にいっぱい出るという話をしましたが、その主成分がβ蛋白なんです。その遺伝子を組み込んで、このβ蛋白が出やすい動物、例えばマウスに、このワクチンを使ってみたら、それが消えていった、あるいは早くから使えば、出が遅いということが分かりました。そこで、これは人にもいいのではないかということで、欧米で治験が行われました。
しかし、ワクチンがあまりよくなかったので、何例かの人に脳炎が起こってしまったんです。それで、これはだめだということで中止になりました。ところが、脳炎を起こして亡くなった人の脳を見ると、β蛋白の沈着が抑えられているということが分かりました。ですから、確かにβ蛋白を抑えるということでは効果があるなということで、日本でも、そういう脳炎が起りにくいようなワクチンの開発が行われています。
現在、かなりいいところまできていますが、人への応用まではまだいってません。チンパンジーレベルで今続けられてます。それが終わると、いよいよ人への治験ということになります。しかし、日本は臨床治験が非常に厳しいんです。おそらく、外国で治験して日本の方に入って来ると思います。したがって、日本で使えるようになるにはまだまだ先だろうと思います。数年では無理じゃないかなという印象です。
それではどうなるのかといいますと、アリセプトと同じように、別のアセチルコリン系の薬があります。「ガランタミン」という薬があります。このお薬は、本当はもう、今頃は出ていたはずなんです。ところがちょっと詰めが悪くて、もう一回治験をやり直すことになりました。現在進行中です。今年度中に、その治験が終わるので、終わっても2年ぐらい許可されるまでにはかかりますので、2、3年すると、ガランタミンというお薬が出てくる可能性があります。それは、ドネペジルと同じ系統の薬です。
違った系統のお薬に「メマンチン」というお薬があります。このお薬は、アセチルコリン系ではなくって、グルタミン酸系で、グルタミン酸系の受容体に働くお薬です。これも今、日本でも治験が行われていますが、私は直接タッチしていないので、どの辺まで進んでいるかどうかわかりませんが、大体治験が終わりつつあるのではないですかね。だから、出てくるのが上手くいけば、2年ぐらい先という感じです。
「メマンチン」という薬は、症状の進行を遅らせる効き目があるのですか?
おそらく、海馬領域に作用するので、記憶の障害というところにある程度焦点を当てているでしょう。それ自体が原因治療にはならないと思いますが。だけど、記憶障害というようなことも含めて、効果が期待出来るのではないかと思います。
それは、記憶力が低下したのを、また持ち上げる効果もありそうですか?
それはわかりません。それは治験の結果を見ないとわからないです。
動物実験でそうなったからって、人でそうなるとは限りません。そこは難しいところで、動物実験では良いという効果が出ても、人で見ると良くなるというのはなかなか難しいですね。でも、可能性はあるかも知れません。ですから、その辺に少し期待は持てるんです。
では、ここからは、会場の方の質問に回答していただきます。
先生の資料に、不活発な精神生活、社会参加というのがアルツハイマー病の危険因子としてあげられております。あるいは、習慣的運動、おそらくこれは、良い効果をもたらすんだとこういう風なことだと思いますが、こういうことが良い効果をもたらすということをどのように考えたらいいのかという質問です。
つまり、積極的な社会参加をやっていれば、老人斑の発生を防ぐことによって、アルツハイマー病の進行をさまたげるという意味でしょうか。それともアルツハイマー病そのものは進行して、脳の萎縮もおきるけれども認知レベルを高めていくことによって、認知症として生活の支障がおきるようなことがないという意味でしょうか。
脳の変化までは見ておりませんので、現在そこまでの根拠はありません。したがって、そういうことをやることによって、老人斑の沈着を抑えたり、症状を良くするのかということはわかりません。ただ、臨床的に、実際の症状として見ていった場合の話です。これは危険因子ですから、そういうことを行っていれば、アルツハイマー型認知症になる危険性がより少ないという意味です。
例えば非常に活発にいろんなことをやっている人でも、アルツハイマー病になる人はいます。しかし、やらないよりはやっていた方がアルツハイマー病になる率は少ないのです。そういう意味です。ですから、それの根拠がどの程度あるか、それだけの根拠は十分そろっているのかと言われると、まだそこまでいっておりません。
ただ、この危険因子は、いろいろな疫学的調査によって、統計学的処理をして、危険因子としてあがってきたものだけを述べてますので、そういうことを行った方がベターですよという意味でとっていただければと思います。やらないよりは、やった方がいいというそういう意味で解釈していただいた方が良いと思います。認知症になった人でも何もしないでほっとけばいいかというと、そうじゃなく、色々なことを働きかけてやった方が良い。そのためにリハビリテーションとか、いろんな非薬物療法をやっているわけですから、やった方がいいことは決まってる訳ですね。そういう意味です。
主治医のドクターにちょっと不信感を抱いてしまっているようなケースの場合のことをお聞きしたいと思います。普通の病気と違って、誤診というのはあり得ないような感じがするのですが、それでもやっぱり変えるべきものなのかどうかということをお聞きしたいです。
自分の診てもらっている主治医に対する不信感がある? それは診断に対してですか?対応の仕方に対してですか?
対応の方です。
例えばですね、最近は診断に対しても、セカンドオピニオンを求めるということが普通に行われるようになってきました。ですから、患者さんあるいは、家族の方々は医者に遠慮をして、他の医者に診てもらうと悪いのではないか、なんて思って遠慮されていますが、今はそういう時代ではなく、本当にその診断だろうかということをもう少し確認するために、他のより専門の先生に診てもらうということは、普通に行われるようになってきています。もし、そうであれば、そういうことはやっていただければいいかな、ということがひとつです。
それから、対応の仕方について、あるいは、治療について疑問をお持ちの場合ですね。その場合は、いろいろな理由があると思います。きちんとした対応の仕方をいろいろと指導してくれない、ということに対する不満でしょうか?
それは例えば、外来診察のレベルでは時間制限がありますね。私はだいたい30分ぐらいで1人診ますが、そんなことをやってたら、外来はパンクしてしまいます。ですから、特にクリニックの先生方なんかは、10分診ればいい方、場合によっては5分、認知症なら3分くらいで終わってしまうことはよくあります。その間に的確にそれだけの指示ができるかというと、なかなかできませんよね。
そういうことに対する不満も当然あれば、不信感もあると思います。だから、そういう時は医者を変えてみるというのは1つの方法です。ところが、その場合に医者を変えたらそれでいいかというと、そうでもない場合があります。やはり、そういうお医者さんを見つけて、そういうお医者さんにかかるということが大事です。ですから、そのへんは非常に難しいところです。
だから、時間が短いがために、ちゃんとした指導をしてくれないからということであったら、たとえば、もうちょっと時間を取ってもらえる時間に相談という形で行ってみる、というのも方法かも知れません。その辺はどうなんですか?
時間はある程度とっていただいているのですが、特に日常生活の中では、こういうことをするなとか、こういうことをしたほうがいいよってアドバイス的なものはほとんどないです。
あと、病院まで車で1時間半ぐらいかかるんですけども、遠いからということで最初は2ヶ月、3ヶ月に一回の通院でしたが、今現在は、半年に一回の通院でいいという話になっているので、ちょっと不信感が出ています。
それはまずいですね。通院自体、普通は1ヶ月に1回ですよね。半年も先だったら、これは問題じゃないですかね。ですから、それはなるべく近くにお医者さんを探された方がいいのではないかと思います。
認知症の人と家族の会の電話相談で相談されましたか? あるいは、公的機関、保健所とかそういう所で「どういう所に行ったらいいですか」という相談はされました? それはぜひともしてください。個人的に探すとなかなか見つかりません。
そういう情報は、お医者さんに聞いてもなかなかないです。保健所とか、あるいはケアマネージャーみたいな福祉関係の方とか、あるいは家族の会とかですね、そういう所に相談すると、もう少し情報はあると思います。
小阪先生に監修していただきました、「もの忘れが気になるあなたへ…」という冊子の後ろの方に、相談窓口のリスト表をつけておきました。ご参考になさってください。
認知症における物盗られ妄想というのと、それから他の疾患で、例えば精神疾患とかそういった場合の物盗られ妄想は、多少の差異があると思ってもいいでしょうか?
かなり違いはありますね。アルツハイマー型認知症で起ってくる物盗られ妄想というのは、記憶障害が関係します。例えば、どっかへ置いたということを忘れてしまって、なくなったから誰かが持っていったと考える。だから、より分からない所に隠してしまう。そうするとますますわからなくなってしまう、というような感じで物盗られ妄想が起ってきます。
ところが、統合失調症や高齢者の妄想症に出てくる物盗られ、むしろ被害妄想ですが、それは、記憶がしっかりしている。自分がどこかに置いたためになくなってしまって、それで忘れてしまったというのとは違います。もっとある意味では病的で、普通の人が聞くとありえないような発想なんですよね。きちんとその辺の理由を聞いてみると、それぞれの理由はあるんです。しかし、一般常識からみると、そんなことはありえないでしょ、というふうに考える訳です。それが妄想なんですね。
アルツハイマー型認知症の物盗られ妄想は、記憶障害と関係するから、ある程度理解できる。一方で、統合失調症の人の被害妄想は、一般的に聞いた場合には理由を聞いてもちょっと理解が出来ないです。そういうのを専門的には、「了解可能かどうか」と言います。了解が可能でない場合は、より病的だというふうになるんです。したがって、両者は全然違います。
音楽療法を行っております。最近施設にも、レビー小体型認知症という診断名がついた方が、ぼつぼつ来られるようになりました。
私達はご本人を見て、どんな方かということを考えていきますが、レビーの方だと聞いているのに、私達が見ていくと、幻視がある訳でもなく、パーキンソン的な動きがある訳でもなく、という感じの方が多いです。
その時、私達の対応として、レビー小体型認知症の人に関しては、これはしちゃいけないとか、こうした方がいいとか、というパターンが分かればなと思っているのですが、何かありますか?
おかげさまで、最近はレビー小体型認知症という診断がちょくちょく見られるようになりました。それから私のところに来る人は、例えば、私が出演したNHKの「きょうの健康」を見て、まさにこれだと思って、むしろ、「医者はアルツハイマー病と診断しているけど、実はこっちじゃないか」と言って来る人が割と多いです。だから、割と一般の方々にも、そういう認識が出てきました。これからは、もっともっと出るだろうということを期待していますが、それはともかく、音楽療法をやられてみえることに敬意を表したいと思います。
小阪先生が出演された「きょうの健康」は、2007年3月6日の放送でした。事業団が実施する、福祉ビデオライブラリーから借りることができます。
レビー小体型認知症の場合、今言ったのは、診断のために必要な症状を述べました。ところが、上手く治療できると、今言った症状は全部なくなってしまいます。そうすると、一見するとアルツハイマー病と区別がつきません。入院してると、レビー小体型認知症もアルツハイマー型認知症もかなり症状が進んでますから、余計区別がしにくいです。施設だともう少し症状が軽い人が多いと思いますが。
そういう意味では大きな違いはアルツハイマー病の人に比べると、記憶障害が軽いということです。レビー小体型認知症の人は、意外と良く分かっています。アルツハイマー病の人は、さっき言ったことをすぐに忘れてしまいますが、レビーの人は相手の顔なんかも結構覚えています。アルツハイマーの人は、この間会ったのに忘れている。長く見てれば、先生だということは分かりますがね。レビーの人は、割り合いとそういう記憶が良いんです。したがって、アルツハイマー病の人のように、「どうせ忘れちゃうから」なんて思っていると、とんでもないです。意外と良く覚えています。このようなことがあるので、その辺は注意しないといけないかと思います。レビー小体型認知症では脳の変化や萎縮は軽いです。アルツハイマー病と比較すると、記憶などの認知機能の障害はより軽い、という様な認識で対応した方がいいのではないかと思います。症状があればまた別ですけどね。
パーキンソン症状があれば当然転ばないよう注意するとか、幻視がある場合は、当然それに対して否定せずに聞いてあげたりですね。大体その辺りを注意するのが一番いいのではないかと思います。
幻視を否定しない方がいいのですか?
レビー小体型認知症の幻視というのは、自分しか見えないということをそのうちに気付くんです。分かっているんです。分かっているけれども見えるんだから、それを否定してもしょうがないじゃないですか。自分しか見えないということを分かっているけれども、「見えてしまうのはしょうがないでしょ」って言われたら、その通りではないですか。だから、それに対する対応が大事です。
「そんなのいないじゃないか」、「何を言ってるんだ」、「誰も見えないじゃないか」とか、一方的に言ってしまうと、自分自身、自信をなくしてしまうから、余計そこに対する反応がおこりやすくなります。ですから、受け止めてあげたほうがいいでしょうね。それを当然として。
受け止めることが良好な関係を築くということですね。
介護のポイントは受け止めて、なじみの関係を作る。これが一番大事なことなので、本人にとって、非常にいい関係を作るというのが、人間関係含めて、一番基本ですから。それに心掛けていただければいいんですが、なかなか難しいことです。
先生、長時間、ありがとうございました。
終わり