今日はNHKハートフォーラム「認知症 あきらめない〜早期発見とその人に合ったケア〜」をテーマに、これから3時間に渡って話し合いを進めて参ります。
認知症になったら何も分からなくなってしまうとか、認知症は治らないとかいった考えは、まだまだ根深いと思います。しかし、認知症は、「あきらめないですむ時代」に入ってきています。薬や新たなケアの方法で、仮に認知症になってもその人らしくいきいきと暮らすことができる、そんな時代に入ってきています。
2006年12月にNHKスペシャルで放送した、認知症をテーマとした番組の一部を上映しながら、認知症の最新の情報、認知症に対する新たな常識をお伝えします。
このフォーラムを一緒に進めて頂く専門の方々をご紹介します。
まずは、国立長寿医療センター包括診療部長でいらっしゃる遠藤英俊さんです。
遠藤さんはアメリカ国立老化研究所客員研究員を経て現職を勤めております。老年医学や、認知症、ケアマネジメントをご専門とされております。
今年は認知症にとって大きく変わる年となりそうですが、医師の立場から遠藤さん、どのようにとらえてますか。
ここ数年で画像診断や検査が進んできて、本当に早く、認知症を発見できる様になってきました。一方で薬があるということで医療環境が変わってきて、大変ですがそれでも絶望の病気ではない、あきらめないという時代になってきたと思っています。
認知症介護研究・研修東京センター 主任研究主幹でいらっしゃる永田久美子さんです。
東京都老人総合研究所を経て現職に就かれています。認知症になっても安心して堂々と暮らすことができる社会を目指して活動を続けていらっしゃいます。「認知症の人を支える仕組み」である、「センター方式」の普及に努めています。
永田さんは、介護の問題をどのようにとらえてらっしゃいますか?
今まで、どう介護するかという介護側の目で一生懸命考えがちでしたが、良い介護のためにも、まず本人自身がどう暮らしていきたいのかが大切です。一見悪くなった様に見えても、本人が思いや力をいっぱい秘めているので、そこをどう見失わないで、みんなでコツコツ支援を続けていくか。認知症が進まれても、あるいはターミナルに近くなられても、ご本人はすばらしい力を残しています。
「認知症の人と家族の会」千葉県支部副代表の植松多恵子さんです。
ご自身も、認知症のお母様の介護をしたという体験をお持ちで、介護の現役です。現在、千葉県支部では週4回電話相談を行ったり、定期的にご本人、家族たちが集まる集いを開いたりして、皆さんの相談にあたっています。実際にこの認知症の家族の方を抱える、いちばん近い立場から皆さんの声に応えてもらいます。
植松さんは、介護をどのようにとらえてらっしゃいますか。
ここ2、3年で、認知症に関する情報もたくさん出ていて、いい方向に変わってきていると思います。今までは家族が抱え込んでしまって、家族だけで必死で介護しているという例が多かったのですが、これからはそうではなく、いろんな方の力を借りて、いろんなサービスを使いながら、少しでも楽な介護ができるような時代になったらいいなと思っています。
それでは最初のテーマです。「早期発見で認知症は治療できる」ということについて、薬や新たなケアの力を借りて実際に生き生きと暮らしているご夫婦を紹介したNHKスペシャルの一部をご覧ください。
番組上映(2006年12月17日放送のNHKスペシャル「認知症 その時 あなたは」の一部分)
「ミニメンタルテスト」というのをやって、軽い段階で認知症の疑いを見つけています。スペイン旅行のことをうまく覚えてなく、その段階でおかしいと気づいて、すぐに専門の医師にかかって薬を早めに飲んだことが、結果的に良かったと思います。早期発見ということです。
それから、ご自宅の壁に写真をいっぱい貼っていました。これは「思い出し療法」、または「回想療法」とも言います。これまでの自分の生い立ちや生活を振り返って、記憶の思い出しを何回も繰り返し、反復練習をしていて、なかなかいいなと思いました。
それから、認知症の奥さんを支えるご主人の行動が、なかなかすばらしい。奥さんがこれから行くクリーニング屋さんに前もって電話をして、店の人に奥さんをサポートしてもらっていました。普通だとクリーニング屋さんに行かせないですが、行ってもらって残っている力を発揮するというのが、良かったと思います。
NHKスペシャル放送後、薬について、もっとよく知りたいという声がたくさんありました。今日、会場にお越しの皆さんからも、事前にアンケートをいただいております。質問で多かったのが、薬についてです。
質問は、大きく分けると、この3つに要約されます。医師の遠藤さんを中心に伺いましょう。さきほどのビデオの方の場合、アリセプトという薬を飲んでらっしゃいましたが、これは認知症の中でどういうタイプの人に効果的ですか?
認知症は、もの忘れの病気の総称です。その中の5割から6割くらいを占めるのが、アルツハイマー病です。アルツハイマー病に効く薬、これがアリセプトと言います。このアリセプトというのは本当に早く使えば有効と考えています。早く診断をした方が効きやすいというデータがあります。
普通、患者さんはもの忘れがあるということで病院に来て、そこが診断のスタートになるわけですが、もの忘れの患者さんを診るときに、いつからどのように悪いのかということを聞きします。そして、その次にCTというものや、最近ではMRIという検査を行います。CTはだいたい5分でできますが、MRIは約20分寝ていただきます。
これはMRIの画像です。画面の上の方、青い丸がしてあるところが「前頭葉」。赤い丸が「側頭葉」、黄色で丸がしてあるところが「海馬」です。
この4つの画面で、右側がアルツハイマー病の方、左側が健常者の方で、矢印のところに少し黒い隙間がありますが、海馬の一部に、萎縮したために隙間ができます。こういうのを見て私たちは一般の正常な方に比べて、少し萎縮が始まっていると判断します。
最近はこれをコンピューターにかけると、早期に、海馬というところが2ミリ縮んだだけでも、アルツハイマーではないかという検査ができるようになってきています。本当にびっくりするような進歩が最近見られたということです。
これで見ますとつまり72歳の方より52歳の方の方が萎縮している、つまりアルツハイマーであるというのがわかるということですね。
海馬が萎縮しているということを見て、少し病気を疑うきっかけになります。この画像の方はまだ軽いほうで、軽度から中等度くらいの方だと思います。症状としてはもの忘れが出ていると思います。
こちらは、スペクト(SPECT)という、脳血流を調べる検査のデータをコンピューターにかけて画像にしたものです。すべて同じ1人のデータですが、右の上段の二つを見てください。黄色の部分の一部、後頭葉に近いところで、正確に言うと後部帯状回という部分に、赤いところがありますね。
これは、同じ年代の方に比べて有意に血流が減っているというということを示しています。アルツハイマーで、血液の流れが悪くなるという部位がわかってきました。ここ数年のデータなんですけどね。
先ほどのMRIの画像と比べると、これはどういう風に意味合いが違うのですか。
先ほどのは、萎縮してきて形まで変わってきたということです。こちらはもうちょっと早く血液の流れが落ちてくるので、言葉がいいかどうか分かりませんが、「超早期の診断」ができます。
例えばもの忘れがあって、5分前のことを忘れたとか、昨日の夜のごはんが分からない、というので来られた方々です。そして、この検査をやると9割の確率でアルツハイマー病かもしれないという、超早期の診断ができるようになってきました。そこで上手くお薬が合えば、薬の効果もそれだけ得られるということになります。
中核症状と言われている記憶障害とか判断力など、アリセプトを飲むと一時的ではありますが、効果が見られるようになってきました。
ある年齢以上の人が人間ドックに入るのと同じように、この検査を受ければ、アルツハイマーかどうかということもやがては分かるということですか。
次の皆さんのご質問にいきましょう。「薬で徘徊や暴力も治るのでしょうか」。遠藤さん、これは一般に周辺症状と呼ばれるものですね。
そうです。先ほどのアリセプトというのは、図の上段の中核症状、認知機能といわれているような記憶、見当識、判断力に一部効く可能性があります。
これに対し、妄想、徘徊、暴力などは周辺症状と言われます。周辺症状に対しては、薬にもよりますが、これまでの薬には結構副作用が多かったです。動き方を抑えてしまったり、昼間もうろうとしたり、嚥下障害などが薬によって出てしまうということがありました。徘徊や暴力を減らすことはできますが、一方でその人らしさがなくなってしまうような傾向がありました。
ところが最近、非常に副作用が少なくて少しの量でよく効くという薬も出てきました。徘徊や暴力についても、100%とは言いませんが、やはり専門家にかかっていいお薬を飲むことで症状が減るということが分かってきました。
薬の最新情報は、また後ほど伺います。
永田さん、アリセプトという進行を遅らせる薬があります。でも一方で、「どっちみち治らないのか」という気持ちで受け止める方も多いと思いますが、どう考えればいいでしょう。
わずかな期間でも、たとえ1年でも、ご本人とご家族にとってはとても大きな時間だと思います。その時間、病気の進行を遅らせることができれば、ご家族とご本人が、今までとあまり変わらずに暮らし続けることができます。今までの生活がどんどん変わっていくようだと、みなさん翻弄されがちですが、少しずつ、ゆっくりと進行すれば、ご本人に起きている変化や、ご本人とご家族の変化に少しずつ慣れていく構えができていく面があると思います。
もう1点は、時間があり病気の進行がゆっくりであれば、これからをどうしたらいいかご本人がしっかりと考えられたり、場合によってはまだ十分文字が書けたり話し合いができるうちに、本人の意思を十分に確かめながら相談できるということです。そのことは非常に大きなことだと思います。
植松さんのお母様が認知症になったとき、お薬というものはなかったですか?
まったくありませんでした。何か気休めに脳の活性化を助けるお薬と言われ、処方されて一年くらい飲みましたが、ほとんど効果はありませんでした。
やはり家族としては、もちろんご本人もそうだと思いますが、進行を遅らせるだけではなくて、認知症を完璧に治してくれる薬を、みんな本当に待ち望んでいると思います。
そういった声は、会場においでの方からもお寄せいただいています。「進行を遅らせるだけではなくて、治癒することはできないのでしょうか。将来はその可能性は期待できるのでしょうか」ということですが、遠藤さん、今、治せる薬というのはどのような状況ですか?
アルツハイマー病は、アミロイドベータというたんぱく質がたまることで起こると言われています。これは30年かけてたまると言われているので、病気が発症する前に病気を見つける「病前診断」が期待されます。さらに、アミロイドベータをたまらなくするワクチンという、免疫療法といいますが、その薬が今開発されています。
企業秘密だと言われていますが、アメリカでも既に2つの薬が人間に投与されて、治験が始まっています。そのワクチンの副作用が少ないということが分かって、お薬として開発されれば、ひょっとするとアルツハイマー病を根絶とはいきませんが、半分くらいに減らすことはできるのではないかという風に期待しています。
早期発見早期治療が大切なことがわかりました。しかし、現実には、早期発見を難しくしている壁がいくつもあります。どんな壁があるのか、こちらにまとめてみました。大きく分けるとこの4つではないでしょうか。
年のせいだよ、とよく言います。「もの忘れと病気の違いが分からない」。それから、「ご本人が診断を受けたがらない」。それから、「治療できる病院が分からない」。「医師の診断もれ」。このあたり、一つ一つ伺っていきましょう。
まず、もの忘れと病気の違い、家族の会でも多いのでは?
多いです。最初は本当に分からないと思います。ある程度、若い方でアルツハイマー病になった場合は、ちょっとおかしいってすぐ気がつくと思いますが、お年を召してから認知症の発病がある場合は、年だからもの忘れは当たり前じゃないかというように、どうしても思ってしまいます。
母の場合、もしかしたらもう、あの頃始まっていたかなあ、と思うのは、85歳のお誕生日のときだったと思いますが、毎年、母の誕生日にみんな集まってお誕生会をするんですね。誕生日ですので、「ところでおばあちゃん、いくつになったの」って普通聞きますよね。その年も相変わらず私が聞いたわけですが、それまではきちっと、「もう84になっちゃったのよ」とはっきり自分の年齢を分かっていたんですが、その85歳の誕生日のときは、「さあいくつになったのかしらね」って言ったんです。それで、もう年とって年なんか数えたくなくて、85なんて言いたくないから、そういう風にわざと言ったのかなと、こちらはいい解釈をしてしまったんです。言ってみれば84でも5でも6でもあんまり変わりないからっていうのもありましたので、追求しなかったんですけども、やっぱり今思いますとそれがもの忘れの始まりだったと思います。
会場にいらっしゃったみなさんの中から、こんな質問が寄せられました。「お母様が87歳で加齢によるぼけなのか、認知症なのか判別がつかない」。それからもう一人、「母が76歳。テレビドラマを見ていても内容がわからず聞いてくる。料理もやらなくなった、認知症なのか悩んでいる」ということですが、テレビを見ていたりして内容がわからない場合、どう捉えればいいですか?
実際多くの方が、テレビを見ていても内容を聞くとわかっていない方が多いです。ただ、漫然と見ているという方が多くて、よくよく聞くと全然理解していないということが多いです。やはり一度話し合ってみるということが大事かと思います。テレビの内容や、今の総理大臣は誰なの?とかですね、きっかけを振ってみるといいのかなという風に思います。
でも一つのことだけだと、年のせいなのか認知症なのかよくわからないので、やはり、最終的にはお医者さんにかかってほしいです。最初の段階で、ちょっとおかしいなと思ったときに行動に移すということが大事じゃないかと思います。
ここで、会場のみなさん、セルフチェックをやってみましょう。お手元の封筒に、この紙が入っています。簡単な質問です。
「同じことを言ったり聞いたりする」。はいか、いいえか。遠藤さん、これは同じことというのは、すぐにということですか?
そうです。5分前のことを忘れてしまうとか。繰り返し同じ事を聞いてしまうようなことです。
次の項目です。「物の名前が出てこなくなった」。これはよくありますね。あー、あれあれっという感じで。これはどう考えればいいですか。
次の項目です。「置き忘れやしまい忘れが目立ってきた」、「だらしなくなった」。
服装が乱れる場合もあるし、部屋が汚くなるということもあります。
元々だらしない人はだらしないですから。ちゃんとしている人が悪くなった時、認知症ということです。
次です。「慣れたところで道に迷った」。
夕方など環境が変わった時、ふっと分からなくなってしまうということも初期の症状で出ることもあります。
次です。「財布などを盗まれたと言う」。日常的典型的な例かもしれません。「ささいなことで怒りっぽくなった」。元々これは怒りっぽい人とは別ということですね。 「蛇口、ガス栓を閉め忘れたり、火の用心ができなくなった」。「複雑なTVドラマが理解できない」。「夜中に急に起きだして騒いだ」。以上の10項目です。これはどういう風に見ればよろしいでしょうか?
私どもの病院は愛知県大府市にありますが、大府市の医院では、全てのところにこのチェックシートが置いてあります。風邪なんかでかかるとチェックしてもらって、2、3項目当てはまったら我々の病院や専門医に来てくださいというチェックシートなんです。
言っておきますが、2,3項目該当しても認知症ってことではないですからね。
きっかけになるチェックシートなので、1つ2つであれば見逃して、ニコニコ笑って帰っていただきたいと思います。ただし、3つ4つ当てはまるようでしたら、早めに専門医のところに行くか、かかりつけ医から専門医を紹介してもらう方がいいのではないかと思います。
次は、本人が診断を受けたがらない。こうしたケースも多いようですね。
自分は病気ではないと自覚されている方が多いので、なかなか病院には来られないのですが、検診を理由にして、なるべく早く上手に連れてきてください。いい先生がいるからとか、内科の先生のところに行きましょうとか。どうしても精神科というと戸惑う方が多いので、専門医でも神経内科の先生とか、そういう先生のところに行かれるといいのではないかなと思います。
永田さん、本人が診断を受けたがらないとき、どうしたらいいでしょう。
いちばんに、周りの目を気にされ、診断を受けるのが怖いというのがあると思います。家族からも過剰に、「大丈夫?」とか「困ったわね」って言われたり。あまり特殊なことにしないで、みんながなってもおかしくない、早期診断を受けている人が時代の先端をいってるみたいになるといいですね。
せっかく進歩してる技術もあるわけですから、恩恵を受けたほうがいいのかもしれません。植松さん、なにかいいアイデアありますか?
その人それぞれで違うとは思いますが、私の場合は、母をどうしても専門の所に連れて行きたいと思ったので、「私のもの忘れがひどくなったので診てもらいに行くけど、お母さんも一緒に行ってみない?」って言ったら、割と従順な母でしたので、「じゃあ、私ももの忘れをするから行こうかしら」って言って、ついてきてくれたんです。それで専門医に割と早い時期に受診ができました。
それから電話相談で私たちが日頃どのようにお答えするかと言いますと、ご本人がどうしても病院に行くのを拒む場合は、「よく見ていらっしゃるご家族が、日常生活でちょっと違ってきていると思うところをメモして、ご本人は連れていかなくても、ご家族だけで先に先生の所に行って、相談したらどうですか」というようなアドバイスをしています。そうすると、本人が行かなくても、先生はその自宅の日常生活の様子がだいたい分かれば、認知症かそうじゃないかっていう大まかな診断はできるそうです。
風邪とか血圧を理由に来ていただいて、そこで検査をするっていうのもできます。先ほど言われましたように、ご本人でなくても相談だけでもいいかなと思います。
皆さんからの次の質問です。「治療できる病院がわからない」「医師の診断もれがあるのではないか」ということですが、これも遠藤さんに伺いましょう。
多くはこれまで精神科とか神経内科、それから老年科というのもありますが、最近は「もの忘れ外来」「認知症外来」というのが増えておりまして、これを認知症外来と言います。今までだと「私は認知症じゃない」と言ってなかなか患者さんが来なかったんですが、ものわすれ外来だと行きやすいので、あちこちにできています。
そういう情報がわからない場合、地域のケアマネージャーとか、2006年の4月からできた「地域包括支援センター」や行政、または電話相談などで、どこの先生がいいか聞いていただいて、診ていただける先生が見つけられるといいなと思います。
専門の医師でないと、病気の初期の頃は難しい?
最初の段階で紛らわしい病気があるんです。例えばうつ症状、うつ病が混じってくる場合もありますし、それから甲状腺機能低下症といったような病気も混じってくることもあって、初期の段階でアルツハイマー病を見逃してしまうことも出てくるわけです。
主に専門家のところでは、お話を聞いたりとか検査をしたりするのに、初診の段階で1時間かけるんです。それから、2時間かけて診断をしていくので、ちょっとした簡単な診察だけだと、見逃してしまうケースがあるのではないかと思います。
診断でやっぱり大事だと思うのは、ご本人の変化だと思います。今までこういう状態だったのが、病気と共に、お話ぶりや生活ぶりがどう変わったかのギャップが、ひとつ大事な目安になると思います。そういう面では、専門医の先生ももちろん大事ですけれども、ご本人を前から知ってらっしゃるかかりつけ医の先生が認知症のことを正しく理解して、これはちょっと変化が出たんじゃないかというのを早めに気づくことが大切です。
これからはかかりつけ医の先生たちを中心にしながら、ケアマネージャーさんや民生委員さんも一緒に学んで、地域全体でスクラムを組んで、みんなで早期発見に取り組んでいくことが大切だと思います。
地域の人たちの役割については、永田さんは、どんな風にお考えですか。
家族が言うと逆に家族と緊張関係になりやすかったりするので、ご本人が、ああこの人が言ってくれるなら、と思える友達だったり、ご近所の方であったり、周りで認知症の人を理解しながら、一緒に受診をしようというのを気軽に言ってくれる、そういう身近なサポーターが地域に増えていってくれることが、これからは必要だと思います。
ということで、この「オレンジリング」について皆さんご存知でしょうか?
昨年から厚生労働省では、「認証症を知り地域をつくる」という10年間のキャンペーンをやっています。それは、地域の中で認知症のことを理解し、気軽に支え合える認知症サポーターを増やすことです。
現在、研修を通してサポーターをどんどん養成している状況です。今のところ全国では10万人近い人数になってきています。もしかしたら、皆さんの町でもそうした認知症サポーターが増えているかもしれません。お住まいの市町村にサポーターがいるのかとか、研修があるのかなどお問い合わせいただきたいなと思います。
後半のテーマは「その人に合ったケア」です。認知症を支える一つの介護のありかた、「センター方式」というのは皆さんご存知ですか?このセンター方式を取り入れて、認知症の介護に取り組んでいる福祉施設の例をご覧いただきましょう。
番組上映(2006年12月17日放送のNHKスペシャル「認知症 その時 あなたは」の一部分)
施設で暮らす女性が、不安な目で歩き回り、時には、ほかの利用者に暴力をふるう。その女性に夕食作りの手伝いを頼んだら、だんだんと落ちついてきた、というビデオでした。
この方の例で言えば、その人に合ったケアというのは、家事をすること、なにかを手伝ってもらうことだったようですが、植松さん、女性の表情がずいぶん変わってきていましたね。
観ていて涙が出るほどこの方の変わりようがすばらしかったです。やはり長い間主婦をしていらっしゃった方なので、誰かの役に私も立っていると本人が感じた時、生き生きされるんだと思います。
遠藤さんは、ポイントとしてどんなことが印象に残りましたでしょうか。
夕方になると落ち着きがなくなって困る症状が出てくる。どうしても私たちは医者なので、あの様子を見たら、僕はたぶん薬を使ったと思います。それを薬を使わずにあれだけやれるということは、やはり環境やケアの力だと思います。びっくりしました。
ビデオに出ていた施設の話では、センター方式を取り入れることによって、それを手がかりに、いろいろな介護の方法を自分たちで見つけることができた。あえて言えばセンター方式があったからこそ、新人の若い世代の人も介護を十分することができたという話でした。
実はこのセンター方式、永田先生たちが介護の現場から生み出したものなんです。ちょっとご説明をいただきましょう。
センター方式は16枚のシートを使います。ご家族やケアに関わる職員が持っている情報をばらばらにしておかないで、あるいは聞き流してしまわないで、みんなで情報を一本化しながら、ご本人の力や思いを見つけていくために使います。ご本人の求めていることは何かという、見つけにくいことを探していくためのシートです。
これは大変綿密なシートで、詳細に書き込む部分があるので、そんなに簡単にできることでありませんが、ポイントを整理しながら進めていきたいと思います。
失敗場面とか繰り返しの言葉ばかりに目が奪われがちですが、認知症になってもその人らしさ、その人自身であることは変わりがないので、その人らしさって何かっていうことを見失わないということがいちばん大事なことだと思います。あまり難しく考えないで、その人らしさを髪型であったり、身づくろいであったり、あと好みであったりという、暮らしの中で具体的なその人らしさを探していく方法です。
認知症が進みますと、その人らしさがすっかり失われてしまって、なかなか見つけられないと思いがちですが、それをどうやって見つけていけばいいのか具体的に進めていきましょう。
この16枚のシートのなかで、真ん中に人物のイラストがあるものがあります。これがとても大事で、これはその人の性格や暮らしをみんなが共有し、イメージできるように書くものです。
絵を描くのなんて、大変と思われがちかもしれませんが、これは上手に描くことが狙いじゃなくて、ご本人の全体から目をそらさない、ご本人自身をよく見つめようというためのものです。どうしても、症状ばかりに目が行きがちですが、どんな髪型かとか、どんな表情をされているのかなど、関心を持ってその人をみんなで見つめ直そうというためのものです。
このお母さんは、割烹着を着て毎朝ゴミ出しもしていたということですね。
そうですね。髪にピン留めをしてご本人なりのおしゃれをしてたみたいですね。
これは吹き出しのところにご本人の生の言葉を書くのがポイントです。「ちょっと来てよ、誰かー」っていう生の言葉で、本人のSOSとか、そのときの不安や求めていることが分かる。生の言葉というのがポイントです。
「繰り返しの訴え」とか、「大声」とか書きがちですが、ご本人のありのままの言葉がとてもケアをするうえでの手がかりになります。
そういったところから、周辺のヘルパーさんがどういったことを読み取るのかということが、次に書かれているわけですね。
「ちょっと来てよ」っていうときには、一人ぼっちでそのときの不安のサインじゃないかとか。「もうー!」っていう大声で怒る方がいるんですが、単に怒ってるんじゃなくて、着るものが選べずタンスの中をぐちゃぐちゃにして、もうーっ!何を出したらいいか分からないっていう、分からないときのサインだということが生の言葉から見えてきている、そんな経過が書かれています。
このように書くことによってご本人の不安や悲しみというものに近づいていくという事です。
いちばん身近な親族、つまり子供たちでも、「うちのお母さん、怒ってばかりいるのよね」で済んじゃうところを、もう一歩踏み出すというところですね。
そうですね。言葉の裏にある背景とか、きっかけを探すということです。
次に、「私のやりたいことや願い、要望は」と書かれていますね。
施設の職員がお年寄りに、「やりたいことは何ですか?」と聞くと、「特になにもない」と言われ、やりたいことや意欲がないって言われがちです。でも、ご家族から、婦人会の集まりを欠かしたことがないんだとか、ちょっとした情報があると、何もしないっていう見方ではなく、そういう婦人会で活躍してた人なんだっていう見方に変わりますよね。
ご家族にとってはなんてことはない情報が、実はケアの職員に大切なのです。ご本人のことを全く知らない状態で、何から手をつけていいか分からないということは、一律のプログラムをやってしまっているということになります。ご家族にとっては当たり前のご本人の習慣とか得意事など、こまかな情報を教えていただけると非常に助かります。
こうしたものを綿密に書き込んだ上に、もう一つグラフがありますね。
グラフを見てください。左側が悪くて、右側がいいという状態です。認知症の人は、一日の中でも状態が変化しやすいんですね。ご家族は良くなったり、悪くなったりする状態に振りまわされがちだと思いますが、なにがご本人の良くなるきっかけなのか、あるいはなにが悪くなるきっかけなのか、その時の特徴やきっかけを皆で探していくためのグラフです。
ご本人の生の言葉とか、その直前になにがあったかなど、時間の流れにそって皆で記録しながら、何が悪くなるきっかけなのかを知っておくことができます。手持ち無沙汰であったり、排便の前の時間であったりなど。あとお医者さんを受診するときにこのシートを持っていくと、短い診察の時間の中で、どんな状態で眠らなかったり、良かったり悪くなったりなど、的を射た丁度いい薬の適量を見つけたりすることができます。どうしても重たい所を中心にお薬を出されがちですが、ぜひ受診の際に一度お使いいただきたいと思います。
遠藤さんのお立場からいかがですか。
このセンター方式を使うと、情報量が非常に多いので、これを持っているとたいへん参考になります。短い時間でその人の全体がつかめるので本当にありがたいですね。
植松さんはどの様にとらえましたか。
現状では家族も日々介護に時間をとられていると、なかなかここまで詳しく本人のことについて記録をするのも大変だと思います。ましてや、大型の施設などは、流れ作業で仕事に追われていて、とても一人一人のことに目を向けてもらえないという現状があるのではないでしょうか。ぜひ、小さな施設からでも、こういうことを始めてもらえれば、だんだんと広がっていくのではと期待しています。
人手がない、時間がない、だからできない、が今までの介護の常識でした。これからも人手がない時代が続きます。人手がないからこそ情報をみんなで一本化して、全部一度に書こうと気負わずに、家族などが知っている情報をちょっとずつ話すだけでも大きいと思います。小さな情報を無駄にしないで積み上げていくということが大事です。
誤解されるといけないのは、これさえあれば全部万能だというわけではありません。分かるところ、できるところを探しながら、みんなで一緒に情報を集めて、とにかくやってみるということです。小さい情報こそご本人が安心したり、力を発揮するきっかけだったりします。
会場の皆さんから寄せられた相談にお答えしてまいります。「親が離れて暮らしている。どうすれば早期発見ができるのか」。植松さんどうでしょう。
自分の経験から言いますと、昼間何時間かだけご両親の家に行って様子を見ただけでは、認知症かどうかは分からないです。ですから、認知症の初期かどうか見極めたいというときは、少なくとも2、3泊一緒にお泊りになって、ご両親のところに密着して観察していただくのがいちばんわかりやすいと思います。
あとは、先ほどから出ていますように、もし疑いがあったらなるべく早くかかりつけ医の先生からでも紹介してもらって、きちんと検査のできる専門の先生のところで受診した方がよろしいと思います。
施設に入所している方が、本人が認知症だと気づいて大変落ち込んでしまいました。私は頭が馬鹿になったと言われたとき、どんな対応をしたらよいでしょうか。
ご本人に会ってみないと分からないですが、自覚しておられるのでまだ大丈夫だという気がします。それでもできることを見つけてあげることです。馬鹿っていうのはなんか失敗したり、できないことがあったのかと思いますので、やはりできることを見つけてそこを褒めてあげるというのがいいと思います。
きっかけとして、もの忘れの検査をするのもいいと思いますが、それ以上に自信を持てるようないい面も見てあげましょう。そこを褒めてあげると元気がでるのではないかと思います。
大事なものを隠した場所を忘れて、盗まれたと騒ぐ。これは、物とられ妄想ということになりますか。
記憶障害が元になりますが、大事なものをしまってどっかに置いておこうと思うんだけど、その場所を忘れてしまうのがきっかけです。しまい忘れっていうのは、どなたにでもあると思いますが、「とられた」っていうとやはり典型的な認知症の症状になるのではないかと思います。多くの場合、お嫁さんが対象になります。息子さんがとったという人はほとんどいないです。この物とられ妄想の症状は、おそらく2,3割の認知症の方がなるのではないかと思います。
解決法のひとつとしては、あらかじめ、一緒にしまうところ、保存するところを決めて、一緒に確認しながらやる、ということで減らせるのではないかと考えています。「お母さん、大切なものだからここに置いておきましょうね」ってふたりで言い合っておくということです。
この物とられ妄想、永田さんはどの様に捉えていますか。
もちろんもの忘れが基盤にありますが、もの忘れでも朝から1日ずっと不安であったり、気持ちいい場面がなかったり、満たされないものがいっぱい積もってくると、「そういえば、私のお財布」っていう症状が出やすい方が多いと思います。
ですから、お財布が取られたっていうことだけに目を奪われないで、1日の中でちょっと肩の力を抜いて一服する時間を作ってあげたり、おいしいおやつを食べようとか、ちょっと出かけてみようとか、楽しみごとの時間を少しでも入れてあげて、こういう症状が出る予防策を打っていくことが大事だと思います。泥棒って言われたら、そのことは気になりますが、もう一度それをきっかけに生活のメリハリがちゃんとできているのかどうかを点検してくということです。
本人はもの忘れがあるだけで、ものすごい不安や不満が募りますので、積極的に安心とか心地いいっていう場面を作って欲しいです。もの忘れをする方の中には、こういう症状が出ても当然なくらいの精神状態に追い込まれている方がいらっしゃるのではないかと思います。
ご飯を食べたことをすぐ忘れてしまう。さっき食べたのに、「ご飯まだ?」と言ってくるということですが、症状としてはよくあるそうですね。
ご飯を食べさせてもらってない、ということをよく言われます。やはり、食べたことを忘れてしまうということもありますし、それからちゃんと調べたわけではないですが、満腹中枢が侵されていて、腹いっぱいになかなか感じられないというのもあるかもしれません。
日常でこういうことが繰り返えされると家族が疲弊してしまいますので、困った症状の一つです。植松さん、これは外に言いふらされるとちょっと・・・まずいですよね。
そうですね。けっこういらっしゃるんですよね。「うちの嫁は私にご飯を食べさせてくれないので、お宅に食べにきた」と勝手に近所の家に駆け込んでいらっしゃるお年寄りを聞いたことがあります。
どこかで自分の方に家族が向いてくれていないっていうのが根本にあると思います。だから自分が中心になって、皆の仲間に私も入っているという実感があれば、あんまりいろんな問題が起きてこないのではないかと思います。
そのあたりも含めて、具体的な解決法というのは一体どうすればいいのか。
成功するかどうか分かりませんが、食器をそのままにして片付けないで、「食べたあとだよ」という説明ができるようにするというのも一つの方法でないかと思います。
「さっき食べたでしょ」って言う風に言ってしまうと、あまりよくないんですよね。
ご本人はもう「食べていない」という世界に入っていますので、否定されてしまうと興奮してしまい、全く逆効果ですね。
本人が食べていないって言ったら、食べてないという本人の思いに沿いながら「食べてないならじゃあ、もうちょっとおまけね」じゃないですけど、本人さんの流れでうまく合っていくような関わりのほうが、ずっとスムーズになっていくと思います。
あと、ご飯が終わって何もすることがないと、食べたのかな、また食べたいっていう思いになってきてしまいますので、食べたあと「おじいちゃんの好きなビデオが始まるよ」とか、次に集中できるなにかを用意しておく、ご本人さんが食事から気をそらせて満足できるような場面を作っておくと、流れを変えていける面があると思います。
「これを片付けて、皆でテレビ見ましょうか」っていう流れができていくと、いいかもしれませんね。
私もごはんの後は、母親に、「じゃあ後片付け一緒にしようよ」って言って、お茶碗を洗ってもらったり、拭いてもらったり、いろんなことを一緒にやりました。ですから、ごはんまだ食べてないっていうことは言ったことがなかったです。
家のあちこちにおしっこをしてしまう。おそらくお父さんでしょう。こんな解決法が寄せられました。
トイレの場所が分からないだろうということで、赤ちょうちんなどでトイレの場所をはっきりとさせるということです。そして、あちこちにしてしまうということは、あちこちにおしっこをしても大丈夫なように、バケツなど便器の代わりになるようなものを置いておくこと。それから、夜になると暗くなりますので、夜でもトイレの明かりはつけておくというアイデアが寄せられました。
植松さん、こうしたアイデアはいかがですか。
ちょうちんというのは、在宅ではちょっと異様ですね。施設など広い場所でお手洗いの場所がわからないようなときは、ちょうちんをつけて分かりやすくしているというところもあるみたいです。
ちゃんと字が読めるようでしたら、普通の家庭ではトイレに大きく「便所」とか「トイレ」とか、ご本人がわかる言葉で張り紙をしておくとか、それから夜にお手洗いにいくときに分からなくなってしまうことが多いので、廊下は常に電気をつけておくとか。
それから私が知っている方で、男の方なんですが、お家の中であちこちにおしっこをしてしまうので、しそうなところにバケツをいくつも置いておいたっていう方もいらっしゃいました。
周りから見ればおしっこの失敗ですが、一人一人原因が違います。
例えば、暗くて見えなかったという方もいれば、なんとかやろうと思ってお便所にたどり着いたけど水洗便所をトイレだと分からない方もいます。水洗便所になったのはつい2、30年前だと思いますが、記憶が昔に戻っている方には水洗便所を見ても、お便所だと分からないということがあります。
本人にとってはむしろ隅っこでやることが自分の便所に近い。一生懸命本人なりにお便所を見つけた姿だと思いますので、失敗していると思わないでください。立って自分でトイレを探そうとしているので、どうしたら自分でトイレが見つけられるのか、おしっこが自分でできる力を生かして、おむつを当てたり無理にさせようとせず、本人が分かる場所を作っていこうとする作戦が大事だと思います。
そういった意味では、本人の様子を見て予防できますね。
家族が観察をきちんとできれば予防ができます。
例えば、一時間に何回もお手洗いに行くって方は少ないですよね。何か病気があれば別ですけれど。ですから、うちのおばあちゃんは2時間は大丈夫だなとか、3時間はトイレに行かなくても平気な顔しているなって、常に一緒にいる家族が観察をして、3時間経ってなんとなく落ち着かない状態だなと見ていると分かりますので、「そろそろトイレに行かない?」と誘導をするとか、あちこちに失敗をされる前にまだやれることがあると私は思います。
医学用語で言うと機能性尿失禁というのがあるんですが、感覚が分からなくてトイレに間に合わないということが多く、場合によっては本当に膀胱炎を起こしておられる方もおります。やっぱり一人一人原因が違うので、早め早め、2時間おきなりにトイレに誘導するというのがいちばんいい方法ではないかと思っています。
次は、徘徊行動です。「徘徊行動を家族はどんな風に見守ればいいのでしょうか」ということです。徘徊行動、これはなかなか難しいですね。
こんな解決法をお寄せいただきました。自宅にいながら「帰る帰る」という方が結構多いので、セーラー服姿などご高齢の方の若いときの写真を、よく分かる玄関先などに置いておく。写真で自宅だと分からせる方法はいかがでしょうか、ということです。これはいいかもしれませんね。
そうですね。記憶は、最近のものからだんだん無くなってきます。昔のことはよく覚えている、という場合があります。
徘徊もいろんな原因がありまして、例えば夕方になって息子が帰ってこないからって探しに行こうと言ったり、それぞれ理由が違います。こういったアルバムを見てもらうのは一つの方法かなと思います。
もう一つの解決法です。徘徊している高齢者を、家族の方がずっと遠くから分からないように見守っています。20分、30分くらい経って、もういいかなっという時に、あたかも偶然出会ったように「あら、お母さんお散歩ですか、一緒に帰りましょう」というのはいかがでしょうか。大変気配りのきいた思いやりのある解決法ですが、永田さんいかがですか。
徘徊って一言でくくっていますが、無目的にうろうろしているというよりは、ご本人は手持ち無沙汰でやることを探していたり、体のエネルギーが余っていて元気なうちでしたら、当然昼間に外へ出て楽しみごととか買い物に行ったり、必ずご本人なりに何か外に出たい理由とか衝動とかがあります。徘徊を抑えるよりも、どのような場面をつくればエネルギーを発散して、日中元気に過ごしてもらえるのか、発想をぐるっと変えたほうが後々良いと思います。
要は危険をどう防ぐか、見守りを誰がするか、ですね。家族だけでなんとかしようとしないで、散歩の相手とか買い物相手だとか、ご近所の方に頼んでもいいわけですよね。あるいは外に出る心配がある方は、地域包括支援センターや介護の関係者と相談して、チームで見守って、外に出ても安心でいられる仲間をしっかりと作ることが大事です。止めるよりも外で思いっきり楽しんでもらう体制を作るということです。
私たちも徘徊という言葉はとても嫌です。使いたくないと思います。ご本人はそれなりにちゃんと理由があって出ていかれたり、何かを探しに行かれたりするわけですから。
この方がなぜ今出ようとしているのかとか、何をすれば欲求不満が解消できるのかなっていうことを、まず考えるのが先かと思います。家族だけではやはりどうしても無理なんです。本当に家族は大変になってしまいますので、なるべく早く地域で家族もオープンにして、助けを借りることがとても大切だと思います。
「85歳の母が認知症で、通販を大量注文してしまいました。商品が手元に来たときには忘れています。こんなとき、どのように話したら聞いてくれるでしょうか」。これは家族にとっては困りますね。
そうですね。話すのはなかなか難しいと思います。そのときわかってもらっても、またすぐ忘れてしまって、また依頼をしてしまいます。名前が書けるうちはこういうことが起こります。場合によっては訪問販売、悪質な訪問販売にひっかかる場合もありますし、悪質リフォームにひっかかる場合もからんできます。ですからご本人がある程度分かってサインができてしまう場合に、こういう失敗が起こりやすいと思います。
通販の場合は1週間クーリングオフというのがあって、契約を無くすように期間内に連絡すれば間に合いますが、1週間はすぐ過ぎてしまいますね。認知症とは限りませんが判断力が低下した場合に、「成年後見制度」を利用することが有効だと思います。
基本的には認知症が始まった頃に家庭裁判所に届けます。ご本人の認知症や障害の程度に合わせて「後見人」とか「保佐人」とか「補助人」というのをつけます。それによって、本人に代わって財産管理をしていただくというシステムです。全国で、たぶん数万人から10万人くらいの方が使っていますが、まだまだ利用する人は少ないです。もっと利用していただいていいのではないかと言われています。
これは地域包括支援センターに行けば、相談に応じてくれるわけですか。
そうですね。こういうことがあったらサポーターが必要です。まだまだしっかりしていると思わないで、地域包括支援センターや役所に行って、こういうことが一度あったということで、きちんとプロの支援を受け始めていただきたいと思います。
地域包括支援センターは、もうみなさんお馴染みだろうと思います。よろず相談の窓口みたいなもので、ご高齢のこと、あるいは介護のことで困ったことがあれば、そこに行けばどんなことでも一応全部受けとめてくれるというところです。
最後に認知症にならないための予防法について進んで行きたいと思います。会場からも質問がたくさん寄せられております。「認知症予防の決め手はありませんか?」ということです。遠藤さんに予防法を聞いてみましょう。
パソコンをやるといいとか、料理教室なんかもいいとか言われていますね。この数年間いろんな論文が出てきまして、ダンスが非常に認知症にいいんじゃないかとも言われています。ダンスをしている人としてない人とを比べると、ダンスをしていると4、5倍認知症になりにくいという報告があるということです。日本のデータではないのでなんとも言えませんが、海外ではダンスがいいという報告もあります。
有酸素運動でリスク低減になるのか、あるいは異性と接するのがいいのか、どちらでしょうか。
たぶん、両方いいと思います。
将来のことを考えて、私たちはちょっと疲れるくらいの適切な運動をしたほうがいいです。いわゆる早歩きでいいと思いますけど、息切れをして脈が少し速くなるくらいの運動がいいと思います。ご高齢の方ですと、ウォーキングがいいかもしれません。少し早歩きで、僕は5、6千歩と思っていましたら、最近厚生労働省が1日1万歩歩けという案を出しているそうで、1万歩はなかなか難しいと思います。無理しないで、5、6千歩でいいと思いますが、毎日行うことがいいのではないかと思います。
それと、食生活で。やはり最近は抗酸化作用のある野菜とか果物とか、それからウコンとかそういったものもいいという報告もだいぶ出てきました。食生活によって認知症は作られるという、そういう研究者もいます。食事の問題は大切だと思います。
あと、知的活動を楽しむという意味では、先ほどのパソコンや歌を歌うことも良いと思います。新しい歌を覚えたり、そういった頭の使い方がいいのではないかなと思います。ですから、どれかひとつではなくて、やはり総合的にいろいろやっていただく方がいいと思いますね。
当たり前と言えば当たり前ですが、元気に頭を使って、1日1時間は人としゃべって、1時間は歩く、ということをしておけば認知症になりにくいのではないかなと思います。
なるほど。生活習慣病にもいいかもしれませんね。ぜひ取り組んでください。ただ、あくまで、こういうことをやったら「認知症になるリスクが低くなる」ということです。「絶対にならない」という訳ではないのだと思います。
最後に、皆さんから認知症についてどう心がけをすればいいのか、改めて伺いましょう。
認知症を早期に気づくということです。そして早期治療に結びつけたいと思います。かかりつけのお医者さんにも、去年からかかりつけ医対応向上研修というお医者さんの勉強会も始まっていますし、世の中を挙げて認知症の予防対策を考えていますので、あきらめないで頑張りましょうというのが私の最後のコメントです。
私はある夫婦をちょっとご紹介したいと思います。
千葉県支部の会員さんなのですが、ご主人様が若年認知症になってしまわれて、共働きで奥様も仕事をしてらしたそうです。ちょうど定年になった時に、ご主人が若年性アルツハイマー病と診断されて、それでどうしようって一時は思ったそうですが、「これから2人で楽しい生活をしていきたいと思います」とおっしゃった方がいたんです。私たちは自分の母親が認知症になって大変な思いをすると、「ああ、これからさぞかし大変な生活が始まるだろうな」って勝手に想像してしまっていますが、その方は「私はせっかく二人になれたから、主人との生活を楽しみながらこれから暮らしていきたいと思っています」ってはっきりおっしゃったので、とてもびっくりしました。やはり時代が変わってきているなって実感しました。
介護する人に余裕があると介護される人も穏やかでいられます。ぜひこれからはそういう介護者が増えてくればいいなあと思っております。
認知症は、気づき始めてから亡くなるまで平均10年くらいという非常に長丁場の経過で、次々いろんなことが起きてきます。いろんな方策とかサービスとか医療をどうするかとか大変になってきますが、大切なのは自分と家族がどう暮らしたいのかということです。主人公は自分たちなのです。医師や介護者頼みにしても結局は、責任を最後まで持つのは自分自身しかありません。自分たちがどう暮らしたいのか、そしてうまくプロとやりあうために情報をうまく記入したり言葉にしたり、自分たちを分かってもらう情報のバトンタッチというのを、ぜひ前向きに取り組んでいただきたいと思います。どんなに思いがあったり、こうして欲しいと思っていても伝わらないと、いい医療やケアを受けられないので、ぜひ一緒に作っていって頂きたいと思います。
ありがとうございました。
終わり