『あれから』
〜受賞のその後〜
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名取 喜代美 さん 1954年生まれ、無職、山梨県在住
肢体不自由
59歳の時に第48回(2013年)優秀受賞
名取 喜代美さんのその後のあゆみ
『あれから』
受賞直後に長期入院
「NHK障害福祉賞」の優秀賞に選ばれたのが、2年前でした。
あれから少し体調を崩して、半年ほど入院してしまいました。
入院生活の明け暮れの中で私はいろんな事を学びました。認知症の老人の方たちとの触れ合い、その大変な看護に涙流す場面も沢山ありました。
99歳になるおばあちゃんが入院して来られました。ただでさえなれない病院で戸惑いがちになる老人です。その老人は、輸血が必要だということでしたが、看護師さんが腕に苦労して注した注射針を一瞬のうちに抜きとり、あたり一面血で染めながら笑顔で佇んでいるのです。こういったことは日常茶飯事でした。
また昼夜逆転しているお爺さんは、みんなが寝静まる頃からいきなり起きてきて各部屋を見回りしてくれる、と言った出来事を目の当たりにした私は、これが日本の福祉の現実なんだなと思いました。
私が気管切開をした頃は今よりは規則が緩く、吸引はヘルパーさんなら誰でも、病院の看護師さんが指導してくれれば簡単に出来ました。それも1時間ほどですぐに許可されたのです。それは吸引が出来るヘルパーさんが少なかったからかもしれません。
前には、病院の看護師さんから指導を受ければヘルパーさんなら誰でも出来たのに、今の制度では50時間講習に出なければ看護師さんの指導を受けることができないのです。その講習も受けるのにはお金がかかると言った具合で、しかも年に2回しか開催されないのです。これでは吸引が必要なのに受けられない若い人たちが増えてくると思います。
何とか講習を毎月開いてほしいものです。
そんな訳で私の退院は遅れに遅れて、4か月になってしまいました。
私の日常
退院して久しぶりに家に帰ってくることができた時は、とても嬉しかったです。
私は17年前から1人暮らしをしています。母が亡くなってから、施設にいくように言った人もいたけれど、住み慣れた場所で暮らし続けたかったのです。
週末はショートステイを利用して、平日の週3回はデイサービスに行っています。それ以外の時間は自宅で過ごしていて、ヘルパーさんが入れ替わりで来て身の回りのことをしてくれます。毎日の食事は、メニューは私が栄養を考えながら決めて、ネットスーパーで材料を買って、ヘルパーさんに作ってもらっています。
パソコンの不調 生活がピンチ!
そんな中で、入院前から調子が悪かった私のパソコンが起動しなくなりました。
さー大変です、私は食料品や日常品のほとんどをネットスーパーで買っています。ですからパソコンが壊れれば、何も食べられなくなるのです。そこで慌てて市役所の包括支援センターに相談してみました。
するとどうでしょう。今使っているパソコンは古い機種で、もう新しい物に変えて良いとの返事でした。それを聞いて私は喜んで市役所へ新しい機器の申し込みをしましたが、お役所仕事とは言いませんが、あまりにも遅い対応です。福祉機器は値段が高く、とうてい年金生活者には買うことができません。
もちろん補助金を使って買うのですが、補助金をもらうには証明書や医者の意見書をもらわなくてはいけないのです。これらの書類を全部揃えるのにどれだけ時間が掛かり、またどれだけ人の手間が必要になるのか皆さんお考えください。そりゃ嫌になってきます。
去年の春に申し込んで、その翌年(今年)になってもまだまだの状態でしたが、ようやく最近我が家にとどいたのです。1人では外出できない私にとって、パソコンは生活に欠かせないものです。新しいものが届くまで、調子が悪いパソコンをだましだまし使っていましたが、私以外にも声が出せなくて意思疎通ができない人は、どんなにかつらい思いをして毎日を送っていることでしょうか。
今楽しんでいること
以前に気管切開をして発声が難しくなっていたのですが、入院中に私は声を取り戻しました。アンプリコーダーです。これは10センチくらいの筒状のものでハンドマイクみたいな物です。それを喉元にあててもらうと、骨伝導で声になるのです。おかげで今は毎日ヘルパーさんとおしゃべりを楽しんだり、また用事があるときはヘルパーさんに言ってやってもらいます。電話口にも出て相手に答えを伝えられるようになりました。
そんな中で新しいヘルパーさんが入ってきました。
そのヘルパーさんはまだ若い人で、私のところが初めてのヘルプということでした。私はためしにアンプリコーダーだけで意志表示をしてみたところ、はじめのうちは分かりづらかった様子でしたが、だんだん慣れてくると何でも話せば分かってもらえるようになって嬉しいです。
それから、年に数回している旧友たちとの飲み会や授産所の外出で映画館へ行くことも楽しいです。
こんな私でも何か役に立つことがあれば立ちたいと思っています。もっと障害者が暮らしやすい世の中にしていきたいと思っている最近の私です。
福祉賞50年委員からのメッセージ
重度障害を持ちながら17年めの1人暮らしに入っている名取さん。パソコンが壊れて買い直すエピソードにため息が出ました。名取さんにとってのパソコンは、その日の食事を含めた文字通りの生命線。しかし、行政にとっては証明書意見書申請書だらけの物品支給。この感覚の差を埋めることはできないものなのでしょうか。障害福祉の根幹は想像力だ、と思わせられる今回の文章を読ませていただき、名取さんの1人暮らしが1日でも長く続くように、と祈る思いです。
玉井 邦夫(大正大学教授)