NHK厚生文化事業団 「私の生きてきた道 50のものがたり」 障害福祉賞50年 - 受賞者のその後

『杖も脚です』

〜受賞のその後〜

印南 房吉 いんなみ ふさきちさん

1929年生まれ、無職、神奈川県在住
左足切断
78歳の時に第42回(2007年)優秀受賞

印南 房吉さんのその後のあゆみ

『杖も脚です』

新たな“脚"を得る

ギシッギシギシ……パッキーン! 脚が砕けた、激痛が身体を鋭く貫いた。
 氷雨の朝、甲板で滑って左脚をロープの輪の中に突っ込んだ。生憎、接岸作業中、ウインチがグイグイ引っ張った。もがいた、脚を何とか外さないと。
 「止めろー、おい止めろーっ!」
 叫んだ!が、間にあわなかった。

 以来60年、何とか義足で歩いて来た、イヤ歩いて来られたのは周囲の人たちのお陰である。
 手術をしてくれた高橋医師の【魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ、君、義足があるよ】、看護師マッちゃんの【歩きなさいよ、歩いてから考えなさいよ】、50人の就職志望者の中から私を選んでくれた機械メーカーの畑山社長の【脚だけが人生じゃあない、頭で生きてみなさい】、そして中條設計部長の【技術は社会の為にある】。みな私を支えてくれた人の力であると思う。脚が無くても意志がある。目標を決めてしぶとく生きるのが私の道だった。だから弱音は吐かない、義足の中を血で染めても笑って拭いた。
 就活当初、杖を突いたら就職出来ないと決めて杖を捨てた。モノ・コトには作用と反作用がある。丁度よく効く薬は副作用も強いのと同じで、先ず右膝関節が、次いで脊椎が変形し、一歩踏み出すのが苦しくなった。子どもたち、と言ってもそれぞれ一家の主たちが見かねて、「強情もいい加減にしなよ」と杖を買って来た。ガッシリ太い合金製の三つ折りのピカピカな杖だった。突いてみた。「お父さん、よく似合うよ」一同合笑。

杖のつき方をみて新たな機器をひらめく

印南さんと家族の写真

杖を突いたら、また新しい人生が開いた。
 腰を牽引し膝にマイクロ波を当てに朝一番に行く病院で、顔馴染みの仲間が出来た。「わたしゃ2年よ」「私、4年だわ」。皆さん頷きニコッとする。総じて10年、20年かかって悪くしたものが、2年や3年でスイッと治るはずがない。それより今以上に悪くならないようにと通っているんだと言外に伝わって来る。そのとおり、人生はじっくり生きるもんだと教わった。
 青信号、向こうからドッと人波、私は端の方を懸命にゴツゴツ歩く。向こうからも杖の人、あっあの人は膝だ、ウンこっちの人は腰だろう。杖のつき方、歩き方で痛いところがすぐ判る、共感イヤ共振するのである。
 そんな時、フイッと頭の中を影がヨギッタ。私は機械の設計と開発を30年やってきてPAT(特許)を88件取得した経験がある。どうだ、介護機器の開発ってのはまだやれるかも知れない、そうだ、断脚後のベッド生活の時にこれが有れば、ここでこうすれば、と頭の中にメモったことを一つずつ取り組んで見ようや。

福祉機器の開発 わが生きがい

印南さんが開発した杖が4本映った写真

ベッド生活、いわゆるネタキリは食べる…出す…立つの繰り返しだった。その時考えたのが先ず食べた後の自分で歯磨きだった…これは後日食事・歯磨き台を作ってアイデア的には解決出来た。
 次に出す方は使い捨てオマルの構想で試作し、この体験を書いた作文がNHK障害福祉賞(第42回)に入賞した。これは手作りも使用出来るように考えたものだがネタキリさんには作れない。どこかで安く商品化してくれないかと説明して歩いたが、話が【何台売れるか?】【幾ら儲かるか?】になり大体頓挫する。売るほうは不得意なので、今は試作と現場モニターまでやって、後は運を待つことにしている。
 モノを考えるのは楽しい。次は立って歩くこと、即ち杖である。独りで考え、独りで楽しむと独善的なモノになる。これは経験上判っているので、病院で知り合った杖の仲間たちの意見を聞きながら創り使ってもらった。

【杖ソックス】

杖ソックスを手に持った印南さんの写真

近所の西田医院では玄関で消毒済みのスリッパに履き替えるが、杖用のスリッパはない。見ていると、外を突いて来た杖そのままで病院の中をゴツゴツ歩いている。トイレの中も同じ。コリャ駄目だ、何のためにスリッパにしたのか。外の土砂中のバイ菌をシャットアウトするためのはず。そこで考えた。杖にもソックスを!
 早速、100円店で見つけた机の脚袋を被せてみた。外見はいいが、実際に歩いたら袋がズレて駄目、そこで皆さんに作ってもらった。女の人は器用である。柔らかな革袋、不織布を二重にしたモノ、ゴムネット、そして赤ちゃんの靴下を利用したものが出来た。結果、着脱簡単、ゴミ無し音無し、滑らず洗濯OK、そして自分のセンスを活かした手作りがいい、となった。学校の授業参観に最適との声が挙がった。トイレではナイロン袋を被せて使い捨て、の意見も貴重である。いつか商品化されるだろう。

【防水杖袋】

防水杖袋を手にして立つ印南さんの写真

最近当たり前のように増えた街の温泉、大変結構だと思うが、階段が多くて床も滑りやすく杖の人には危険である。ならばと考えだしたのが、杖用のナイロン袋。要するに、雨の日の傘袋、先端部分の滑り止めに一工夫すれば杖をついたまま入浴もOK、スイスイと水仙の絵をつければ違和感もなくなるだろうと早速近所の温泉に持ち込んでみた。結果は本社に聞いてみるとのことだったがソレッキリ。
 先日所用で箱根に行ったついでに本物の温泉でこの話をした所、「雨の日の傘袋と同様、どこかが使えば一斉に温泉旅館の方で用意するでしょう」との意見だった。これも運待ちである。

【杖ライト】

杖ライトの写真

自動車や自転車は夜間ヘッドライトを点灯する、安全当たり前である。同様に杖にも、車椅子にもライトを点ける、これも当たり前のはずである。前方・足下を同時に照らして安全を図る、同時に前方から来る人や車に自分を知らせる。障害者の義務であろう。

 といったところで、千差万別の障害者には多種多様の介護機器が必要である。先ず声を挙げて試作品を提示する。
 ここまでなら出来る、出来ることをやる、私の精一杯の生き甲斐である。

福祉賞50年委員からのメッセージ

杖に頼らず自分を支える「頑張る」障害者であり、そういう時代を感じます。障害が無いがごとく頑張る、という姿勢は、私自身も良く理解できます。その先輩方の努力のおかげで、後に続くたくさんの障害者に道を切り拓かれた。今や、体の不具合を補うために杖を使うことは当たり前で、ハンディという意識を持つ人は少ないでしょう。長年使わずにきた印南さんにとっても、杖は、もはや悲しい象徴ではなく、新たな開発のヒントが詰まった宝の山。試行錯誤の毎日にワクワクされている様子が伝わってきます。

鈴木ひとみ(ユニバーサルデザイン啓発講師)

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