『障害を越えて─僕の青春』
〜受賞のその後〜
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山根 昇 さん 1960年生まれ、福祉施設入所、奈良県
知的障害
33歳の時に第28回(1993年)優秀受賞
山根 昇さんのその後のあゆみ
『障害を越えて─僕の青春』
はじめに 今回の手記について
本人に「出したい!」という意志があり、最初は本人にどこまで出来るかやってもらいましたが、文章力や集中力などの低下のため2行以上の文章を続けて書いていくことが困難でした。そのため、本人に日記のように日々書いてもらったことに、担当スタッフが現在の山根さんの様子を加えて、本人の気持ちや考えていることが伝わるように代筆させていただきました。
(本文中、○印の部分が山根さんが書いた文章です)
<受賞後に生じた変化>
障害福祉賞で入選した33歳の時が、山根さんにとって仕事でも運動面でも良かった時期でした。その1年後から、能力が徐々に低下していきました。結婚もされましたが、相手との歯車が上手くいかなくなり、4か月ほどで離婚されました。また、うつ状態にもなり、家出や入院を繰り返され、デイケア通所を始められました。
そして、徐々にさまざまな問題行動が起き始めました。まず、紙類(パンフレット等)の収集癖が始まり、父親が亡くなった頃から、外出先から物を持ち帰るようになりました。その後、平成16年(2004年)より、現在の入所先である社会福祉法人青葉仁会へ入所することになりました。
<現在の様子>
・日中の活動──山根さんが作業していること
現在は自然学校班に所属し、平日の5日間働かれています。ブルーベリー畑や田んぼ、茶畑で汗を流しています。野菜も栽培しており、季節や時期によって色々な作業を行っています。山根さんは主に、草刈りなどを中心に活躍されています。山の中にある施設なので、周りが木や草で囲まれており、どんどん山の中に入って行かれることがあります。特に斜面を登って草を刈っていくことが好きで、斜面を登りながら、必要のないところまで草を刈っていることが多々あります。また、雨の日には薪を作っており、他の利用者が機械で割った薪をワイヤーで集めてひとかたまりにまとめる作業もされておられます。冬の時期は、茶畑の再生を行っているため、切った枝などを運ぶ仕事をされています。
○『仕事まきいれる仕事がんばっす。(まきの仕事を頑張っている。)』
『木はこびがばります。(木運びを頑張ります。)』
『まきをかきったり木いっぱはこんみました。しんどかた。(薪を切ったり、木をいっぱい運びました。しんどかった。)』
『お金ねつけてみることがんばる。(お金の値札をつける仕事をがんばる。)』
※以前は室内で外注の商品の値札をつける仕事をされているときがありました。
・施設での生活──山根さんがフロアでしていること
施設では、現在山根さんと共同スペースを使い生活されている方が25人おられます。定期的にさまざまな事情で部屋替えを行っていますが、基本的に2人部屋で暮らしておられます。生活フロアでも、さまざまな係があり、山根さんは食事の配膳や下膳をされています。まず、食事が出来たことを厨房からスタッフが連絡を受け、スタッフと共に食事を取りに行きます。平日の夕食は厨房の人が17時半に食事を持ってくるので取りにいく必要はないのですが、17時頃からエプロンを着け、「行く?」と笑いながらスタッフに聞いてこられます。下膳は毎回食事が終わってみんながある程度片付けた後で、スタッフと厨房に返しに行きますが、山根さんはサッと早くに食べ終わり、多くの人が食べている間に「もう行く?」と何度も聞いてこられます。
また朝食後の下膳の後、山根さんは出勤までの間に食事を食べたフロアの掃除機がけを行ってくれます。テーブルの下も椅子をよけてザッザッザッとかけてくれます。やはり、昔家で教えられたことが今でも記憶に残っているのか、掃除機がけや洗濯を熱心にしようとされます。洗濯に関してはまとめてスタッフで行っているため、自分でする必要はないのですが、自立した方のためにフロアに洗濯機を置いているため、山根さんは洗濯する必要の無い綺麗な衣類を洗濯されていることがあります。
○『自分の目標そうじせんたく。』
『洗濯をきすことがんはろう。(洗濯をすること頑張ろう。)』
『そうじき自分へやをそうじがんがんばってすことる。(掃除機で自分の部屋を掃除することをがんばる。)』
・余暇活動に積極的に参加──山根さんがしたいこと
施設での余暇については、毎月行っているグループ外出に参加されています。やはり、外出で施設外に出て行くことは開放感もあり、毎月楽しみにされています。また、外出する時は昼食を外で食べることになるので、食べるのが好きな山根さんにとっては大切な行事になっています。食べ放題などに行ったときは、自分の食べたい物を1種類ずつたくさん取って食べておられます。そして、年に一度か二度、一泊二日の旅行に参加されます。夏だと川や湖、海へ行ったり、冬だと雪山でスキーや雪遊びを楽しまれます。また、これも年に一度か二度ですが、山根さんはガイドヘルプを利用して食事や生活品(衣類など)を買いに行きます。
施設では週末ごとにいろんなイベントを行っています。利用者の意志を尊重する意味でも、参加は自由ですが、山根さんはどんなイベントにも毎回積極的に参加されています。そして、毎年、都祁マラソンの3kmの部に参加されています。時々、他の参加者と昼休み練習を行っています。山根さんはあまり積極的には練習に参加されませんが、当日になると毎日練習されている方より速く走られ、昔の面影を感じられます。
入所してから義母のもとには、お互いの関係や高齢になったこともあり、一年のうちでお盆とお正月に帰られています。やはり、山根さんは家に帰るのが1番の楽しみなようで、自分でいつ頃帰るかわかっていながら、毎日のように「ぼくいつ帰省?」と聞いてこられます。今でも、施設のバスで駅まで行き、そこからは自分で電車に乗って家まで帰られています。
○『りよこにいくことたべに行っくこと。(旅行に行くことと食べに行くこと。)』
『すたふ話しをしていしょく食べに行っきた久子話してほい思います。よろしお願おします。(スタッフさんに話しをしてもらって、お母さんと食事を食べに行って話しがしたいと思っています。よろしくお願いします。)』
最後に
前回入選した頃とは能力面や精神面、行動面とさまざまな部分で大きな変化が起きました。本人にとっては今も嫌なことはありますが、毎日笑顔を絶やさず、いろいろな人たちと関わりの尽きない生活を送っておられ、楽しい日々を送れていると思います。これからも彼は“山根昇の生きてきた道”を刻んでいかれると思います。
(代筆者 社会福祉法人青葉仁会所属 担当スタッフ 堀内 伸起)
福祉賞50年委員からのメッセージ
50歳を超え、今は施設で暮らす山根さんには、受賞後に幾多の試練があったようです。しかし、意欲は今も涸れていません。手記からは、その意欲を支えている身体の力が感じられます。家族とのキャッチボールから始まり、野球部やマラソンを通じて培ってきた身体と、動く喜び。楽しみを伴いながら鍛えてきた身体は嘘をつかない——そんなことを感じさせてくれる手記です。
玉井 邦夫(大正大学教授)